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第1章 第3話 終戦(その2)

 戦場で農民どもを散々焼き殺していた無慈悲な魔女が、深手を負って運ばれてきたとあって、そのようなものを招き入れて村は大丈夫なのか、という声ももちろん少なくはなかったが、なにぶんにも火傷の手当は急を要するし、とくに連れてきたのが英雄たるロシェという事もあり、取り敢えず立って歩けるようになるまでは病室に放り込んで半ば軟禁状態としたうえで、一通りの治療が施されたのだった。


 どのみち最初のうちは助かる傷とは思われていなかった。しかしその彼女が回復を遂げ、今や杖をついて自分の脚で歩き出そうとするに至って、再度村は騒然とするのであった。


「本当はあなたをずっとここに閉じ込めておきたいくらいなんですけどね」


 看護婦のアンナマリアがそんな風にいう。


 ギルダが収容されている部屋には彼女一人しか患者はいない。そもそもその建物は病棟として建てられたわけではなく、元々は僧院だ。それも修道院のように僧侶たちの修練のための施設ではなく、あくまで土地のものが祈りをささげるための集会施設でしかない。そこを医療拠点として流用するにあたって、患者にあてがう個室が何部屋もあるわけではなかった。広さのある礼拝堂の長椅子を片隅に押しやって出来た空間に大半の患者は収容されていた。彼らからギルダを隔離するために、元々の僧院長のための居室を彼女の病室にあてがっていたのだ。


「ハイネマン先生に自分の部屋として使ってもらいたくて皆で片付けをしたのに」


 アンナマリアはぶつぶつと文句を言ったが、彼女を人目を遮って隔離出来て、さらに施錠が出来る立派な扉のついた個室と言えばここぐらいしか思いつかなかったので、仕方がなかった。


 何とは言ってもやはり敵の士官を鍵もかからない場所に留め置くわけにはいかないのでは、という判断だったが、僧院はそもそも平屋建てだし、その気になれば明り取りの窓などからでも抜け出すのは造作もないことだった。だがギルダも是が非でもこの村を抜け出そうという素振りは見せず、この地に腰を据えたまままずは傷の治療に専念するつもりのようであった。


 ギルダにしてみれば、右腕と同様に欠損した脚もいずれ時を経れば再生するのではという期待も多少はあったが、そのような変化は彼女の身体には訪れなかった。となれば足を失った状態で、どうにかして歩くすべを身に着ける必要がある。


 ギルダは何日かぶりで床に足をついて立ち上がってみる。


 これまでと違うのは地面につく足が一本しかないこと。杖をついてどうにか身体を支えるが、自由に歩き回るのは難しそうだった。


「義足を作ってくれる職人を探してみるけど、当面はその状態で我慢してもらうしかないわね。……歩き方は一人で練習してちょうだい」


 アンナマリアにはそのように言われていた。なのでギルダは自室で立ったり座ったりを繰り返して、一歩、二歩とどうにかして歩くすべを取り戻そうとするのだった。


 さすがに杖が無いと歩けないから、これはアンナマリアが用意してくれた。脇の下に挟んで体重をかける事が出来る、いわゆる松葉杖だ。同じものを二本そろえる余裕は無かったようで、一本しかないその杖に体重をかけ左足を浮かせ、そのまま自ら前方に倒れ込むように体重をかけて足を付く。足をついたら杖を前方につき直し、あとは同じ動作を繰り返す。


 だが狭い部屋をうろうろしているだけでは練習にもならないと思い、ギルダは戸口に立った。


 扉に鍵はついている。だがそこを施錠して締め切っておく事にはハイネマン医師が難色を示した。


「自由に出て行ってよいと言った手前、閉じ込めておくのはいかがなものか。どのみち牢獄のように堅牢な鉄扉というわけでもなし、それこそ戦場で恐れられた魔導士殿というのであれば戸口を破ることなど造作もないのではないか」


 そのように魔導の技で暴れられたらどのような惨劇となるのか、と肝を冷やす一同を後目に、ハイネマン医師は涼しい顔で、修理するとなると面倒だ、と呟いただけだった。肝心の医師がそのような見解というのであれば、士官だの虜囚だのという方向からそれ以上説得するのも無理があったので、皆渋々医師の意向に従った。見張りを置くという意見もあったが、これも余計な犠牲者が出るだけではという懸念の声が上がって、どのみち人手に余裕があるわけでもなかったのですぐに取りやめになった。


 そんなわけで、戸口に立ったギルダが一歩廊下に出てみたところで、誰も咎め立てする者はいなかった。


 そうやって、扉を開けたり段差があれば乗り越えたりも練習のうちだ。そう思いギルダは廊下に出た。

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