第1章 第4話 彼女の役割(その2)
「……鍵がかかっているのに、どうして中身が薬だと分かるの?」
「匂いがする」
言われて、反射的に鼻をすんすんと動かしてみるアンナマリアだったが、小屋の中の埃っぽいすえた匂いがするだけだった。そこは人間離れした感覚でもって、ギルダにはそれを感知出来ているのだろう、と思うしかなかった。
「無論、実際のところは開けて確かめてみるしかないが」
「でも、鍵がかかってる」
「壊してよければ、この場で壊す」
ギルダが事もなげにそう言った。どうしたものかと思ったが、少なくともアンナマリアはこの戸棚の存在すら気にかけていなかったし、ハイネマンあたりが鍵をしっかり管理しているという話も聞かない。僧院じゅうを家探しすればどこかに鍵はあったのかも知れないが、人手も暇もないのにそんなこともしていられない。物置の周囲を見回してもそれらしきものが無造作に壁にかかっていたりという事もない。見たところ、戸棚自体誰かが他に触った形跡もなさそうだったので、無断で壊したところで文句が出るとも思えなかった。
アンナマリアの許可が出ると、ギルダは無造作に手を伸ばして、頑丈な錠前を服についた糸くずを払うかのようにやすやすと引きちぎったのだった。
その芸当にも面食らったが、ここはいちいち驚いている場合ではない。アンナマリアが恐る恐る戸棚を開けてみると、中にはさらに一つ一つ小さな抽斗がびっしりと並んでいたのだった。手書きの書き文字で何か書いてあるのは、おそらくはその中身についてだったかも知れないが、薄暗いうえに異国の文字のようで、その走り書きはアンナマリアには読めなかった。試しに適当に目についた抽斗の一つを開けてみると、何か植物の葉を乾燥させた状態のものがいくつか収められていのが分かった。
足りない、と訴えているような膏薬のたぐいがあるのかと期待していただけに、アンナマリアの表情には困惑の色が浮かんだ。
そんなアンナマリアの心中が分かっているのかいないのか、横からギルダが言う。
「これはベルガナの葉だ。乾燥させたのち粉に挽いて、膏薬の材料に使う」
「……薬に詳しいの?」
「詳しくはないが、僧院長の部屋に薬草について記した書物があった。まだ読み終えてはいないが、八十七頁目に記述があった」
アンナマリアはその話を聞いて、しばし天を仰いだかと思うと、ベルガナの葉、とギルダが語ったその葉を掴んで、取って返してハイネマン医師の元へ向かい、ギルダが見つけた薬庫について報告した。
「……確かに、彼女の言う通りこれはベルガナの葉には違いない」
勝手に鍵を壊した、という下りにはわずかに顔をしかめたハイネマンだったが――なにせ無断で間借りしている僧院だ――報告の内容には身を乗り出して興味を示した。ふむ、と頷いたハイネマンに、ギルダが淡々と補足の言葉を述べる。
「この植物は、村の周りにもいくつか自生している場所がある」
自身が詳しいわけではない、と断言したはずのギルダがもっともらしい事を言い出したので、うろんに思いアンナマリアは問い詰める。
「それも僧院長の本に書いてあったというの?」
「いいや。その書物の隣に、おそらく僧院長が自分で書いたであろう書きつけの帳面があった」
ギルダがそういうので、今度は三人で僧院長の部屋に向かった。農民軍の拠点ではない、とのハイネマン医師の主張はさておき、ギルダの身柄が敵の士官として軟禁状態にあった処遇にはその時点で特段変更はなかったので、アンナマリアの手伝いに駆り出される現状であってもその僧院長の部屋だったところはつまるところ現在のギルダの居室のままだったわけだが、確かにかつての僧院長の私物と思しき書物が数点、棚に並べられていた。