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ギルダ、あるいは百年の空白  作者: ASD(芦田直人)
第2章 ユーライカ
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第2章 第5話 命尽きるまで(その2)

「姫殿下、ギルダは人造人間です。これよりも深い傷から回復したのを私は知っています。御心配には至らぬかと」


 正直に言えば、脇腹と胸部の刀傷の事を思えば火傷で手足を欠損した前回よりも浅い負傷と言い切れたものではなかったのだが、ユーライカには速やかに処置室から退去して貰いたかったので、そのような言説で彼女を押しとどめようとしたハイネマンだった。


 だが彼がどのように言い繕おうとも、ユーライカにとって一番雄弁にものを言ったのは、処置台にそれこそ血だらけで横たわる変わり果てたギルダの姿だった。


「……ギルダ!」


 彼女は部屋を出ていくどころか、なんという事だ、と声をあげ、その場で膝を折って崩れ落ちてしまった。


「ハイネマンよ……何があってもギルダを救命するのだ。必要な限りの便宜を図るよう、シャナンにも固く言い含めておく。必ずだ。必ずだぞ……!」




      *     *     *




 振り返ってみれば、ほんの数年の間の話ではある。


 だがその数年で、王国はすっかりと様変わりしてしまった。


 先王の死去に端を発する跡目争いは苛烈な内戦となり、国土に大きな傷を残した。


 幸いにも王都が戦禍に襲われることはなかったが、前線が近づいてくるにつれて人々からは笑顔が消え、街から人影も消えた。


 王都を脱した弟王子クラヴィスが兵を盛り立てて王都に進軍を開始すると、王宮はアルヴィン王子を推す近衛師団によってさながら司令部のように扱われるようになり、アルヴィン王子から見て妹に当たるユーライカ姫の居場所はそこには無かった。そのうちに、祖母であるクローディア前王太后の死去以来あるじのいなかった離宮へと居を移すことになり、それからずっとその離宮がユーライカ個人の城であった。


 その城を守る衛士として近衛師団が離宮に寄越したのが、ギルダであった。


「人造人間、ですって……?」


 思わず問い返したユーライカに対し、彼女を連れてきた近衛師団長は得意げに説明した。


「いかにもその通り。先王陛下がかの魔法使いクロモリに、つくるようにと依頼をしてあったのだと言います。それがこたび魔法使いより王国に対し完成したものが引き渡される運びとなり、その五体全てが近衛の預かりとなりました。そのうちの一体を、姫殿下の護衛役にと思いまして」


 師団長は得意満面な様子であったが、その実態を言えば得体の知れない人造人間を押し付けられて、どのように扱ったものか困惑していたのかも知れなかった。


 彼が連れてきたその人造人間は、典礼用の華美な軍服を身にまとい、いかにも着飾った人形のようであった。確かに腰には細身のサーベルを下げてはいたが、それとても典礼のための装備であり、それを振るって勇ましく戦う姿はちょっと想像がつかなかった。


「女の子……なの?」


 直立するその人造人間をしげしげと眺め回したのち、ユーライカは問うた。


「クロモリにより引き渡された五体のうち、二体が男、三体が女でした」


「兵士なのでしょう? 男の方が都合がよいのではなくて?」


「わたくしめもそう思いますが、クロモリにしても、つくる側の都合というのもあるのでありましょう」


「クロモリが、単に女の子を造りたかっただけかも」


 ユーライカがそう言って無遠慮にその顔を覗き込むが、そんな彼女の事などまるで意に介した風でもなく、人造人間は目線を一点に保ったまま無言で立ち尽くすのだった。


 そんな彼女に、ユーライカはおもむろに問いかける。


「……お前に、私の警護が務まるというの?」


「命に代えても、殿下をお守りいたします」


 意外にもすらすらと口上を述べたのが、ユーライカには少し意外だった。面白い、と一人呟いて、彼女は質問を重ねた。


「おまえは、人の言う事は何でも聞くの?」


「姫殿下の護衛を仰せつかりました。何事も、姫殿下の仰せのままに致します」


「私が死ねと命令したら、お前は死ぬの?」


「殿下をお守りするために、それが必要と判断したならば」


「……では、今のこの場で死ねと命じたら、どうするの」


「今ここで死んでしまって、この先殿下をお守りする事が出来なくなってしまうのであれば、今この場では死ぬわけにはまいりません」


「では、この男を殺せと命じたら?」


 ユーライカはそう言って師団長を指し示す。人造人間は自分をここまで連れてきた師団長を横目でみやる。


「殿下が、必要だと申されるのであれば」


 その言葉に、慌てたのが師団長当人であった。


「おいおい、姫殿下の言うことを聞けと命じたのはわしだぞ」


「貴殿を殺害する正当性については、命じた姫殿下が把握しておられる事と思う。申開きは姫殿下に」


 そう言って、人造人間はサーベルにそっと手をかけた。

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