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ギルダ、あるいは百年の空白  作者: ASD(芦田直人)
第2章 ユーライカ
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第2章 第4話 襲撃(その2)

 村の目抜き通りまで足を引きずるようにしてどうにか駆け下ると、行きすがりの通行人から馬を無理やりに借り受け、旅団のあとを早駆けに追いかけていく。


 村から街道に出てすぐはまっすぐの一本道が続き、そこを超えた先はつづら折りの下り道だった。駄馬で駆け通しても追いつけるとは到底思えないが、道を外れてつづら折りの斜面を無理やりに直線で下っていけば、まだ追いすがることは不可能ではないように思えた。しかしそうしようにも、軍馬ではないがゆえ馬が恐れて言うことを聞かない。


 やむなく、ギルダは駆けどおしの馬上から、意を決して崖下へと飛び降ていった。


 人造人間の身でも躊躇する事があるのだという事を彼女は我ながら思い知るのだった。長らく村で過ごして、かつて戦場を駆け巡ったときのように身体を酷使するような局面は久しく無かったから、飛ぶ直前、体が言うことをきくのかどうか今一つ自信が持てなかった。


 それでも、彼女は飛んだ。


 斜面を滑り落ちるように下っていったかと思うと、機を見計らって、義足ではない方の足で斜面を蹴って大きく跳躍する。そのように身軽に飛んだり跳ねたりは久しぶりで、身体がついてくるかどうか不安はあった。木立の幹にしがみつくと、その木肌を蹴ってもう一度跳躍し、大きく放物線を描いて着地する先にある別の樹木にまたしがみつく。まるで猿のような身のこなしは、傍目に見る者があればとても足に不自由のあるものの動きには見えなかっただろう。


 それを繰り返して、ギルダは旅団に近づいていくのだった。


 そのように肉体を酷使するなど久しく無い事だった。身長の何倍もの高さを軽々と跳躍し、木から木へとものすごい速度で飛び移るのはまさに人造人間でなければ不可能な仕業だったが、木の枝を握りしめる手はあっという間に擦り切れて血だらけになる。痛覚は情報として確かに感知していたが、それでもギルダはそれを意に介することなく、先を急ぐのだった。


 木立から眼下をみれば、ようやく旅団の馬影がはっきり見て取れた。


 数名の曲者どもの騎馬が、同じく馬を駆る近衛兵に挑みかかっているのが見えた。ギルダが高台でアンナマリアに語って聞かせたように、恐らくは旅団がそこを通りがかるずっと以前から山林の茂みに野泊して姿を隠し身を潜めていたものと思われた。そこから類推するにせいぜいがコッパーグロウ一人が数名の供を従えている程度ではと思われたが、実際に目の当たりにすれば数個小隊ほどと、意外に多くのまとまった騎馬の群れが旅団に組織だった襲撃をかけていた。


 ギルダは木立の枝を片手で掴んでバランスを取ったまま、もう片方の指先で印を組み、久々に口の中で呪の文言を唱える。次の瞬間、彼女の手のひらの上で炎が吹き上がり、それが丸い球状に形が整えられていったかと思うと、ギルダはおもむろにそれを襲撃者の頭上から投げ落とすのだった。


 質量のあるかたまりのように放物線を描き地面へと落下していく。それが襲撃者たる騎馬兵の者どもの間の地面に落ちたかと思うと、次の瞬間に炎の幕が彼らをあっという間に包み込むのだった。突然の業火に見舞われ、追っ手たちは総崩れとなった。


 馬首をひるがえし右往左往する者たちの頭上から、今度はギルダ自身が枝から手を放し飛び降りていく。疾走する騎馬の目の前にやっとやっとの姿勢で着地したかと思うと、すれ違いざまに身を伸ばして、乗り手の騎士の腕に掴みかかり馬上から力任せに引きずり下ろした。


 その騎士が地面に崩れ落ちるのと同時に、取り落とされた長剣を拾い上げると、相手が倒れ伏した姿勢から立ち上がる間も与えないままに、ひと思いに胸を一突きにした。つづく別の騎馬兵がそんなギルダの背後から襲い掛かるが、ギルダが振り返りざまに炎の幕を張ると、あっという間に馬ごと火だるまになって、そのままあさっての方角へと駆け通して行き、木立の並ぶ峻嶮な斜面へと転がり落ちていくのだった。


 最初に乗り手を引きずり下ろして所在なさげだった馬に、拾った剣を握ったままひらりとまたがると、逃げる旅団の中ほどにいるはずのユーライカの馬車を追った。


 襲撃者たちは手勢を幾手にか分けて、その一つが旅団の前方に立ち塞がり全体を足止めしようと試みたようだった。だがあらかじめ襲撃を警戒していた旅団の列は先頭に屈強な近衛の騎馬隊を押し立て、向かいかかった曲者たちと真正面からぶつかり合い、彼らを一刀に切り捨てた。足止めには失敗したままに、旅団は街道をひたすらに先へと急ぐ。敵の別働する一団がユーライカの馬車に後方から追いすがり、馬車とその護衛はそんな曲者から逃れようと行軍を止めるどころか駆け足に走り出したのである。


「ユーライカ姫を逃すな!」


 曲者の誰かしらから、そんな掛け声があがった。

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