第4章 第4話 投獄(その1)
翌朝、ギルダはハイネマンにともなわれ、離宮に向かった。
結婚式をつつがなく終えたのち、ギルダら一行がハイネマンの邸宅に戻ってみると、一同が参列している間にあらためて離宮からハイネマン宛に一通の召喚状が届けられていた。ギルダを伴い出仕するように、との旨がそこには記されていたのだった。
ユーライカの望みはあくまでもギルダ一人であり、先に騎士オーレンによってもたらされた書状もあった。とは言え手続き上は私塾の件で幾度となく離宮に出仕しているハイネマンを呼びつける形をとることで、ギルダを離宮に招き入れるにあたって物言いが付かぬようにと、重ねての念の入れようだった。
離宮に通じるゆるやかな上り坂を、ギルダはハイネマンとともに進んでいく。リアンがこの道をかつて通った折には、初めての王都に道になど迷わないかどうかという彼女自身の不安がそこにあったが、ギルダは杖をつきながらも、その足取りには迷いがない。
「……そうか、お前さんは元々離宮詰めの護衛役だったのだな」
「姫殿下は離宮を抜け出してお忍びで散歩される事もたびたびあったから、この道も殿下の随伴として何度となく通った事がある」
ギルダはそのように述懐するのであった。戦火を免れた王都であったから、彼女が目の当たりにする風景が往時よりがらりと様変わりしているという事はなかったかも知れないが、それでも二十年に渡る年月の経過がそこにはあったはずだった。
好天に恵まれた結婚式だったが、一夜明けたその日は空は薄く曇って、景色はぼんやりと色を落としていた。次第に離宮の威容が見えてきたが、正門に近づくそのずっと手前の方で、二人は思わず足を止めてしまった。
まだ午前のうちだったが、正門の前にがやがやと人だかりがあるのが見えたのだった。
元々離宮はかつては老いた王太后の静養先だった。王宮とは距離的にそう遠く離れているわけではなかったが、王都の東側の丘陵地の閑静な一角にあり、本来はそのように人の往来が頻繁というわけではない。
しかも、近づいて見ればそこにいたのは通行人たちでも、集まってきた群衆でもなく、軍服姿の近衛騎士たちだったのだ。
それは離宮の警護というのとは違って見えた。むしろ彼らが正門を取り囲む側のように見受けられたのだ。整列した彼らが正門の向こうを注視しているのを見やって、一体何事かとギルダは警戒するのだった。
色めき立つギルダを、ハイネマンが制止する。
「待て、おかしな行動は慎んだ方がよい。……一般の庶民が近衛兵に楯突くなどするものではないぞ」
「それを言うなら近衛騎士は姫殿下をお守りする側ではないのか。なぜ離宮を取り囲むのだ」
事情が分からぬままに、二人して何があったのかと見ていると、正門から一台の馬車が出てくるのが見えた。窓掛けの布は半ば下ろされ、窓枠には格子状の鉄柵が打ち付けられている。護送用の馬車だった。その格子の合間から見える車内に、ユーライカの姿があるのが見てとれたのだった。
「姫殿下!」
ギルダが思わず叫ぶ。それが聞こえる距離でも無かっただろうが、正門の前に立つ二人の存在にユーライカも気づいて、窓から振り返ってこちら側を見やる。格子を掴んだその手に戒めの鉄輪が揺れているのを見れば、ギルダもハイネマンもたちどころに事情を把握した。
理由の如何はともかく、ユーライカは近衛によって囚われの身となったのだ。
それを理解したその瞬間に、彼女は激昂した。
いや、感情のない彼女がそのように感情を露わにすることなどはないはずだったが、傍目で見ていたハイネマンにすれば彼女の態度の変化は間違いなく激昂と呼んでよかった。
これはまずい、とハイネマンがギルダを制止しようと肩を掴もうとしたのと、馬車の中からユーライカが叫んだのはほとんど同時だった。
「ならぬ!」
ハイネマンの手を振り払うことなどギルダには容易だっただろう。それでも彼女がそうせずに動きを止めたのはユーライカの声が届いたからだった。
「殿下!」
「ならぬ、自重せよ! そなたは何もしてはならぬ!」
窓ごしに投げかけられたその言葉は、馬車の外には小さく響いただけだった。
だがギルダの聴覚には確かに届いた。言われるがままにその場に固まってしまった彼女を残し、馬車はその場を悠々と走り去っていく。
馬車に続いて正門前を包囲していた部隊も、粛々と隊列を組んでその場を後にしていく。残された一個小隊がそのまま正門の前に陣取って、離宮に出入りしようという者を誰何し足止めをしようという算段のように見受けられた。
どうしたものか、とハイネマンは思案する。離宮には呼ばれていたが、呼んだ相手が今出ていってしまったのは彼も目の当たりにした通りだった。
正門を遠巻きに見守っていた二人の元に、脇から近づくものがあった。近衛騎士のオーレンだった。
「オーレン、一体何事だというのだ!」
「お静かに。なるべく声を立てぬように」
近衛騎士はやけに深刻な表情でそのように注意を促す。




