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第1章 第3話 終戦(その4)

「不安にさせて申し訳なく思う。だが、ここを預かるハイネマン先生とも相談して決めた事だ。この診療院では敵も味方もなく、傷ついたものは誰であれ広く受け入れる。兵士であっても、民草であっても、だ。……それが敵の偉い騎士様や貴族様であっても、傷を負い治療を求めるものは誰一人として拒まぬ。ここが農民兵を匿う拠点だとみなされたら、兵を差し向けられ焼き討ちにでもあって、そのまま皆が頼るべき場所がなくなってしまうおそれがあったからな」


「……」


「だがそんな心配はもうしなくてもよい。過日、おれたちはクラヴィス王子殿下の軍勢とともに王都へと進軍した。城門に立てこもっていた近衛師団の軍勢は降伏の意思を示し、王城は開放されたのだ。……今日は皆に、いくさが終わったことを伝えたくて、こうやって取り急ぎ駆け付けたという次第だ」


 その言葉に、群衆はだれともなくわっと声をあげて、湧いた。


 方々から立ち上る歓喜の声が一段落するのを待って、ロシェは先を続ける。


「いくさは終わったのだ。これからは敵も味方も無く、皆で力を合わせ、いくさで荒れた国を直していくのだ」


 そういってロシェが軽く手を挙げると、まわりを取り囲む者たちはひときわ大きな声をあげたのだった。この場にいるのは怪我人や病人ばかりのはずだったが、ひとときそれを忘れるような喜びの熱気がそこにあった。


 そんな風に沸き立つ人々を見やって、ロシェはギルダの方をあらためて振り仰ぐ。


「まあ、事の成り行きは今おれが言った通りだ。今更おれ一人の命を奪ったところで、クラヴィス王子勝利といういくさの結果は覆らぬよ。誰の命を奪う必要ももはやないのだ。……お前がもはや刺客ではないのなら、おれもお前とそれ以上剣を交えるいわれもない」


「……」


 事の成り行きを窺うように無言をつらぬくギルダを後目に、もう一度ロシェは礼拝堂の群衆に向き直った。


「そういう次第であるから、この女ももう誰も殺すことはない。ゆえに、おれたちも魔女などを恐れる必要は、もはやないのだ」


 この言葉に対しては人々は歓声をあげるでもなく、露骨に困惑の色が広がっていったのだが、当のギルダが何も反論せず黙っていたことと、ロシェが無理やりに笑顔をつくって勝どきの声をあげたので、人々も声を上げてそれに倣ったのだった。


 それをもって、思いがけずギルダがもたらしたその場の不穏についてはそれっきり、何となくうやむやにされて終わってしまったのだった。ギルダに向けられる眼差しが、彼女を気味悪く思うような冷ややかなものである事にはなんら変わりはなかったが、当のロシェが何でもないように魔女と普通に言葉を交わしていたこともあって、それ以上ことさら敵意を持って声高に何かを言い立てるものも現れなかった。


 事が収まったと見るや、そのままロシェは一人納得して礼拝堂を出ていこうとした。行きがかり上人々に言葉を投げかけたロシェだったが、礼拝堂の患者たちでこの村の全員というわけではもちろんなく、彼は単にハイネマン医師を探してここを訪れただけであるから、用事を済ませようとその場をすたすたと去っていこうとする。


 それを、ギルダは杖をついて必死に追いすがり、呼び止めた。


「おい、ちょっと待て……今の話、もう少し詳しく聞かせてはもらえないか」


 背後からそう問いかけられ、ロシェは建物を出ていこうとするところを立ち止まって振り返る。


「……どの部分をだ?」


「いくさが終わったという下りだ。王都は結局どうなったのだ」


「詳しくも何も。さっき皆に説明したのがすべてだ。王都に立てこもっていた近衛騎士団があのまま仮に徹底抗戦を叫んでおれば、そのまま王都は火の海になっていたかも知れんがな。さすがにそうするわけにはいかぬ、とクラヴィス殿下が憂慮されて、そのような愚を避け無血降伏せよと幾度も折衝を重ねた末、ついに開城に至ったのだ」


「アルヴィン殿下は?」


「ふむ。その辺はおれも伝え聞いたに過ぎんが……王城にクラヴィス殿下の軍勢が進軍した時点で、王都にその姿はなかったという話だ。捜索が行われたが結局のところ、その所在は不明のままという事のようだ。近衛からもそれ以上の目立った抗戦はなく、それをもってクラヴィス殿下は勝利を宣言なされたのだ」


 ロシェの口からそこまでの委細を聞かされて、ギルダは貝のように押し黙ってしまった。人造人間の彼女が内心の狼狽を露骨に表情に出す事はなかったかも知れないが、困惑して言葉が出てこないという状況であるのは違いないようだった。


「……どういう事だと判断すればよいのだ」


「どうもこうも、今言った事がすべてだよ。いくさは終わった、という事だ」

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