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第1章 第2話 命拾い(その1)

 人造人間もまた死すにあたっては覚悟を決めるものなのだろうか……それは興味深い命題ではあったが、あいにく死ぬに等しい体験を経たはずのギルダであっても、正直よくは分からなかった。


 ともあれ、彼女は次にまた、目を覚ます機会を得る事が出来た。


 そう、ギルダは生きていたのだ。


 意識を取り戻した時、彼女は見知らぬ部屋で一人だった。そこがどこなのかも分からなかったし、何故そこにいるのかも見当もつかなかった。


 ゆっくりと半身を起こそうとするが、身体に力が入らない。身を預ける寝台は簡素だが頑丈なつくりで、シーツは洗い替えたばかりのように清潔だった。どこかの救護所に負傷者として収容されたのであろうか、と推察はするが、正確なところは身を横たえているだけでは何も分からなかった。


 視界に映る天井の梁は太く強固で、いかにも堅牢な建物であることが窺い知れたが、剥き出しの漆喰はところどころに細かいひびや剥離のあとが見て取れ、古びた印象は拭えなかった。


 いずれにせよ、味方に助けられたのなら何の心配もいらないし、敵に捕まったのだとしても今すぐに逃げ出せるような自由の利く身体では無かったから、深く考えても仕方のない事だったかも知れない。


 それよりも、彼女は確か崖を滑落し谷川に落ちたはずだ。あの状況から果たしてどのように生還したのか――ギルダは目を閉じ、おのれの記憶をたどった。


 谷に落ちた彼女が岩場に叩きつけられるような事が無かったのは幸いだった。いったんは全身が水に浸かったことで、まとわりついていた炎もその時点ですっかり消えてしまった。人造人間の彼女が簡単に溺れ死ぬことはないにせよ、相応の高さから水面に叩きつけられ、衝撃で全身が悲鳴を上げる中、したたかに水を飲んでそのまま流れゆくままに下流へと押し流されていくより他になかったのだった。


 滑落する前まで身に帯びていた剣も、転がり落ちる中でどこかへ放り出してしまったようだった。部隊に復帰しようにも元の崖の上までどこからどうやってよじ登っていけばいいのかも見当がつかない。そんな事を考えるよりも前にまずは水から上がらないといけなかったが、彼女はまさに流れに巻かれる木の葉のごとく、水の勢いにもみくちゃにされるままにただただ運ばれていくばかりだった。


 薄れゆく意識の中、誰かにその身を抱えられて、水から引き上げられたのがかろうじて分かった。それが誰なのかは分からなかったし、そこで彼女の記憶は途切れていた。


 ……となると、誰が彼女をここに運んできたのだろうか。


 ともかくも、どうにか身を起こそうとするギルダであったが、身体はひたすらに重く、満足に言うことを聞こうともしなかった。そうやって彼女が身を横たえたままもぞもぞとしていると、彼女がいる部屋の戸口を通りがかった者が不意に足を止めたのだった。


「……!?」


 通りがかったのは若い女だった。看護婦であろうか、若い彼女はギルダをあからさまに敵視するかのように睨みつけ、警戒して後ずさると、そのまま小走りに駆けてその場を離れていった。


 どうしたのか、と見ているとやがて彼女は医師と思しき男を連れて戻ってきた。その二人に続いて、いかにも腕っ節の強そうな男が二人、棒切れのようなものを携えて付いてきていた。彼らは医師と看護婦の前にさっと回り込んで、意識のまだはっきりしないギルダを前にして棒切れを勇ましく構えたのだった。


「……では、ここは敵地なのだな」


「おどろいたな。喋る事が出来るほどに快復しているとは」


 これ見よがしに声を上げたのは、今しがた先頭に立ってこの部屋にやってきた、医師と思しき男だった。


「あなたは、医師なのか?」


「いかにも。私はハイネマン、見ての通り医者だ。……ここにいるのは看護婦のアンナマリア。君が目覚めるまで、ずっと君に付き添っていてくれた」


「定期的に巡回していただけです。処置らしい処置はなにも」


 彼女は慌てて首を横に振って、こわばった声色で必死に訂正するのだった。


 ギルダはぼんやりとした眼差しでそのアンナマリアを見た後、彼女らとギルダの間を遮るようにして立ち並ぶ、屈強な男たちを見やった。彼女の目線がそちらに移ったのを察して、ハイネマンが言う。


「……気を悪くしないでくれたまえよ。本調子の君が本気を出せば、この場にいる人間たちなどものの数でもないとは思うが、君を診察するにあたって何の警戒も無しというわけにはいかぬと、彼らがどうしてもというのでね」


「私が敵軍の士官だから、ということだろう。そういった用心は必要だ。そこは理解出来る」


「士官、ね……」


 ギルダの言葉に、ハイネマン医師はしげしげとそのように呟いた。彼がそれ以上自分の意見を付け加える事は無かったが、代わりに傍らのアンナマリアと紹介された看護婦が、いかにも敵意のこもった厳しい声色で反駁した。


「ただの士官というわけではないのでしょう。あなた、自分がなんと呼ばれているか知っているの?」


「聞いたことはある」


 突き付けられた強い敵愾心などまるで意に介した風でもなく、誰に告げるでもない様子でギルダは淡々とつぶやいた。


「魔女、と誰かが呼んでいるのを耳にしたことがある」


 その一言で、その場の空気は言い知れぬ張り詰めたものに変わったのだった。

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