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ギルダ、あるいは百年の空白  作者: ASD(芦田直人)
第2章 ユーライカ
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第2章 第5話 命尽きるまで(その5)

「かつて内戦のおりに、私が斬ったというのが、ギルダにございます」


「……!」


 ユーライカがギルダの身を重く案じている事はすでに周知の事実であったが、彼はその場で敢えてそのように切り出したのだった。途端にユーライカの表情が鬼の形相に変わるが、意に介したようでもなく先を続ける。


「戦場での話にございます。彼女は刺客として現われ、私は命を狙われたのですから、それについてはご容赦いただきたい。ともあれ、互いに命がけで斬り合いをした結果、彼女は谷川に滑落し、捜索に赴いたところまだ息があったので私が自らこの村の診療院に担ぎ込みました。だから、ギルダについては元々居場所は把握しておりました」


「では、こたびはギルダを討伐しに来たわけではないと?」


「探していたのはもう一人の方です。殿下の視察行を妨害するという情報がありましたので、危機をお知らせせねばと殿下の元に参じようとしていたところにございました」


「……人造人間の討伐が任務ということなら、ギルダもいずれ斬るのか?」


「私が受けた任務はあくまで、アルヴィン王子殿下一派の残党の探索にございますよ。……その中で、人造人間どもがたどった行く末をしかと確かめよ、と。色々と手を回して調べてみたところ、他の人造人間については戦死なり何なりですでに死亡が確認されております。今のギルダにしても、そのような残党のような連中と関わりがあるわけでもなく、であればこのたびの私の任務の埒外の話にございます」


「そうなるか」


「ですが、クロモリがつくった人造人間が五体とも近衛の所轄であったのは確かです。もし仮に人造人間が生き残っているのであれば、それはすなわちかつての王太子殿下陣営の手の者、と見なされてもおかしくはない。姫殿下がどうしてもギルダを処罰したくないという話であれば、あの者はこの村においたまま、そっとしておくのが一番ではないですかね」


「お前はどうする。王都に帰って、ギルダの事を報告しなくてもよいのか」


「元々はギルダを斬ったという噂話から持ち掛けられた話です。なので、ギルダは事の最初に私がもう斬ったあと、という事にしておけばよいのではないですかな」


 ロシェは鷹揚な態度でそのように言ってのけた。そもそも、斬った、と噂にはなっていて彼自身も今この場でそのような物言いをしているが、あの日ギルダが敗れたのは足元を踏み誤って崖下に滑落したせいであり、ロシェ自身の切っ先は毛筋ほどもギルダを傷つけてはいなかったのだが、そこをわざわざ訂正はしないロシェであった。


「だが、コッパーグロウを無事討ち果たしたのであるから、その件を報告するために王都には帰参するであろう?」


「まあ、その必要もあるでしょうが、気乗りはしませんなあ……」


「どういうことだ」


「そもそも襲撃されるのに先んじて私どもが合流出来ていれば、あのような襲撃を許す事すらなかったかも知れないわけですから、せっかく人造人間を討ち果たすという大それたことを成し遂げておきながら、何故間に合わなかったとお叱りを受けるのは面白くない」


「そのようなつまらぬ言いがかりをつけたがる者がいるのか」


「私は王都でも、相当煙たがられていますからね。……ともあれ、殿下もこのような事件がおきて、涼しい顔で視察をこのまま続けなさるわけでもないのでしょう。私の部隊の者たちにはこの後、姫殿下の旅団に合流し王都までの道のりの警護に当たるように申し付けようと思います。私はギルダとも少し話をしたいので、彼女が目覚めるのをここで待って、それを見届けたあと部隊を追いかけるつもりです」


「何をいう。私も、ギルダが目覚めるまではここを動かぬぞ」


「姫殿下はそのおつもりでも、お付きの方々はそういうわけにはいかないのではないですかな?」


 そのようにロシェが言うので、ユーライカはシャナンを見やる。彼女はため息交じりに口を開いた。


「どのようにその話を切り出すべきか私も迷っておりました。戻るなら戻るで途中の滞在先の調整などもございますので、すぐに出立とはいかず一両日はこの村に滞在していただく事になりますが、そこから先は護衛の事もございますので……」


「しかし」


 険を含んだ態度で抗議の意思を示すユーライカに、シャナン・ラナンが眉を潜めて反論を重ねる。


「ロシェ殿に敗れてこの村に担ぎ込まれてきたときよりは軽い負傷であると、ハイネマン医師も申していたではありませんか。姫殿下のご心配も分かりますし、こたび大きな働きがあった彼女を労いたいという思いも、このシャナン、分からぬわけではないのですが、どうかここは我ら下々の者どもの働きにもご配慮願いたい」


 シャナンがそこまで言うと、ユーライカは渋い表情のまま目をつぶって黙り込んでしまった。王姉としてこの場でどこまでのわがままが許されるのか――散々に叱責の言葉を吐き散らかしたところで、それが分からぬ彼女でもなかった。


「もしギルダに会わぬままにこの村を出ていくという話なら、先ほどの謝罪は取り消しだ。今この場でもう一度ひっぱたいてやりたいくらいだ」


「人前で手を挙げるのは貴婦人の振る舞いではございませんよ」


「では、人目のないところでは覚悟することだ。ロシェが出ていったら存分に折檻してやるからそのつもりでいるのだな」


 その両者のやり取りを傍目で見ていたロシェが思わず笑ったのを、疎ましく睨みつけるユーライカであった。






(次話につづく)

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