第2章 第4話 襲撃(その5)
全てを焼き尽くすその業火が今のギルダには精一杯の渾身の攻撃であった。それ以上その場に踏ん張っていられなくなり、コッパーグロウに押しやられて、力なく地面に崩れ落ちる。人型の炎の塊と化したコッパーグロウは、振り乱した赤銅色の髪の代わりに紅蓮の炎を全身にまとい、まるで勝ち誇ったようにギルダの前に立ちはだかる。ひとたびギルダを刺し貫いた剣もまた一緒に炎に包まれていたが、それを高々と振り上げ、いよいよギルダに向かって振り下ろさんという、その時だった。
そのコッパーグロウの脇腹に何かしらの鋭い一撃が加わり、彼女は一瞬その身体をくの字に大きく曲げた。遠方から飛来した強弓の一矢が脇腹に深々と突き刺さっていた。
続けざまにもう一矢、二矢と矢が飛来してコッパーグロウを狙う。彼女はそれを払い落とし、払えずにおのが身に刺さったものは乱雑に引き抜き、無造作に投げ払ったそれは火の粉になって散っていく。
燃えるコッパーグロウが、矢の飛来した方角を振り仰ぐ。
ギルダもまたそちらを振り返ると、こちらに向かって必死に駆けてくる騎馬武者の一団がそこにはあった。
ユーライカに随伴してきた元からの護衛の近衛騎士たちではない、それは別にかけつけた王国軍の正騎士の一団であった。その先頭に立ってひときわ大きな馬を駆る大柄な偉丈夫が、鬼神の勢いでコッパーグロウの元に駆け寄る。騎馬ですれ違いざまに手にした大剣を一閃する。切っ先は燃えるコッパーグロウの手にした剣を、それを握りしめた腕ごと薙ぎ払ったのだった。
全身を炎に巻かれながらもまるでその炎を味方につけたように、勝ち誇ったように立ちはだかっていたコッパーグロウだったが、結局はギルダの放った業火は彼女の身体を芯まで焼き尽くそうとしていたのだった。最期に残った力を振り絞ってギルダを討ち果たそうと果敢に立ち回ったコッパーグロウだったが、すでに余力は尽きようとしていた。
彼女の燃える手首を切り落とした先の騎馬武者が、馬首を取って返し再度コッパーグロウの眼前に降り立ったかと思うと、もはや消し炭になろうという彼女を、ひとおもいに一刀両断に斬り捨てるのだった。
針葉樹の深い森の端々に至るかのように、生けとし生ける者すべてを心の底から震え上がらせるような恐ろしげな叫び声が響き渡った。
真っ黒に焦げてもなおよろよろと動くその人造人間に向かって、その偉丈夫はさらにもう一太刀を浴びせかける。最期にもう一つだけ耳障りな金属的な叫び声を残し、コッパーグロウの身体はさらさらと砂のように崩れていくのだった。
今しがたまで立って動いていた人造人間は、今は砂と灰と、いくばくか燃え残った火の粉の飛沫となって、跡形もなくただの塵と化して消えていった。消し炭どころか、亡骸と言えるようなものすら何も残らなかった。
地面に散らばって風に流されていくその塵の流れをじっくりと見やりながら、彼女に相対した騎馬武者はぼそりと呟いたのだった。
「……呆気ないものだな」
うっそりと呟いたその偉丈夫をギルダもあらためてまじまじと見やる。それは誰であろう、あの剣士ロシェ・グラウルその人だったのだ。
「貴様……ロシェなのか?」
勇壮な騎馬武者姿のロシェは、そのように名を呼んだギルダの方を振り返る。
「なかなかに危ういところに、どうにか駆け付ける事が出来たようだな」
あの当時と違い立派な鎧甲冑に身を包み、今や生まれながらの武人のようなたたずまいであったが、そういってにやりと不敵な笑みを浮かべたのを見やれば、確かにかつてギルダを谷川から救い上げた、あのロシェ・グラウル当人に相違なかった。
相対するギルダと言えば、コッパーグロウに受けた刀傷も決して浅くはなく、右腕は火傷の上に血だらけで、そのほか全身に細かいかすり傷があった。まさに満身創痍というにふさわしい状態だった。
彼女がそんな様子であるのをまじまじと観察すると、ロシェは地面にうずくまる彼女の前にしゃがみ込む。
「立てるか?」
「お前のせいで無くした脚だぞ」
「……そうか、そうだった」
脚の事だけを言ったつもりではなかったロシェだが、その口答えが出来るのであれば、と声をあげて笑った。ギルダは朦朧としたままどうにか立ち上がろうとするが、しかし立ち上がるどころか上体を起こした姿勢を保つことすら難しく、意識を保っていられなくなって地面に崩れ落ちるまでどれほどの時間もかからなかったのだった。
(次話につづく)




