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第1章 第3話 終戦(その5)

「では、私はどうすればいい」


「それをおれに訊かれても困る」


 ロシェはそう言って肩をすくめた。確かに、今日たまたまその話を皆にもたらしたのが彼だという話で、いかに農民たちを取りまとめる指導的立場にあったとはいえ、敵兵であるギルダの事にまで責任のある話ではない。それは、その通りではあったのだが。


「だが、私をここに担ぎ込んで、命を長らえさせたのはお前だと聞いている」


「うん、それは確かにそうだ」


「そもそも、あの時崖から落ちる私の腕をつかんだのはどういうつもりだったのだ。あのまま落ちるに任せていればよかったはずだ」


「だが、結果的に落としてしまった。……まああのまま生死も分からずに行方知れずになって、後日改めて襲撃にでもあったりしたら後々面倒だと思ったから、念のため捜索したのだよ。そうしたら驚いたことにまだ息があった。助かる状態には見えなかったが、そうと分かって置き去りにも出来ぬしな」


「ここに身柄を預けていけば、確実に死ぬまで誰かが見届けてくれる……そういうつもりだったのか」


「うん、いや、そういうつもりでもなかったのだが……まあせっかく生き延びたのならそれでよいではないか。どのみち、お前を助けたからといっておれが人造人間のおまえにあれこれ指図をする立場にない事には変わりはないだろう。俺がお前を造ったわけでもなし、上官というわけでもなし」


「それは、その通りだが……」


 納得出来ずになおも食い下がろうとしたギルダだったが、それ以上どのように問い詰めればよいのか、言葉が出てこなかった。


 そのまま無言で固まってしまった彼女を見て、ロシェはただ肩をすくめるのだった。


「まあ、せっかく拾った命だ。何か新しい生き方でも探すのだな」


 彼はそういってひらひらと手を振ると、そそくさとその場を立ち去っていった。


 いくさは終わった、という彼がもたらした一報に人々は歓喜に沸いた。礼拝堂の患者たちだけではない。彼がその足で僧院の建物を出ると、英雄ロシェ・グラウルがやってきたという話を聞きつけた人びとがあちこちから集まってきて、広場を取り囲んでいた。その群衆の数に面食らいつつも、ロシェは集まってきた人々にもう一度礼拝堂の時と同じ話をして、そのままその場は同じように――いや、それよりもひときわ大きな歓声に囲まれるのであった。


 そこに至って、僧院に取り残された魔女たるギルダに、それ以上注意を払う者は誰もいなかった。


「さて、これから忙しくなるわね」


 いつの間にか隣に立っていたアンナマリアが、誰に言うでもなくそのような事を口にする。


「何故だ?」


「王都に進軍していた農民兵たちの軍隊が、引き返してくるのでしょう。今のロシェの話だと王城は無事ということだし、ひどいいくさにならなかったのは何よりだけど、怪我人や病人が全くいないわけでもないでしょう。ここをあてにして運び込まれてくる人がきっと沢山いるに違いないわね」


 アンナマリアのいう通りだった。そもそもがロシェが取り急ぎこの村にやってきたのは、まさにそういう話をハイネマンに要請するためであった。


 クラヴィス王子の軍と協定を結び王都を包囲した農民軍だが、元々貧しい農民たちゆえに、いくさの勝者であるにも関わらず王都に受け入れ先は無く、英雄であるロシェですら、王都での進軍の列に加わることは無かったという。


 それに憤慨する者もいないわけではないが、元をただせば彼らとて、最初に近衛が叛徒と見なして駆逐しようとしたように無法な反乱者には違いなく、それぞれの元々の村へと帰還していくのを黙って見逃してもらえるだけまだよかったのかも知れない。これが仮に、兄アルヴィン王子派が途中で盛り返していくさの勝者になっていれば、それこそ彼らは叛徒として武力で抑えられていたはずだった。


 そのように説得を受けて農民たちは思い思いに故郷に帰っていったが、王都からもほど近いここウェルデハッテの村には、故郷まで帰りつけない傷病兵や、村が焼かれて帰る宛のない者たちが次々と集まってくるようになったのだった。


 ここに至って、ギルダも魔女だの虜囚だのと、いつまでも言っていられる場合ではなかった。


「腕は使えるようになったのなら、包帯を巻く手伝いくらいは出来るでしょう。……あなたが魔女だというのなら、魔導のわざで怪我を治したりとかは出来ないの?」


「そのような都合のよい術はない」


「じゃあ包帯くらいまいたことがある?」


「それもやったことがないな」


「分かりました。では、教えます」


 あなたも手伝いなさい、とアンナマリアが言う口調は反論を許す雰囲気ではなかった。アンナマリアとて元をただせばギルダに指示を下す立場にあったわけではないが、それでもその場の成り行きで、ギルダも見よう見真似で怪我人の処置にあたる事となったのだった。






(次話につづく)

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