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第5章 第2話 身代わり(その3)

 ざわついた群衆を忌々しげに見やりながら、隊長格と思われる男が人だかりを前に口上を述べる。


「者どもよく聞け! 王国に仇為さんとするかつてのアルヴィン王太子一派の手先、ウェルデハッテのリアンなる女の身柄をこの通り取り押さえた! 本来であればこの者を匿ったものも同罪だが、取り立てて悶着もなく王都へと連れ帰ることが適いそうであるゆえ、特別に目こぼしをしてやろう! 我らの帰還を邪魔立てしたり、この女の身柄を取り返そうなどとするものがいたら、その者も同じように引っ立ててやるから、そのつもりでいるのだな!」


 さあ、道を開けろ! と横柄に怒鳴るのに、村人たちは冷ややかな態度ではあるが渋々従うのだった。兵士たちは脚の悪いギルダから杖を取り上げ、その辺の路上へと無造作に投げ捨てた。さらには両手を後ろ手に縛り上げると、彼女をまるで荷物のように替え馬の背に乱暴に乗せて、早々に村を去っていくのだった。


 それを何も出来ず見送るアンナマリアだったが、ふと向き直って村人たちに告げる。


「ギルダはリアンの身代わりになって自ら縄につく事を選んだ。本当はリアンではない、という話がどこかから漏れては大変なので、なるべくギルダの事もリアンの事も口にしないように、お願いするわ」


「しかし、それではギルダさまはどうなるのでしょう?」


「分からない……分からないけど、私も追って王都に行ってみようと思う。王都のハイネマン先生にも相談して、彼女がどうなるのかせめて見届けたいとは思うけど」


 とはいえ、ギルダが急にいなくなって、アンナマリアまでとなると診療院のあれこれを誰かに託すことになる。今日明日にでもすぐ発ちたい所を引き継ぎのためぐずぐずしていると、そのうちに先だっての官憲たちとまるで入れ違いのように、王都から騎士オーレンがやってくるのだった。


 心配になってやはり自分で様子を見に来る気になったのか、それにしても今更ではあった。なのでアンナマリアはオーレンを見かけるなり、思わず手をあげて彼の横っ面をめいっぱいにひっぱたくのであった。


「な、なにをするんですかいきなり!」


「今更のこのこやってきて、何様のつもりなの! ギルダはもう王都へ連れていかれてしまったわ」


「え、ギルダ殿が? ……いや、ちょっと待ってください。リアン殿ではなく、何でまたギルダ殿が?」


 目を白黒させる騎士に、アンナマリアが冷ややかに告げる。


「自分がリアンだ、と名乗り出たのよ」


「えっ……ああ、なるほど」


 その一言で、事情をすっかり理解したオーレンであった。ギルダをよく知る周囲の人々が普段あまり深く意識する事は無かったのだが、そもそも彼女は人造人間であり、その外見はアンナマリアが初めて会った頃からまったく老いる事はなかった。娘を一人産んでもなおそうであったから、事情を知らぬ者に対して彼女が自身をおのが娘だと言い張ってしまえば、それで通すことも難しくはないのかも知れなかった。


 ともあれ、それでやってきた官憲が納得して彼女を連れて行ったという話なら、草原へ旅立っていったリアン当人にただちに累が及ぶことは無いだろうが、いずれどこかの時点でギルダの正体が露見する可能性は充分にあった。


「それで、私はどうすればよいのでしょう?」


「姫殿下に言われたことをまだ覚えているかしら」


「ええっ? ……それはでも、今でも果たすべきでしょうかね?」


 たとえ自身が国法に背く事になろうとも、騎士の誓いに従いご婦人の身柄と名誉を守れ……ユーライカはかつて騎士オーレンにそのように厳命したという。


「私が命に代えてもギルダ殿の身柄を官憲から取り返すべきだ、とおっしゃる……?」


 恐る恐るといった様子の騎士のその問いかけに、アンナマリアはため息をついた。


「確かに、そこまではお願い出来ないわね」


 気落ちするアンナマリアを見やって、しばしの思案の末、オーレンは口を開いた。


「……では、こうしましょう。ギルダ殿を連れ去った官憲どもを追いかけて、私がその連中にどうのこうのと手出しをするわけには参りませんが、アンナマリアどのもこたびの件が王都でどのような成り行きになるかは気がかりでしょう。私は王都に引き返しましてシャナン様にこの顛末をご報告申し上げる必要がありますが、アンナマリアどのにも是非同行していただきたい」


「もちろんよ。あなたが駄目だと言ったとしても、勝手についていきますからね」


 当たり前でしょう、とでも言いたげにまっすぐな面差しできっぱりとそう言い放ったアンナマリアを見やって、アルマルクの男たちが言うところの「言い出したらきかぬ女」が、ここにも一人いたのだという事を知ったオーレンであった。





(次話につづく)

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