第2章 第4話 襲撃(その4)
ギルダが火炎を得意とする一方、コッパーグロウの魔導の技は雷撃が中心だ。ギルダの炎はひとたび顕在したとして、その飛来の速度は目にも留まらぬほどとまでは行かないが、コッパーグロウの放つ雷撃は彼方に到達するのも一瞬だった。しかも武具や甲冑など金属を帯びていればそこに誘来させるのも容易で、ギルダの炎が農民兵のような有象無象を一度に焼くのに適していたとすると、コッパーグロウの技は騎馬武者の一団のような装備の整った軍勢を一点打破するのに適していたかも知れない。一方で乱戦ともなれば自らも剣を振り回しているわけなので、むやみに至近距離を狙うわけにもいかない。ひとたび術者の手を離れればそれがいかに常識を外れた高温の炎や激しい雷撃だったとしても、神羅万象の法則を大きく曲げることは出来ない。ギルダが大木の枝の上に逃れたのはそこしか逃げ場がなかったのもあったが、コッパーグロウの雷撃は正確にギルダに狙いを定める必要があったから、その目くらましの意味もあった。
コッパーグロウは忌々しげに高みに逃れたギルダを見やる。その一方で逃げ去る馬車の行方をちらりと伺い、近くに乗り手をなくした馬があるのを見つけると、ギルダを樹上に残し彼女はユーライカの馬車を追うべくきびすを返したのだった。
みるみるうちに馬影が遠ざかっていく。ギルダは慌てて地面に降り立つが、右足を地面に着くと義足の破断部分がそのまま土の上に突き刺さってしまう。それを引き抜いてどうにか街道に戻ってみるが、道はすぐ先で折れ曲がっており、もはや馬車もコッパーグロウも見出す事は出来なかった。
ギルダは再び樹上に飛び上がり、周囲の地形を確認する。街道は起伏に沿って大きくカーブを描いており、村から続くつづら折りのそこが最終の曲がり角であった。ギルダは最短距離で森を駆け下りるべく、再び跳躍し針葉樹の木立を次から次へ飛び移っていくのだった。
枝を握る両の手のひらがすっかりすりむけて血だらけになっていたが、もはや構っている場合ではない。
次に街道に出たさい、樹上から見下ろすとまさに馬車が、続いてコッパーグロウが駆けていくところだった。コッパーグロウは馬車のすぐ後ろに肉薄していたが、そこにギルダが再び、ひと思いに飛びかかる。
馬車に追いすがるべく前方に注視していたコッパーグロウは、一瞬対応が遅れた。わずかに馬首をひるがえしこれを避けようとするが、間に合わずにギルダと真正面からぶつかる形となった。そのまま両者、今度こそ馬からもつれるようにして、砂利場の上にしたたかに身を打ちながら転がり落ちてしまったのだった。
ごろごろと地面を転がって、飛びついた側のギルダが上に乗りかかってコッパーグロウを組み伏せる体勢となった。
だが両者は同じ人造人間とは言え、その体躯には明らかに差異があった。コッパーグロウの方が明らかに上背があり、このように揉み合う局面では有利に見えた。実際に細身のギルダの身体を膂力に任せひとおもいに押しのけようとする。
上体を押されて後方にのけぞったギルダは、腰が浮き上がったその一瞬、破断した義足をぶら下げたままの右脚を思い切り持ち上げたかと思うと……すぐさまに半身を起こそうとするコッパーグロウに対し、ささくれだった義足の切り欠いた先端を押し付けるようにして、右脚を力任せに踏みしめるのだった。
体格差があるように見えてもそこはギルダも人造人間であった。斜めになった切断面は思いのほか鋭利で、まるで太い杭でも打ち付けるかの如く、彼女が踏みしめた一撃はコッパーグロウの胸部を強く穿った。
「ぐわあああっ――!」
杭の先端がひと思いにコッパーグロウの胸を刺し貫いて、彼女はまるでそのまま地面に縫い付けられる形となった。赤銅色の髪を振り乱し、苦悶の叫びをあげながら、ギルダをはねのけようと必死でもがくのだった。
だがギルダもそこで怯んだりはしない。そのまま彼女が体重をかけると、義足の先端はずぶずぶと相手の胸に沈み込んでいく。
コッパーグロウが血走った眼で周囲を見回すと、ギルダに飛びかかられた拍子に取り落としてしまった彼女の剣が手近に転がっていた。どうにか手を伸ばし、その柄を握りしめる。手繰り寄せた剣をひとおもいに振り回すと、彼女の胸に義足が刺さっている状態のギルダにはそれ以上避けようがない。先ほどのような魔導のわざで障壁を張るのも間に合わず、左の脇腹がざっくりと切り裂かれてしまうのだった。
「――!!」
彼女の口からも、苦悶の叫びが漏れる。傷に意識を集中し痛覚を遮断するが、続けざまにコッパーグロウの剣が彼女の胸部を真正面から刺し貫いた。
それでも、ギルダは彼女の上に乗ったまま、退こうとしなかった。
過大な痛覚を慌てて遮断した事で、意識が急速に混濁してくるのが分かる。ギルダはその状態で呪文を呟くと、次の瞬間右腕が手首のずっと手前から大きく縦に張り裂け、その傷の裂け目から盛大な炎が噴き上がるのだった。
それはまるで彼女の身体の内側から湧き上がってくる、憤怒のような情感を形あるものにしたかのような、恐ろしいまでの業火だった。その炎が彼女の義足の先に縫い留めたコッパーグロウをあっという間に包み込む。
断末魔というのに相応しい、聞くものを心胆寒からしめるような恐ろしげな金切り声が響き渡る。全身を業火に巻かれたコッパーグロウは最期の力を振り絞るようにしておのが上にのしかかっていたギルダをはねのけて、立ち上がった。




