ギリギリチョコなのに気づいてしまった
よろしくお願いします。
「これやるよ」
そう愛想なくチョコを渡してきたのは、鬼将軍として有名なレイ将軍(女性)。
俺、ウルフは固まってしまった。
なぜレイ将軍が俺にチョコを?
しかも、わざわざ俺が一人になっている所で渡す?
レイ将軍が義理で部隊全体に渡すならまだわかる。どうせ総務のメガネに渡して配らせるだろう。
しかし、俺がトイレに行っている隙を狙ったかのように、今渡してきた。しかも、心なしか頬が赤くなかったか?気のせいか?
今日は愛しい人にチョコを渡す日だ。
どういうことだ?
よく考えろ、俺!
ここはロイス国。国のいたる所に出てくる妖魔を専門に退治する、対妖魔専門部隊が駐屯する基地。
対妖魔部隊は国民的人気が高かったが、その中でも絶大な人気を誇る人が二人いる。そのうちの一人、薙刀のレイ将軍。軍の中では鬼将軍と呼ばれている。
そのレイ将軍は俺に興味を持っている素振りはあったか?
そういえば討伐中によく名前を呼ばれる気がする。部隊の中では断トツだ!
それ以外でもよく気にかけていてくれる。俺のことを見てるってことだ。
考えてみると、俺は見た目がいいと言えなくもない。背もすごく高い訳ではないが、平均にはもう少しで届く。
顔も悪くは無いはずだ。切れ長の瞳を褒められたこともあるし、年上の姉さん方から、可愛い!と言われたこともある。
あれだろ、女性のいう可愛いってのは、カッコいいとほぼ同義だろ?
それに細マッチョだ。最近鍛えられているからな(レイ将軍の鬼訓練で鍛えられた)
そもそも、レイ将軍にその手の話は今まであったか?
せいぜい、鬼つながりで鬼の切込み隊長といい雰囲気だと周りが囃子立てていたくらいだ。隊長もレイ将軍と同じくらい人気があるのに、ものすごい形相で否定していたからな。それはない。
…と言うことは、だ。レイ将軍は俺に気がある。
最初はこんな怪力メスゴリ…いや、膂力優れたお方の相手なんかと思ったけど、よく考えるとレイ将軍は美人だ。勇ましさにそのことを忘れそうになるけど。
眼力のある瞳。すっと通った鼻。猛禽類を思わせる美しさだ(褒めている)。一つに縛った長い髪が彼女の美しさを際立たせる。
そこに薙刀を持たせると完璧だ。まるで舞うように妖魔を屠る。レイ将軍は細身で背が高い。その細さからは考えられないほどの力で、妖魔を凪払っていく。その姿に見惚れる男も多い。
その美貌のレイ将軍が、俺にチョコをくれた。
そうとわかったら、俺も男だ。ちゃんと応えてやる必要がある。
どんどんアピールしていこう。
レイ将軍の執務室の入り口に立って、目につくところにいてやった。ちゃんと腕を組んで、格好のいい立ち姿も意識してみた。
「ウルフ!」
お、俺に気がついた。これは駆け寄ってくる流れか?
「ボサッとしてる暇があったら馬具の掃除をしてこい! 」
怒鳴られた。
そうだ。レイ将軍は公私混同はしない。うっかりしていた。
次は仕事の終わった後、帰りに声をかけよう。これなら公私混同ではない。
しかし、夜、いつまで経っても官舎から出てこない。そうだ。今日はきっと当直だ。
家に帰ってから、もらったチョコを眺める。女性らしさの素振りも普段は見せないが、このチョコはきれいにラッピングされている。こんな女性らしい所もあったとは。このラッピングをレイ将軍がしているところを想像すると、微笑ましく思えてくる。あの鬼のレイ将軍が。
もはや、近所のお姉さんのような可憐さの片鱗も見えてきた気がする。そうだ、心の中ではレイ姉さんと呼ぼう。
軍隊の中では小柄な俺はなかなか才能が開花しなかったけれど、それを見ていてくれた人がいたとは。それもレイ姉さんのような優秀な人物が。
自信をなくしかけていたけれど、頑張ろうと思えた。あんな武器と血が友達のような鬼のレイ姉さんでもこんな可愛らしいラッピングをすることができるのだ。
人はみかけによらない。俺も頑張って強くなりたい。
翌日訓練所に入る前の更衣室にまず向かうと、そこには同い年のライトがいた。
そして、その手にはなんと、俺が昨日もらったラッピングされたチョコが。
俺は混乱した。
「その、チョコ…」
「ああ、ウルフももらったか? って、あの時お前トイレ行ってたから貰いそこねたのか。残念だったな。鬼将軍が自ら配ってたぞ。」
「みんな…? 」
違う意味で驚愕しているウルフに気が付かず、ライトはチョコをパクパク食べ始めた。昨日は恋人からもらったチョコを食べたからコレは今日にしたとかなんとか言いながら。
しかし、ウルフは聞いていなかった。
「チョコ…。皆に…。そっか。」
レイ姉さんは皆にチョコを配っていた。俺が一人トイレに行っていたから、残り物を渡してくれたらしい(優しい)。
よく考えれば当然だ。
俺はまだお子ちゃまで、背も平均にも届かない。同い年のライトと比べても、拳一つ分小さい。
目も細めだし、カッコいいとは言われたことはない。
痩せすぎて筋肉が見えるだけで別にマッチョではないかも。
よく名前を呼ばれるのは、よくミスをするから。気にかけるのは、頼りないから。
こんな俺のこと、気にする訳はない。
鬼の切込み隊長とはお似合いだ。
俺が本気チョコだと思ったものは、義理チョコだったってことだ。
「これ、義理チョコを総務のメガネがレイ将軍に渡したモノを、更に義理でレイ将軍が配ったらしいよ。」
義理義理チョコだったわけだ。そのことにようやく気がついた。
そこからの日々はボロボロだった。もともとできていなかった訓練も、ミスばかりして、レイ姉さんに怒られて、レイ姉さんと間違えて呼んでさらに怒られ、馬具掃除を言いつけられたのにそこでもミスをして…。
こんな俺がいても何もいいことはない。
そう思って、でも戦闘にはちゃんと参加した。
そんな時。
レイ姉さんの背後から忍び寄る妖魔の姿が見えた。
チャンスだ。俺が役に立てるところをみせる。
格好良く退治したかったけど、狼型の妖魔相手で俺の剣は力負けして吹き飛び、妖魔の振るう二度目の攻撃が俺の目の前まで迫った。
寸前、薙刀が俺の目の前を通り過ぎ、妖魔を吹き飛ばした。
間近で見るレイさんはとても美しかった。
「ウルフ。なぜ無謀なことをした?」
「…格好良く死にたかったからです。」
「ウルフ。命令だ。格好悪くても生き延びる道を選べ。」
それを聞いて、そこにいた隊員全員がレイに惚れ直した。
俺は気がついてしまった。
もらったのは義理義理チョコだったのに、俺はレイに惚れていることを自覚してしまった。もう止められない。
そうだ。来月チョコのお返しをする日がある。その日に俺の本気を見せてやろう。レイに格好いいと言ってもらえるまで、足掻いてみせよう。
その年から、あらゆる方法でチョコのお返しとともに愛の告白をする若い軍人がこの部隊の名物となった。
読んでいただきありがとうございます。
テーマは青二才の春です。
オマケ
レイ将軍は総務のメガネ・ルイス(名前)から渡された部隊への賄い用おやつとやらがチョコだと言うことに、渡す直前になって気がついた。
メガネは毎年どうにかしてレイの手からチョコを直接配らせようとする。
「レイ将軍からチョコをもらうことで一喜一憂する奴らが沢山いるんですよ。」
そう言われてしぶしぶながら、しかしどこか嬉しそうにチョコを配るレイ将軍であった。