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第4章 第2話 求婚(その3)

「この村しか知らないでいるのはとても勿体ないのではないかと思ったのだ。ただそれだけだ。……それで、結婚したらリアンはどうなるのだ」


「まだ決めたとは書いてないけど、離宮勤めをやめて、メルセルの商家に入ることになるでしょうね。そちらのご商売を手伝う事になるんじゃないかしら」


 アルマルク商会が迎えた嫁に左うちわの暮らし向きを許すようなよほどの大店ならいざ知らず、商家に嫁入りという事であればあらためてその商家での生業の一端を担うという事になるだろう。ユーライカの肝入りだった離宮のようにうまく立ち行けばよいが、とアンナマリアは心配もするが、ギルダにはやはりそういう世の習いが今ひとつよく分かっていないようであった。


 それでよくこれまでやってこれたものだ、とアンナマリアはため息をついたが、よくよく考えてみればギルダにとっての世間とは、アンナマリアや診療院の医師たちや、村人たち、つまりはこのウェルデハッテの事を指しているのだ、という事にあらためて気づいた。リアンもまたそうであってはいけない、とどこかで気付いたのは悪い事ではなかったのかも知れない。


 それから先はあれよあれよと事が運んでいき、リアンはメルセル・アルマルクの求婚を受け入れついに離宮を離れる事となった。結婚式の日取りが決まった、と連絡があり、ギルダと、それにアンナマリアにも是非に出席してほしいと手紙が来る。それと入れ違いに、ウェルデハッテの村に一人の近衛騎士がやってきたのだった。


「すいません。この村に、ギルダという人はいますか……?」


 年の頃は二十代の後半、若いと言えば若いがもはや若手騎士とも言えない。いかにもうだつの上がらなさそうなぱっとしない風体の気弱そうな男で、これで騎馬武者として勇ましく剣を振るう姿は今一つ想像がつかなかったが、ともあれ身にまとう軍装は確かに近衛のそれであった。


「私を逮捕しに来たのか?」


「えっ、逮捕? なぜ?」


 騎士はいきなりそのように返答を返されて、小芝居ではなく確かに面食らっているようだった。


「ええと……私めはオーレンと申します。ユーライカ姫殿下がおわす離宮詰めの近衛騎士にございます」


「近衛騎士なのはその軍装を見れば分かる。何をしにやってきたのだ」


 冷ややかな態度でギルダがそのように問いただすと、騎士は恐縮しながらもどうにか受け答えしたのだった。


「ユーライカ姫殿下より直々に命を受けて、この村に居住するギルダなる女性を王都までお連れするように仰せつかってやってきたのです」


「それは私の身柄を拘束し、連行するという事ではないのか?」


「滅相もない。姫殿下の大切なご客人ゆえ、丁重にお連れし道中の身辺警護をせよ、と」


「どういう事であろう……?」


 首を傾げつつ、警戒まじりに騎士を見やるギルダに、近衛騎士は言う。


「娘さんが結婚されると聞きました。……ええと」


 騎士オーレンはそこで初めて、結婚する娘の母親に当たる女性が、やはり年頃の若い娘のような外見である事に、戸惑いの表情を見せたのだった。


「ええと、ちょっと待ってください……ギルダ、というのはあなたの事ですか?」


「私はアンナマリア。ギルダは、こっち」


「えっ? あ、ええと……」


 あらためて見やればこうやって並ぶギルダとアンナマリア、その両者にしてからが親子ほど年が離れて見えたのだから、騎士の困惑も仕方がなかったかも知れない。


 ともあれ、騎士は戸惑いながらも居住まいを正して、懐中から一通の書状を取り出した。


「離宮から、ギルダ殿に宛てての書状にございます」


 差し出された書状を前にギルダは無言のまま騎士を睨みつけていた。あまりに鋭い眼力に騎士オーレンはたじろぐが、アンナマリアはこれはどう受け答えしてよいか分からずに逡巡している態度だと察して、横から書状を取り上げる。


「私が開いてもいい?」


「……ああ」


 好奇心からそう申し出たアンナマリアだが、いざ王宮からの書状を開封するという滅多にない経験に今更のように緊張で指を震わせるのだった。それでも封を破って中を開き、ざっと目を通す。


「……近日王都に参上の折、離宮に出仕せよ、とあるわね」


「私が、か?」


 ギルダの言葉に、アンナマリアは書状の文面を指し示す。そこで初めてギルダは書状を手にし、内容を確認した。女官長であるシャナン・ラナンの署名がそこにはあった。


 オーレンが咳ばらいを一つしたのち、説明の弁を述べる。


「略式ではありますが離宮への招待状という事になります。法的には、実質的に召喚状として扱われる書状となりますので、これを断るには相応の理由が必要となります」


「それで、ギルダがのらりくらりと言い逃れしないように、あなたがこの書状を携えてきた、という事なのね?」


「……それはつまるところ、やはり私の身柄を拘束し連行するという事ではないのか。そもそもシャナン殿はなにゆえに私が王都へ行くと決めつけるのだ」


 ギルダがもっともらしく問いただすが、これはオーレンでなくても、アンナマリアでも説明出来た。


「リアンは離宮の仕事を辞めて結婚するのだから、それはシャナンさまもユーライカさまも重々ご承知の事でしょうに。……ともすれば、あなたが自分の娘の結婚式にも出てこないのではないかと、姫殿下がご心配なさっている、という事ではないかしら」


「そうなのか」


「観念して、今度こそ王都に行く日が来たようね」


 そういって、アンナマリアは少し意地悪そうに笑った。ギルダはううむと一度唸り声をあげたかと思うと、それ以上反論の言葉を持たなかった。


 そういう次第で、ギルダはおおよそ十数年ぶりに、ついに王都へ向かうべくウェルデハッテを出立する運びとなったのだった。

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