第3章 第5話 離宮勤め(その1)
翌日あらためて出仕するように、とのことでその日はハイネマンにともなわれ離宮を後にしたリアンであった。
あくる朝も、道に迷うかも、ということで裏手の通用口の前まではやはりハイネマンに伴われ、そこから先の門をいよいよ一人くぐっていく。
その朝彼女を出迎えたのはシャナン・ラナンその人であった。まずは制服が支給されたが、これも最初に簡単ながらもきちんと採寸を行い、お仕着せではあったが身丈にぴったりと合うものが用意されたのだった。
「とくに供回りのお世話の担当の者など、いつなんどきお声がかかってもよいように、離宮の裏手にあります宿舎に住まう規則になっています。ですがお前はまず被服の部門に配属となりますので、当面は毎日定時、朝に出仕してもらう事になります。くれぐれも遅刻せぬように」
「は、はい」
離宮の一角へと案内される道すがら、同じ制服を着た女官たちに何人もすれ違った。事前にいずれも名家の子女ばかりと言われていた通り、どの娘も背筋はぴんと通り、足早に通り過ぎていく姿も凛としている。その出で立ちこそリアンと同じように給仕の女官のお仕着せであったが、所変わりさえすればいずれもどこか名のある家の令嬢で通りそうな器量の者達ばかりで、早くも委縮するリアンであった。
しかも彼女を心細くさせたのはそれだけではない。ここに至るまでシャナンにともなわれずっと後を付いてきたが、いくつ角を曲がったかがこの時点でもう分からない。
「……もしかして、帰り道の心配をしているの?」
「はい……」
消え入るようなリアンの返答に、新入りが迷子になるのはよくあることです、とシャナン・ラナンは声をあげて笑った。リアンは思わず恥じ入ってうつむいてしまったが、離宮内の間取りに限らず当面の彼女の住まいであるハイネマン医師の邸宅との往復にしてからが不安であり、正直笑いごとではなかった。
離宮は元々は先王オライオスが若き頃に、老いたおのが母、つまりはその当時の王太后クローディアの隠棲先として築いた宮殿であった。先の内戦の折ユーライカがここに居を移し、それ以降彼女の事実上の一人住まいとなっていた。
元々は戦時中の仮住まいのはずだったから、王家の未婚の姫がそこまで長きに渡ってひとりで居を構えるというのも王国としてあまり前例のある話ではなかった。そんなユーライカにこれまで縁談がまったく無かったわけではないが、年頃の娘だった折に国を二分する内乱が起き、王都の貴族と地方の大領主たちがいがみ合っているさなかに貴人たちのサロンなど開かれるような余裕もなく、そういった宮廷内の付き合い事には疎いままに適齢を過ぎてしまった。内戦が終わってのちは結果的に兄から地位を簒奪する形になった弟を支えるために自らも国政に参与し、貴婦人ではなく政治家としての立ち振る舞いをおのれに課した。
内乱の折に諸外国に付け入られることが無かったのは王国にとっては僥倖であった。今更友好の証として他国に嫁がせられるような用向きもなく、政務に明け暮れているうちにいつの間にかもう若い娘とは言えない年齢になってしまった。
実際に使っている部屋がそう沢山あるわけではないが、王族の姫の住まいとして手入れは常に行き届かせる必要があったし、人前に出るに当たって装束や宝飾などいつも着の身着のままというわけにも行かない。度々あることではないが人を招いてパーティが開かれたりという事があれば料理人が腕を振るう事もある。何よりそれを支える下働きの者たちは離宮に隣接する一角に住み込んでおり、そんな彼らの衣食住を回す人員も必要であった。リアンはまず離宮付きの女官としての新しい生活を、この住み込み部屋の洗濯室から始める事となった。
「姫殿下にお仕えする我らがみずぼらしくだらしのない恰好をしていては、恥をかくのは姫殿下です。下々の制服一つとっても、きちんと糊を効かせ、姫殿下を支えるものに相応しい立派な身なりを保つ必要があります」
ユーライカが身に着けるものは普段着であれ公的な場に着るようなドレスであれ、洗うも直すも新調するも、それぞれ専門の職人が手掛けており、リアンがそれに触れるような立場に置かれる事が仮にあったとしてもまだまだ先々の事であっただろう。だが離宮勤めの給仕らだけでも相応の人数になり、彼らの制服を定期的に洗濯し手入れするだけでも相当な労働であった。とはいえ村の診療院でも患者のシーツを洗うなどしていたから忙しくはあったが苦痛というほどでもない。それでも服の畳み方ひとつとっても作法があり、覚える事は多かった。
実際の洗濯そのものは本当に重労働で、これは専門にこれだけを担当する洗濯女たちが大勢雇われており、これは既婚のものも多くいた。リアンも最初の一、二日はこれらに混じって水仕事をして、その次は乾いた洗濯物を畳む部署、その次にはそれらの衣服の修繕や補充の部署に回されたのだった。
新しく覚えることばかりで、忙しく立ち回っていると、他の部署の女官がやってきて厨房に向かうように言われた。
「姫殿下のお茶の時間ですが、お前を給仕に名指ししてきたのです」
「ええっ! で、でも私、そういう事はやった事がありませんが」




