第3章 第3話 返信(その4)
彼女がかつて姫殿下の護衛だった事は知っている。こうやって、私的な文を渡されるような間柄である事も理解する。あの視察行からすでに十数年が経過していたが、つまるところはいただいた書簡に対するあまりに遅すぎる返書である、と解釈すればよかっただろうか。
「それで、この書状を王都に遣わすにあたって……その役目をリアンに任せたいのだが」
「なんですって……!?」
ギルダの一言に、アンナマリアはこの日一番大きな声を思わずあげてしまったのだった。
彼女がこの場で切り出した頼み事とやらの中で、間違いなくそれが一番アンナマリアを驚かせた。
そもそも、考えてみればおおよそギルダが誰かにものを頼むなど、これまであった試しがあっただろうか。正当な理由があって必要とされる事柄であれば彼女は人に頭を下げたりせず平気で頭ごなしに指示を出すが、その彼女がかしこまって頼み事などするのであれば、それは確かによっぽどな事であろう。
「……あなたが相手でも詮索するのは失礼だと思うけど、それでも、何が書いてあるのか訊いてもいい?」
「リアンを王都に遣わすにあたり、可能であれば働き口を都合していただきたい、と。……厚かましい頼み事ではあろうが」
「この手紙が姫殿下の手に渡らなかった場合は? あなたの頼み事を姫殿下が聞き入れてくださらない事もあり得るかも」
「それは、もちろんその通りだ。その場合はハイネマン医師に頼んで、先生の学校の方でなにか下働きなどさせてもらえればと思う。その旨は、先生あての書状の方に書かせてもらった」
いきなり何を言い出すのか、とアンナマリアは困惑することしきりだった。彼女の提案にあれこれと難癖をつけたい気分ではあったが、リアンの将来にも関わる事であれば、彼女にしても他人事とは思えなかった。
「リアンは? あの子が嫌だと言ったらどうするの」
この質問には、ギルダも思案顔で固まってしまった。一番肝心なその点を考えていなかったのが丸わかりで、アンナマリアは呆れ果てて、ため息をつきながら返答した。
「……分かったわ。王都で働き口を、というあなたの思いつきには色々言ってやりたい気持ちはあるけど、リアンに一度王都を見せておきたいというのは、それは悪くない考えだと思う。もちろん、リアン一人を送り出すわけにいかないから、村に出入りしている行商人の誰かしらに案内をお願いしてみましょう。それともちろん、私も一緒に行きます」
「アンナマリアが?」
「何なら、あなたが行ってもいいのよ? いいえ、むしろあなたが自分で行くべきだと私は思うけど、あなたはお尋ねものだというし、脚もそんな具合で無理強いは出来ないから、だったら私が行くしかないじゃないの。ハイネマン先生にも久しぶりにご挨拶したいしね」
「すまない」
「まずはハイネマン先生に書状を渡しにいく、という目的をあの子に告げて、あの子と私とでハイネマン先生のところに行きます。そこであらためて、働き口を探すのだという話をして、そこであの子が嫌だと言ったら、そのまま王都見物をして二人で帰ってきます。その場合、姫殿下あての書状はそのまま持ち帰ってくる。……それでいい?」
「……ああ。それで構わない」
「その間、この診療院の事はあなた一人に任せていく事になるけど、それでいいのよね?」
そこまでのアンナマリアの言葉に、ギルダはやや黙考したのち……たのむ、と最後に短く告げたのだった。
(次話につづく)




