第2章 第1話 コッパーグロウ(その3)
そもそも、後を追って質問の答えを求めるべきかどうか迷いはあったにせよ、今のギルダの脚では常人が相手でも追いつけたかどうかは怪しかった。思いがけない再会についてハイネマン医師やアンナマリアに相談なり報告が必要かどうかも迷ったが、これも即断出来なかった。
結局その晩は黙って一人自分の宿舎に戻り、翌朝診療院に足を運んでみると、早いうちから来客があるのが分かった。
ギルダは警戒し、建物の外でしばし様子を窺った。
何故なら、建物の戸口に立っていたのは王国軍の兵士だったからだ。外に控える者が乗り手のいない馬の番をしていて、おそらくはその空の馬の乗り手が、ハイネマン医師を訪れているに違いなかった。
ハイネマンはあくまで自分は医師だと言い張るだろうが、難民救済のためにこの地に診療院を開いたこと、患者を広く受け入れて中立を示すためにロシェのような者とさまざまに交渉し、また必要物資を揃えるためにも奔走したりなど、ただ医師として怪我人を見るばかりの人物ではなかった。現にこうやってどこかから来た使者とも、現在の村の代表者として面会をしているのだった。
やがて来訪者が去っていくのを見計らって、ギルダは僧院に足を踏み入れる。診察室には使者の応対をしていたであろうハイネマンと、アンナマリアの二人が顔を揃えていた。
「遅かったな。またどこかで転んで立ち往生しているのかと心配していたところだ」
「今の者たちは?」
普段から愛想よく丁寧なあいさつなどしないギルダではあったが、さすがに顔を見せるなりそのように質問したのを見て、ハイネマンは大きく笑った。
「もしかして、今の兵士たちがお前さんを捕えに来たとでも思ったのか? そうか、それで彼らが立ち去るのを外で待っていたということか。……いやいや、安心したまえ。彼らの用向きはそうではない」
「では、なんだ?」
「お前さんも知ってのとおり、今この王国では内戦でずたずたになった主街道の復旧事業が行われている。それにあわせて、長い年月の間にすっかり寂れてしまった旧街道をあらためて整備しなおす工事もまた目下進められているところだ。いくさからの復興のための事業であり、田畑を失った民草に向けての雇用対策でもある」
「それは私も重々承知している。それがどうかしたのか」
「この一連の事業はクラヴィス新国王陛下の姉君である、ユーライカ姫殿下が発起人の一人として名を連ねているが、その姫殿下が現在のところ、その工事の視察のため王国内のあちこちを回っておられるとの事だ。いずれこの村にも視察団がやってくるとのことで、その先ぶれとしてやってきたのが今の兵隊さんたちだ」
「ユーライカ殿下が……?」
ギルダがつぶやいたその名に、医師はおや、と思った。
さすがに王族の名前くらいは知識として知ってはいただろうが、その名前に何かを訝しむような態度が、ただ医師の話に相槌を打ったわけではなさそうに見えた。
「視察、と言ったな」
「噂には聞いていたがね。視察団と言っても必ずしもそこに姫殿下ご本人が参加されているかどうかも分からないし、その委細は今の使者の方も明らかにはしなかったが、いずれにせよご訪問いただいたところで、残念ながらこの村には貴人に滞在していただくような立派な宿も何もない。その現状を把握された上で、実際に当地を訪問なさるのかどうか、訪問するとして逗留先は近隣の他の宿場になるのかどうか、あるいは村はずれに天幕を設営でもしてあくまでこの村にご滞在いただけるかどうか、その確認のためにやってきた、という事のようだった」
「姫殿下はこの村に来るのであろうか……?」
「それは分からぬ。来る前提で、その折には住民総出で出迎えるように、との事だったが、護衛の事もあるから必ず来るとも言わなかったし、詳細な期日も明らかにはされなかった」
ハイネマンはそう告げたが、実際に来るかどうかはさておき、それで何故コッパーグロウがこの村に姿を見せたのか、その理由がギルダには腑に落ちたのだった。
そこに至ってギルダは、昨日のコッパーグロウとの再会の折のやり取りをハイネマン医師らにも説明した方がよいと判断がついて、その場で語って聞かせるのだった。
医師はギルダの話を一通り聞いた上で、やれやれとため息をついた。
「それはまた厄介な話だ」
「面倒ごとを持ち込みたいわけではない。許してほしい」




