第4章 第4話 投獄(その2)
「シャナン殿に言われて、お二人をここでお待ちしておりました」
見れば、彼も一応は普段の軍装姿ではあったものの、その上から薄手の外套を身にまとっていた。正門前の部隊から、同じ近衛兵が何事かしていると見咎められないよう気を使っての事のようだった。そんなオーレンを、ギルダが鋭く問い詰める。
「そなたと同じ近衛騎士どもが姫殿下を無法に連れ去っていった。一体何事だ。そなたもこの企みに関わっているのか」
「とんでもない、私も突然のことにびっくりいたしまして。あまりに唐突ゆえ、シャナン様も相当に動揺しておいででした。……姫殿下の身柄を取り押さえた者たちが、姫殿下の前で逮捕状の内容を読み上げたところによれば、国王陛下に対する反逆を準備した容疑、との事でございます」
「そんなものは言いがかりではないのか」
「そうであろう、と私も思いますが、告発自体が国王陛下ご自身の御名で出されている以上、同じ近衛騎士の私から異議を申し立てるわけにもいかず、何も出来るものではありませんでして」
「……」
「ギルダ殿、それにハイネマン先生。色々思われるところはあるでしょうが、ここはいったんお引き取りを願いたい。シャナン殿にもご相談して早いうちに今後の事をお話しさせていただきたいと思いますので、どうかこの場はお収めいただきたい」
ギルダと言えば、それでは到底納得いかないのか、無言のままに馬車が去っていった方をじっと見ていた。
「本日、姫殿下の元に必ず参上するとお約束申し上げた」
「存じ上げております。私もその場におりましたから」
オーレンも沈鬱な面持ちだった。このようなことをギルダに告げる役目など、彼も気が進まなかった事ではあろう。
「ギルダよ、騎士どのの立場も察して差し上げるのだ。ここはいったん、出直すとしよう」
ハイネマンにそのように促され、黙って従うギルダであったが、その心は明らかにそこには無かった。
重苦しい表情ですぐに帰ってきた二人を、アンナマリアが何事かと出迎えてくれた。
リアンはと言えば、結婚式も終わったのですでにアルマルク商会のメルセルの元にあったが、ユーライカ王姉殿下投獄の報は噂話としてあっという間に王都に広まり、どれほどもなくメルセルと共にリアンもハイネマン医師の邸宅にやってくるのだった。
ハイネマンの邸宅に騎士オーレンに伴われたシャナン・ラナンがやってきたのはそれから二日ほどのちの事だった。ユーライカ逮捕にともなうあれこれで多忙を極めているはずの彼女がわざわざ時間を作ってギルダの元を訪れたのだった。
あまりの事に、彼女もまた深く憔悴した表情だった。
「シャナン殿、姫殿下は?」
「面会が叶いまして、いくらかお話もさせていただきました。まずはギルダ、そなたに詫びたいと。……離宮に呼びつけておきながら自分が留守にする事になって、それを申し訳ないと」
沈鬱な表情でそのように告げたシャナンに、ギルダは思わず苛立たしげに声を上げる。
「そのような事を気にかけていただく必要などない。そんな事よりも姫殿下はご無事なのか?」
「姫殿下ご自身も、突然の成り行きにいくらか気落ちされてはいらっしゃる様子でしたが、今のところお変わりはないようでした。私からもいくらかご相談申し上げたい事もございましたが、まず何はなくとも、そなたにそのように告げよ、と」
「お身体もお強くはないのに、牢などに閉じ込められて、さぞやお辛い思いをされている事と思う。いかようにしてでも、姫殿下をそのような場所から連れ出して差し上げねば」
「ギルダ、迂闊なことは考えないでくださいね。姫殿下はそれを何よりも一番、心配しておいででした」
「迂闊な事……いったい私が何をすると」
「本当に何も企んではいない?」
「もちろん。姫殿下の御身の安全こそが第一、奪回には慎重に慎重を重ねねば」
「それです。姫殿下が心配していたのはその点です」
シャナンはそこで深々とため息をつく。
「今回の事は私も大変口惜しい。いや、私などより姫殿下ご自身が何よりも悔しい思いをしておいでと思う。だがどのような陰謀があってこたびのような濡れ衣が着せられたかは分からねども、姫殿下の逮捕が国王の御名でなされ、国法で裁かれる以上は、それに異を唱えるのは王国への反逆を意味します。ギルダ、そなたが後先も考えずに強引に牢を破るなどして、そなたに反逆の罪咎を背負わせるようなことだけは絶対に避けたいと、姫殿下はそのようにお思いになっているのです」
「私は殿下の御為であれば、そのようなことは一向に気にはしない」
「お前は良くても、リアンはどうするのです。罪人の娘ということになれば、せっかく嫁いだアルマルク商会にも迷惑をかけることになる。ここにいるハイネマン医師やその私塾とて、罪人のお前を匿っていたと罪を問われるおそれがある」
「ですが」
「姫殿下ご自身、そなたにお声がけしたはず。ここは自重して下さい。姫殿下は政治家として敵も多いが、お味方して下さるお歴々もたくさんおられます。その皆様方が姫殿下の釈放のために手を回してくださっておられます。迂闊なことをしてその方々の妨げにならぬよう。おまえ一人で姫殿下を奪回しようなどと、絶対にしてはなりません」
「……」
「このような事を言いたくはないが、それをわざわざ私が告げに来た事自体、姫殿下を煩わせているのだと思ってもらいたい」
「……分かった」
そう返事をしたギルダの表情が、これまで見た事のないくらいに、まるで作り物の人形のように生気が消え失せていた。ただそう返事をするだけの仕掛け人形のように実感のこもらぬ受け答えだった。




