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ギルダ、あるいは百年の空白  作者: ASD(芦田直人)
第2章 ユーライカ
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第2章 第1話 コッパーグロウ(その4)

「いや、本当の荒事が起こる前に知れたのはよかったのかもしれない。……とはいえ、その話をもう少し早く聞かせてもらっていれば、今しがたの使者にもお伝えすることが出来たのだがな」


「すまない。昨日の段階で相談できていればよかったのだが、私も彼女が何の目的で動いているのか、考えあぐねていたのだ」


「まあ、私が今の話を知っていたら知っていたで、お前さんがここにいる事情もあわせて使者の方々に説明しなければならなかったから、それはそれで話が厄介になっていたかも知れないな。……それにお前さんをこの地で共に働く仲間として受け入れたのに、他に人造人間がいたからと言ってすぐさまに曲者とみなすのも道理の通らぬ話だ」


「そうは言うが、彼女の用向きは明らかに間諜だ」


 ギルダが冷静にそう指摘して、ハイネマンはううむと唸った。


「本当にその人造人間は、ユーライカ姫殿下の御身を狙っていると思うかね?」


「彼女は、私が誰にどのような命令を受けてこの村にいるのかを知りたがっていた。となれば、彼女の方もまた、明らかに誰かに何かを命令されてここにやってきたということだ」


「何か」


「かつてのアルヴィン王子派の兵士が身分を隠して、誰かに何かを命令されて、それで王族の姫君の立ち寄り先をうろついているとあれば、その目的はおのずと明らかなのではないか。彼女にしてみれば、いくさはまだ終わっていないのだ」


「お前さんの言い分はわかった。だがそれを姫殿下や巡察団の方々にお伝えする事がもしあれば、それはお前さんの身柄がここにあることもいずれ明らかにせねばならぬだろう。その時は……」


「分かっている。私の身柄がどうなろうとも、姫殿下の身の安全には代えられない」


 きっぱりと言い切ったギルダに、それまでハイネマンの横に立って黙って話を聞いていたアンナマリアが、不意に問いを差し挟んだ。


「普段のあなたとはずいぶん様子が違うのね」


「どういう意味だ?」


「どうして、そんなにまでしてまだ会った事もない、見も知らない姫殿下の身を守ることにこだわるの?」


 アンナマリアは幾分冷ややかな口調でそのように問いを放つのだった。ギルダはそんなアンナマリアをじっと見返す。ややあって、彼女は語る。


「私は、兵士として戦場に出る前は、王都にてユーライカ姫殿下の警護の任に当たっていたのだ。人造人間として、命じられた最初の任務がそれであった」


「警護? あなたが?」


「そうだ。だから姫殿下は、決して見知らぬお人ではないのだ」


 それだけの話だ、と言い残して、ギルダはそそくさと部屋を出ていった。


「……面白いな」


 ギルダが去っていったあとをじっと見据えていたハイネマンが、ぽつりと漏らす。


「何がです?」


「一方の人造人間は、戦争が終わったと知って、誰に言われずとも自分で判断しいくさをやめた。だがもう一方の人造人間はやめろと言われるまでいくさが終わった事を知らないか、知っているが認めようとしない、というわけだ」


「何が違うのかしら」


「今のギルダの話にあった、ユーライカ姫殿下の警護の任というのが大きな違いではないかな。誰がギルダに命令を下す立場にあったかは知らないが、貴人の警護ともなれば命令者のみの指示に従えばよいというわけにもいかない」


 その話に、あまりぴんと来た風ではないアンナマリアに向かって、ハイネマンが質問をする。


「例えば……そうだな、誰かしら高貴なご身分の御方がこの診療院に療養にやってきたとしよう。私は医師として、看護士である君に対し、その貴人のお世話をするように言いつけたとする。その場合、第一に従うべきはどなたかな……?」


「それは……」


 こういう風に人を試すようなハイネマンの質問は、アンナマリアはあまり得意では無かった。しばし思案ののち、自身なさげに答える。


「それはやはり先生……かしら?」


「いかにも。療養や治療にあたっては私が医師として君に指示を下すのだから、それには従ってもらえるものと思う。しかし高貴な方の側につくとあれば、私の言う事だけ聞いてあとは何もせぬわけにもいかないだろう。立場から言えば私などよりもはるかに身分の高い貴人であるから、やはりあるじと仰いでお仕えする事になるだろう」


「……つまり、警護についたギルダにしてみれば、命じた上官だけではなく、姫殿下のいう事もきかないといけない、ということ?」


「そうだ。だが、何でもかんでも言い分を聞き入れて、それが本来の目的である警護の妨げになるわけもいかない。処置のためにものを食べてはいけない、と私が指示をしているのに、腹が減ったから食事がしたいと言われても、聞き入れるにも限度があるだろう?」


「それは、そうでしょうね」

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