第3章 第1話 村の一夜(その1)
ロシェ・グラウルが王姉殿下を守って人造人間を討った武勇伝は、またたく間に王国中に伝えられる事となった。
そのロシェが結局王都に帰参しなかった事、これも何かと物議を醸す出来事ではあった。王都で一部の者に疎んじられていたことから、ひそかに暗殺されたのでは、とまことしやかに噂される向きもないわけではなかった。
とはいえ元々が風来の徒である。ふらりと現われて、そして同じようにふらりと何処かへ消えていったのだった。そのように去っていった事は、人造人間と二度も渡り合った事も含めて、この人物の豪勇ぶりや人となりを伝える逸話のひとつとして、これ以降長きにわたって人々の間で語り草となるのであった。
そんなロシェとともにユーライカを身を挺して守ったギルダはと言えば、診療所の手伝い人として村ではすっかり顔なじみになったこともあって、もはや村で彼女をかつてのように魔女と責め立てる者はいなかった。ユーライカを救った獅子奮迅の活躍は、見方次第ではやはり危険な存在という印象を受ける者もあったかもしれないが、ウェルデハッテの村の一員として、どうにか受け入れられたと思ってもよさそうではあった。
そのように疎まれる事が無くなったのはよいとして、その彼女の内心はずっと幾つかの疑問に占められていたのだった。ロシェの言に従いいくさをやめた事、ユーライカを守ろうとした自分の判断、それらとコッパーグロウらが自ら命を賭して守り通した使命――あくまで人造人間として、下されたまま撤回される事の無かった命令に最後まで忠実に従ったこと、そういった諸々について、ギルダは思いを巡らせる。コッパーグロウと自分の一体何が違っていたというのか、人造人間としての彼女は本来どうあれば正解だったのか……いくら考え込んだところで、答えが出るわけでもなかったのであるが。
時節は廻り、王国は収穫を祝う季節を迎え、山間の寒村であるウェルデハッテであっても人々の心は祝祭の到来に浮足立っていた。その一方で、内心に疑問を抱えたままのギルダの気持ちはいっこうに晴れる事はなかった。
収穫を祝うとは言っても、農村としてのウェルデハッテは耕作地にも限りがあり、決して実り豊かというわけではない。田畑を耕すよりも、街道の復行事業に人足に出るなどして日銭を稼ぐ者の方が多いくらいであった。村がそう言った工事の拠点となったのは、大ががりな土木工事ともなれば事故などとも無縁ではなく、戦時に難民の拠点として元より診療所が構えられていたウェルデハッテは、そういう意味でも都合のよい土地柄だったのだ。
そんな工事人夫たちも、いくさで追われる前の元の村では土を耕していたはずだった。直接この季節に収穫に従事したわけではなくても、収穫の季節はそんな人々を浮き立たせるには充分だった。
……と、そんな風に理由を見つけては宴に騒ぎ立てる元農民兵くずれの工事人夫達を、ギルダは常から冷ややかに見ているだけだったが、相手から見れば何事か深刻ぶった様子のギルダに何か一言言ってやりたい気分にもなるのだろう。
「おおい、ギルダよ。そんな辛気臭い顔していないで、お前もたまには一杯付き合ったらどうだ」
診療院から宿舎への帰り道、新調した義足の調整のためにその日は職人の元に夕方立ち寄った帰りだった。通りすがった食堂の店先で、たまたまフレデリクに出くわし、そんな風に声をかけられたのだった。
「お前が普段からそうやって飲んだくれて、昼間から酔いつぶれているのは知っているが、それに私が付き合ったとしてどのような得があるというのだ」
「つまらねえことを言うやつだな。口だけ達者にそうやって俺を小馬鹿にするが、実際に飲んでみた事はあるのか」
「ない。必要と思った事もない」
そのように言い返したギルダだったが、まじまじと見やればそのフレデリクと同じ席に、何故かその日に限ってアンナマリアの姿があった。
「なんだ。アンナマリアまでいたのか」
世情に疎いギルダでも、フレデリクのような飲んだくれが集まる店にアンナマリアのような女性が足を運ぶのは稀なことである、という事は知っていた。だから彼女がここにいる事自体が意外であったし、両者の取り合わせも意外と言えば意外であった。
看護婦として身を立てるアンナマリアには、夫もいなければ子供もいない。ウェルデハッテに来る前の経緯など人々が知る所ではなかったが、ハイネマンの下で診療院を切り盛りする辣腕ぶりは村人であれば皆知るところであったから、このような店にやってきたからといって気安く声をかける粗忽者もいない。
「フレデリクと二人は面白くないし。たまには愚痴の一つにでも付き合ってよ」




