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それでも世界は回る

作者: 石竹緑人

2chもまた文学。


 俺の名前は齋藤圭。21歳で今年4年生になる。どこにでもいる大学生だ。そんな俺にはどこにでもいるわけじゃない、おかしな彼女がいる。何が普通じゃないかというと、 アホ だ。驚くほどにアホである。幼いというか、天然というか、まぁそっちよりのちょっと変わった女の子だ。

 彼女とはサークルの大学合同ボランティアで知り合った。ボランティアの開始前なんかは説明が入ったりするのだが、そこで彼女と隣の席になった。最初こそは真面目に聞いているものの、事前に渡されている資料に書かれていることを口頭で言っているだけの説明会なので俺は自然とウトウトしてきてしまった。眠気覚ましにバレない程度に周りを見渡してみると、隣の彼女もキョロキョロと顔を動かしていた。恐らく俺と同じように集中しきれていないようだった。まぁお互いに前を見ず周りを見ているもんだから、どこかのタイミングで自然と目が合う。目が合うと彼女は人懐こそうな表情をして資料の裏側に

 「 暇ですね 」

なんて書いてそっと見せてきた。俺もそれに 

 「 そうだね 」 

と返す。少し味気ない返事だが眠気で頭が回っていないのだから仕方がない。しかしながら、そんな味気ない返事にも彼女は嬉しそうに 

 「 お名前はなんてゆうんですか?私は葵直子! 」 

と元気そうな字で書いて見せた。俺も 

 「 齋藤圭、4年生」 

とこれまた味気ない返事をする。すると彼女は少し驚いた様子で 

 「 ごめんなさい。先輩でしたか!それにしても名前が一文字って覚えやすくて良いですね! 」 

と、俺はなんだか初めてそんなことを褒められたな、なんて思いながら 

 「 あぁ、敬語じゃなくても大丈夫だよ、葵さんは何年生なの? 」 

と返す。すると彼女は 

  「 2! 」 

と紙一面に大きく書いて見せた。俺は 

 「 俺、視力Aだけど 」 

と返すと彼女はクスクス笑いながら 

 「 かさん面白い(笑) 」 

と書いて見せた。一瞬俺は考えた。彼女は一体何を言っているのだろうか。少し考えて俺は自分なりの結論を出し紙に書いて彼女に見せる。

 「 佳× → 圭〇 」

すると彼女は慌てた様子で顔の前に手を合わせてごめんなさいのジェスチャーをする。俺はなんだか笑ってしまった。彼女は慌ててスマホを見ながらまたなにやら書いている。やはりスマホで何かを調べているのか少し時間が掛かってから、また俺の方に紙を見せる。

 「 ごめんなさい!たまくん! 」

俺はまた少し考える。そして俺もスマホを取り出し、自分の名前「圭」を調べてみる。

    圭 音 ケイ

      訓 たま

なるほどな。俺は全てを理解する。というか初めて知った。21年間、ともに歩んできた俺ですらそう読むことを知らなかったし、「圭」を「佳」に間違えるのはまだわかる。しかし当然「圭」と知ったうえでこんな間違えをしたやつはボケですらいなかった。俺はニコニコしながら嬉しそうに資料の裏に書いたメッセージをこちらに向ける彼女を見て、なんだか清々しい気持ちにすらなった。俺は実は「たま」くんなのかもしれない……。

 

 こんな感じで今でも鮮明に記憶に残っている出会い方をした。(まぁ彼女と過ごす日々はそりゃ楽しいので殆どしっかり記憶にのこっているが)それからも合同活動のたびに遊んだり飲み会に行ったりするうちに気づけば俺の方がそんな彼女の素直さに惚れてしまっていた。俺のアプローチの末、二人きりで会うことも増え、やがて付き合うことになった。

 塾講師のバイトをしていた俺をみてなのか、彼女も塾で働くと言い出した。彼女の天然さを考えると内心受からないと思っていた俺だったが、無事に採用されて嬉しそうに報告してくる彼女の顔はとても印象的だった。彼女は何でも俺に頼った。

 「 代理の講義頼まれたけど中学生英語って難しいかな? 」

 「 あの先生、絶対私のこと嫌いだよ! 」(俺は全く知らないのだが……)

驚いたのは号泣しながら電話してきた時だ。

 「 デートとバイトの日付が被っだぁあああ゛ 」

俺は苦笑いするしかなかった。でもそんなこともありながら、塾の講師のバイトは楽しかったらしい。彼女が大学に入った理由が小学生に英語を教える資格を取るためだったというのも楽しさの一因になっていただろう。俺は大学は当然入るものだと思っていたから、そういった理由があって大学へ入るのは少し新鮮に感じた。あいつなりにしっかり考えていることもあるんだな、なんて少し失礼なことを思ったりもしてしまった。

 

 夏休みに俺の実家に遊びに来ると言い出したこともあった。勿論断る理由もないので「OK」と二つ返事をした。俺の実家は名古屋で彼女は山梨。電車で3時間程度の距離だが、何故か彼女は7時間も掛かると言い出した。彼女に見せられた電車乗り換え計画にはバッチリ鈍行の電車のみで埋め尽くされていた。

 「 特急で来い。 」

 「 怖いからやだっ! 」

のやりとりを数回繰り返した。

結局フラフラになりながら7時間電車に揺られてきた彼女を名古屋駅に迎えに行く。こいつは俺がそばにいてやらなきゃダメだって本気で思った。その日は俺の背中で寝息を立てる彼女を家まで運んだ。少し気恥ずかしさもあったが彼女の重さが不思議と心地よかった。

 最近になって急に頭が痛いって言うから俺が家でご飯を作って食べさせるというデートが増えた。寒いと言って彼女はよく毛布にくるまっていることが増えた。寝るときになると決まって「 ケイちゃんの方があったか~い! 」と言って俺に抱き着いてくる。季節は冬であったが、俺は彼女に何度も病院に行けと言った。しかしながら「 怖いからやだっ! 」ってピシャリと俺の言葉を拒む。こうなった彼女は頑固なのは知っていたがそれでも俺は病院に行けと言い続けた。

 

 春休みになって彼女は実家に帰った。実家でも頭痛や悪寒は収まらなかったらしく流石に両親に病院に連れていかれたようだった。彼女の弟から聞いたが、もし大きな病気だったら俺に合えなくなるのが嫌で行かなかったらしい俺は電話で

 「 そんなことするか! 」

って言ったら

 「 分かってるけど怖いものは怖い。 」

って言い返された。

気持ちは分からなくもなかった。彼女の主な症状は頭痛と悪寒、吐き気だった。診察だけでは原因が分からなかったらしく、結局検査入院することになった。彼女は

 「 やっぱり一緒に行かなくて良かった! 」

と自信満々に行ってきたが、俺が静かに落ち込むと彼女も静かに謝った。

 入院先は山梨だったが、幸いにも春休み中なので時間はあった。何も言わずにお見舞いに行ったが、彼女は嬉しそうな顔で怒った。

 「 メイクもなにもしてないじゃんっ! 」

 体は細いのに顔はふっくらしてるのが彼女の特徴のひとつであったが、なんだか小顔に見えた。俺がそれを彼女に言うと彼女は大きな声で

 「 検査入院ダイエットです! 」

なんて言うもんだから隣のベットのおばあさんまで笑っていた。そんな彼女を見て俺も笑った。多分こんな人が俺の彼女で嬉しかったんだと思う。

 春休みの殆どを病院に通って終わった。俺も4年生なので就活をしなければならない。合同企業説明会の多くは東京なので彼女のお見舞いのこともあり、しばらくの間名古屋よりも東京に近い山梨の彼女の家の方に居候させてもらうことになった。勿論、彼女は家にはいないのだが……。彼女の家族とは普通に会話できる程度の交流はあったので全然窮屈には感じなかった。

 やっと検査を終えて帰ってきた彼女だが、家族の目の前で俺に抱き着いた。普段なら恥ずかしがって絶対にそんなことはしないのだが。俺は嬉しい気持ちと、言葉にできない不安な予感があった。人間、嫌な予感ばかり当たる生き物だ。俺の嫌な予感も当たった。数日後、病院から電話があり彼女が正式に入院することになった。今まで普通にLINEや電話でやり取りしていたが彼女が検査の結果を言ったことはなかった。俺は彼女なりの理由があるのだろうと思って、気にしないことにしていた。

 

 入院が決まったその日に彼女の父親から飯に行こうと誘われた。何か大切な話があるのだろうと思ったが、それは目の前にくると夢のようでもあった。悪夢で終わってくれればそれでよかった。少し高そうな喫茶店に入るといきなり頭を下げられた。

 「 圭君、本当にありがとう。入学してすぐのころは毎日泣きながら電話してきていた直子だけど、いつの間にか私たちに笑顔の電話しかしてこなくなったんだ。圭君が娘を真剣に思ってくれているのは圭君を見ればわかる。ありがとう。」

 俺は脈拍が上がって、息も切れそうになりながら

 「 俺も彼女に助けられてます。 」

それしか言葉が出なかった。言葉に出せなかった。

しばらくの沈黙の後、父親の鞄からパンフレットのようなものが大量に出てきた。そこには白血病について書かれていた。彼女は文字通り白血病だった。俺は目の前が真っ白になった。彼女の父親の顔さえ見えなかった。少し時間が経ち水を飲んで落ち着いた後に完治は難しいこと、学校への復帰は殆ど望めないことを聞いた。俺は涙も出なかった。ただただ目の前の残酷を受け入れることを拒否していた。そのあとも父親とたくさん話したが彼女を別れることも選択肢にあると告げられた。俺の存在は彼女にとって間違いなく力になるが、この先どうなるか分からないので一緒にいてくれとも言えなっかったのだろう。俺は話を遮ることなく最後まで聞いて答えた。

 「 彼女と別れるつもりはありません。 」

父親は一言

 「 ありがとう。 」

と言った。涙を流すその顔が少し彼女に似ていた。

そのまま彼女の実家に居候して時間が空けば病院に行って雑談するという生活を続けていたら、春の学期が始まった。流石に帰らざるを得ず、最後の日は弟に病室を出て貰い久しぶりに彼女とキスをした。以前した時と変わらない温かさを感じた。彼女は嬉しそうだった。

 それからは就活とお見舞いを両立するようになった。長い休みだったのに1回も実家に帰らなかった俺に珍しく母親から電話が来た。時間を作ってもらい今までのことを全て話した。何故だか喫茶店で流れなかった涙が溢れて止まらなかった。

 「 できることを、したいことは全部してあげなさい。 」

と母親は俺に言った。母子家庭だったからなのか、父親らしいところもあるなと思いながら俺は電話を切った。

 就活も無事第一志望に内定を貰い、一番に彼女に報告した。

 「 ケイちゃん、頭も良くてかっこいいね! 」

て凄く喜んでくれた。声を聞く限りでは全然病気だなんて思えなかった。

でもお見舞いにいくと彼女は小さくなっていた。彼女の前では泣かないと決めていた俺は笑顔を貫き通した。白血病って本当に髪の毛がドラマみたいに抜けるんだ。ショートカットだったけど、髪の抜けた部分が目立つようになってからは帽子を被るようになっていた。付き合って2周年記念で帽子をプレゼントしたら、それしか被らなくなっていた。彼女らしかった。お医者さんが言うには白血病は若い方が進行が早いらしい。彼女がある日言った。

 「 もう来ないで欲しい……。嬉しいけど会うたびに辛くなるんだ……。 」

ふり絞るような声だった。俺以上に彼女の方が苦しんでいるんだと当たり前のことなのに思い知らされた。それでも俺は笑顔で言った。

 「 早く治して、2年記念日に行けなかったディズニーランドに行こう。 」

と言った。そう俺らのスタート地点はディズニーランドだった。シンデレラ城の下のベンチで、パレードで人が少なくなった隙に告白してキスをした。友達からは「クサいことするな~、お前も。」なんて冷やかされた。でも一生冷めることのない思い出だった。

 彼女と喧嘩するようになった。やっぱり来るなって言われる。俺は金曜は授業が早く終わるので夜には必ず彼女の病室にいた。金曜日の夜は楽しい時間だった。だけど彼女はもういいって言う。気持ちは分かるが悲しかった。悲しい顔をする俺を見て彼女もふと我に返り謝る。俺もとっさに笑顔で大丈夫といって彼女を抱きしめる。何回かそんなやり取りをしているうちに彼女の病室が一人部屋になった。その頃から看護師さんからも彼女の話を聞いていた。どうやら俺との惚気話をしているらしい。前に駅で彼女が男二人にナンパされているときに俺が間に割って入って彼女を連れて逃げた話とか。俺も怖くて立ち向かう勇気はなかったんだけど、それでも彼女には俺がかっこよく見えていたらしい。そんな話を看護師さんから聞いていたから、彼女にいくら酷いことを言われようと内心は違うと信じられた。それに本心が言えなことも分かっていた。

 ある日、急に医者から外出許可が下りた。俺は素直に喜んだ。体力が落ちているから長時間は歩かないこと、複数の薬を飲ませることなどを指示されてやっと2年記念のディズニーランドに行けることになった。彼女はオフィシャルホテルに泊まりたがっていたが急だったので予約が取れなかった。万が一の為に駐車場で彼女の父親が待機してくれることになった。当然乗り物には乗れないので、思い出のベンチに座った。たくさん話をした。出会った時から今までのこと。実は彼女の方が俺に一目惚れで連絡先を友達から聞いていたこと、今日ここに来られるとは思わなかったこと。たくさん話した。約束の時間が迫っていた。お互いに自然と口数が少なくなる。それもで喋っていた。

 「 そろそろ帰ろうか。 」

俺が切り出すと彼女は

 「 もう一度、告白して欲しい。」

って頼んできた。当時はすごく恥ずかしくて言葉に詰まってまともに話せなったが、今回はスムーズに言葉も出てきた。同じようにキスもした。彼女は笑顔だった。来てよかったと思った。

 彼女の様態は日に日に悪くなっていった。ディズニーランドに行ってから1か月ほどすると、彼女は座っている時間より寝ている時間の方が多くなった。いつも彼女の手を握りながら話していたが、少しずつ彼女の手を握る力が弱くなっているのを感じた。彼女が弱っているのを感じた。

 それは突然だった。俺は卒論の中間発表をしていた。発表が終わりスマホを見ると彼女の弟から数十件の着信が入っていた。慌てて電話を掛けると「 姉さんの意識が… 」そのあとは相当取り乱していたようでよく聞き取れなかった。ただ彼女のもとへ1秒でも早くいくべきことは分かったので次の日の中間発表には出られないことを教授に伝え、全速力で山梨へ向かった。ピーピーって音はドラマなんかじゃなくて本当にある音だった。彼女の母親と弟は泣いていて、父親は口を結んでいた。俺は駆け込んだ病室の入り口にただ立ち尽くすことしか出来なかった。そんな時間が2時間くらい経つと医者たちが騒がしくなってご臨終ですって俺の彼女の前で手を合わせた。何もかも理解できずにただただ涙が溢れて止まらなかった。多分一生分の涙を流した。

 それからはとんとん拍子で話が進み、親族側で葬式に参加することになった。彼女の母親と弟が無気力になっていてそれを慰めるのに俺と彼女の父親は悲しむ余裕がなかった。そういう時間も含めて葬式って良く出来てるなって思った。全て終わった後に彼女の私物を受け取りに病院に行った。俺と家族に1通ずつ手紙があった。どうやらぬいぐるみの後ろに隠してあったらしい。「ケイちゃんへ」力が入らずかすれた線だったが紛れもなく彼女の字だった。手紙は怖くてすぐには読めなかった。

 数日すると教授からメールで良いから卒論を提出するようにと言われた。一気に現実に引き戻された。こんな状況でも世界は回ってるんだなって思うと無性に腹が立った。

 実家に帰って母親に全て話した。泣いていた。俺はというと彼女が死んだ日しか泣いてない。葬式やらなんやらで忙しくて悲しむ時間もなかった。俺はその日のうちに手紙を読む決心をした。これを読むと本当に彼女がいないことを認めてしまうようで怖かった。でも一番それを認めなければいけないのが自分だということも手紙を書く彼女の姿を思うと分かっていた。手紙を開けると便せんが2枚入っていた。手が震えていた。

     ケイくんへ 

 本当はケイくんと結婚したかったな。。

 毎週来てくれて嬉しかったです。嫌なことばかり言ってごめんなさい。

 ケイくんには前を向いて進んで欲しいです。

 大学生活は短かったけど楽しかったです。

 またいつか会いたいです。


涙で目の前が見えなくなった。続きも上手く読めない。俺だって結婚したかった。嫌なことだって本心じゃないことくらい分かってた。前向いて進むなんてできねーよ。俺だってお前と過ごせて楽しかった。


 今でも2か月に1回は彼女の実家に線香をあげに行ってる。彼女の母親には手紙見せてないのに、彼女みたいなことを言ってくる。孫の顔見せてね、とかさ。

 もう1年も経つのに、俺は何も進んでいない。あの日からずっと止まった時間の中にいる。記念日になって一人でディズニーランドに行った。ベンチに座ると自然と涙が込み上げてきた。すぐに帰った。

 いつまでもこれじゃダメって頭では分かってるんだけどな。前を向いて進まないと、頑張らないとな、俺。     

 

 

 

 

拙い文章ですが、最後まで読んでいただきありがとうございます。

泣きながら筆を動かしました。

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