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第3章 第3話 返信(その3)

「そこでその名前を出すのはずるいわね。……ともあれ、そんな事を悩まずに生きていけるのが本当は一番幸せなんだと思うし、それを悩みに思う人は、結局のところ自分で答えを見つけるしかない。いずれにしても、他人が外野から押し付けるべき悩みではないわね」


 ともあれ、一連のやり取りは結局のところギルダを納得させるにはいささか不十分なようだった。彼女はそれからも数日、しばらく一人で何かを思い悩んでいたようだったが、ある日一通の手紙を携えて再びアンナマリアの元にやってきた。


「アンナマリア、少しいいか?」


「いいけど……その手紙は?」


 ギルダが無造作に卓上に広げたその文面を見て、アンナマリアは身を固くした。無造作に目の前につきつけられたそれは、かつてギルダが身を挺してコッパーグロウの襲撃を退けた折、負傷して意識を失っている彼女宛にユーライカ王姉殿下その人が書き残していった手紙であった。あくまでも私的な書簡とはいえ、高貴な御方がしたためた文を目の当たりにして、アンナマリアも背筋が伸びる思いだった。


「これを私に持ってきてくれたシャナン・ラナン殿は言った。これは命令書ではなく、姫殿下のお心をつづった文であると。これを読んだ私が、姫殿下のお心と、私自身の心に背かぬようふるまうべし、と」


「……」


「それを思い返すたび、人造人間である私の心とは一体何であろうかと、解けぬ疑問が脳裏に浮かぶのだ。あるいはその答えがここに書いてあるのではないかと、たびたびこれを読み返しているのだ」


 一度読んだ文章は一言一句を記憶できるギルダだから、それを読み返す必要は本来はなかっただろう。それでもなお、紙の文面を読み返すという行為自体に、どうやら彼女は意味を見出そうとしていたのだった。


「……そして、この一文の所在にあらためて思い至った」


 ギルダはそう言って、文中の一文を指し示した。


「こたびの働きに報いるため、いつでもよいから王都に帰参するように、と。何か困った事があれば、何なりと頼ってよい、と」


 彼女が指し示した箇所に、確かにその旨の記述があるのは見て取れた。


「それで、アンナマリア。お前に一つ頼みがあるのだ」


 これだけの事を前置きした上で、ギルダから頼み事などという滅多にありえない申し出に、彼女はぎょっとした。


「一体、何なの?」


「私も、文をしたためた。この書状を、まずはハイネマン医師に届けたい」


 そういってギルダは懐中から二通の書状を差し出した。一つは確かにハイネマン医師宛だったが、もう一通は宛名が異なっていた。そこに綴られた名前に、アンナマリアは驚きのあまりへんなうめき声が出そうになった。


「ギルダ、これって……」


「どのようにすればその宛名の御方に届けられたものか、私にはその方法が分からないが、王宮に請願して学校まで建てたハイネマン医師であれば、私よりはその手段に通じている事と思う。先生の手に渡りさえすれば、その後の処遇については先生のお気持ちに任せる」


 ギルダがそういってそこに用意した書状の宛名、それはまさにギルダが今目の前で拡げた書状をしたためた主……つまり、ユーライカ王姉殿下その人のものであったのだ。

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