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ギルダ、あるいは百年の空白  作者: ASD(芦田直人)
第2章 ユーライカ
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第2章 第2話 視察行(その3)

 彼女が窓から身を乗り出さんとすると、馬車の前後に随伴していた騎馬の近衛騎士が、彼女が身を出した馬車の側面に回り込むようにして並走する体制となる。その護衛を疎ましく思うのかユーライカは一瞬だけ眉をひそめたが、高貴な女性に似つかわしい控えめな静かな笑みをたたえ、沿道の群衆に手を振る。


 だが見る者が見れば気付いたかも知れない。彼女の視線は明らかに群衆の中に何かを探していた。


 自分の身を狙う曲者を、自身が探していたわけではないと思う。


 そのように彼女が群衆を眺めまわしていた折、ギルダは診療院の戸口から群衆の方に近づいて、杖を片手にとにかく人波をかき分けるように方々歩き回り、その人垣の中に数日前に出会った人造人間の姿が無いかどうかを探し回っていたのである。


 あの日からほぼ毎日のように、行商人たちが居並ぶ往来の辺りを捜し歩いたが、コッパーグロウの姿は無かった。彼女の正体など何も知らないままに一緒に商いをしている仲間や顔見知りの商い人がいないかを探し回りもしたが、どうやらその界隈では新参者のようで、知っている、というものには行き会わなかった。


 であるからといってそのまま彼女がそれ以上この村に姿を見せないと決まったわけではない。行商人に扮装していたのはすでにギルダに知られていたから、また違ったいで立ちで群衆の中に身を潜めているのかも知れず、誰かしら曲者が飛び出してくるような事がないかどうか、ギルダも彼女なりに警戒していたのである。


 そのギルダが一瞬だけ群衆の方ではなく、人々が一様に注視する人垣の向こう側を見やった。


 その衆目の中心で馬車に揺られるユーライカその人が、人混みに紛れ込んだギルダの姿をまっすぐに見据え、じっとこちらを見ていたのだった。


互いにこれと求める相手を探して回る両者の目線が、本当に偶然に合わさった一瞬であった。


 歓声にかき消される中、ユーライカの唇が動く。ギルダ、とその名を呼んでいるように思えた。


 その時ばかりはギルダもコッパーグロウの姿を探すのを忘れ、走り去るユーライカを、そしてその馬車を見送っていた。


 歓待のパレードは、それでもほんのわずかな間だった。その行進の段どりを事前に念入りに打ち合わせたわけでもない。群衆にしてみれば熱狂の一瞬ではあったが、村に到着し宿営地までの道のりをほんのひととき駆け抜けただけだった。


 ユーライカの馬車が駆け去ってしまうと、先ほどの先ぶれの兵士たちがもう一度人垣の前に現れ、すぐさまの解散を声高に命じるのであった。人々はめったに見られぬ貴人をじかに目の当たりに出来たと興奮している者も少なくはなかったが、そんな熱気冷めやらぬ者どもも含め、早々に目抜き通りから離れて元の日銭を稼ぐ生業へと立ち戻っていくのであった。


 やがて人波が引いていくと、そこにぽつんとギルダだけが取り残される。結局コッパーグロウの姿をそこに見出す事は出来なかった。渋々、彼女は僧院へと引き返していくのであった。


 戻った先の診療所でも、人々はユーライカ姫殿下の話題で持ち切りであった。


 人造人間の話を知るハイネマンやアンナマリアは比較的冷静であったが、用があって訪れてきた者たちは皆口々に、近衛の隊列の勇壮さであったり、ちらりとだけ垣間見えた姫殿下の凛とした佇まいなどについて所見を述べあうのだった。


 それからどれほどもないうちに、診療院にあのシャナン・ラナンが人目を忍ぶようにそそくさとやってくる。


「シャナン殿。姫殿下に、コッパーグロウの件はお伝えいただけただろうか」


「お前の事を隠したままではお伝えできる内容にはおのずと限りがある。お前やコッパーグロウを戦場で目撃した農民兵がいたとして、その名前までその者たちが知る由もないでしょう。よしんばお前や他の人造人間を見比べて区別のつく者がそうそういるとも思えない。結局、人造人間らしきものを目撃した、という話だけで姫殿下を慰留する事はむずかしい」


「そうか……」


「むしろそのような話を聞けば、姫殿下はお前がこの村に……ここウェルデハッテには限らぬとしても、この界隈のどこかの村や宿場にお前がいるのではないか、それを探し出せるのではないかと強く期待を寄せられることとなりかねない」


「シャナン殿はいかように考えるか。やはり私が直接、姫殿下に身の危険を申し上げた方がよいのだろうか」


 その質問にシャナンはすぐには答えなかった。だが彼女が口を開くのを待たずして、ギルダが呟いた。


「先の行進の折に、姫殿下に姿を見られたかも知れぬ」


 ギルダのその言葉に、女官長がついに深々とため息をついた。


「実は、姫殿下もそのように申しておりました。群衆の中に、しかとギルダを見た、と」


「そうか……」


「ロシェに斬られた魔女がどこかの村にひそかに隠棲しているという噂、その真偽を確かめるために村の代表者を呼ぶように、と姫殿下が仰せになられております」


 その場に居合わせていたハイネマンが、急に自分のことに言及されて、慌てて居住まいを正した。


「私めが先だっての作り話を姫殿下の前で繰り返して、それで納得していただけますかな?」


「……いや、やはり私が行こう」


 困惑するハイネマンの態度を横目に、ギルダは態度を決めた。その彼女をまっすぐに見据え、シャナン・ラナンが言う。


「とすれば、ギルダ、お前も覚悟なさい。姫殿下の御元より去りしのちのかくも長き不在、どのようなご叱責を受けたものか私には見当もつかぬ」


「それは重々覚悟の上。姫殿下のお人柄を思えばさもありなんと思える」


両者はその点に関してだけは、お互いに顔を見合わせて妙に意見を一致させるのだった。




(次話につづく)

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