第8話 強・攻・突・破
雪の大地を、荒れ狂う炎が切り裂く。
メアリは、目の前にある元はミノタウロスだったものを一瞥するとすぐに走り出した。
ドレグノンのどこか―メアリの予想はどうやら当たっていたようだ。
後は魔物の向かってくる方向を見れば、敵の大体の位置は掴める。
「【轟炎斬乱舞】!」
木々もろともなぎ倒し、炎の刃が敵の軍勢を真っ二つにする。
「ふう…次」
激しい魔法の行使にも息を全く乱さず、メアリは木々の合間を縫って駆ける。
徐々に強力な魔物が増えてきている。まるで拠点が近づいている、と伝えたがっているかのように。
「…きっと罠ね」
強い敵が増えている、敵はこの方向にいるに違いない…そう考えなしに突っ込ませ、体力が消耗しているところを一気に叩く。いわゆる脳筋を狩る際にありがちな作戦だ。
「つまり私って脳筋みたいに見えてるってこと?―心外だわ」
そう言いつつ、メアリは特大の上級魔法を連発する。過剰な火力に、取るに足らない魔物はもちろん山の木々もまとめて灰と化す。
「敵と木。進路上の障害物が一気に取り除けて楽ね」
…そういう所が脳筋っぽく見える理由であることに、本人はまだ気づいていない。
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メアリはその後も、過剰なまでの火力でもって魔物をみな平等に消し炭にし、休むことなく走り続けた。
そして、その目は怪しげな建物を捉えるに至ったのだった。
―ここからは慎重に行くべきだ。メアリはそう感じ取った。
一度走るのをやめ、大きく息を吐いてから歩き出す。
途端に伝わる、ズシン、ズシンという振動。前を向くと、鈍く光る白銀の巨体がメアリの行く手を遮った。
「スノウ・ゴーレム…二度同じ手を食うとでも?」
メアリはそのスノウ・ゴーレムを以前遭遇したものと同じ、防御特化の個体であると踏んだ。時間を稼ぎ、メアリに対する準備を進めるために投入したのだろう。
だが、既にメアリは対策を立てていた。
「さてと…実戦で使うのはおろか、練習すらまともにしたことがないんだけど」
メアリは魔力を練り上げていく。触れただけで切り裂かれそうなほどの鋭さを放つ魔力が、メアリの周囲に漂い始める。
スノウ・ゴーレムは、ここは通さないと言わんばかりに両腕を広げて構えていた。そのポーズは自分の防御力の高さに対する自信の表れであり、時間を稼ぐ、という敵の意思をも示していた。
しかしメアリは余裕のある笑みを見せる。
「一発で成功すれば天才、一撃で両断したら最強って呼んでちょうだい」
そうおどけたメアリは、一呼吸の後にその魔法を放つ。
「【獄炎煉鎌】ッ!!」
空気が引き裂かれる―そんな幻想を抱く程に鋭い炎の鎌が、命を刈り取らんと迫る。
ただ、スノウ・ゴーレムは迫る刃を認識することすら叶わない。
一瞬の後、ズズズ、と響いたのは、スノウ・ゴーレムの上半身が刃によって作られた断面に沿ってずり落ちる音だ。
自分の身に何が起きたのかを把握する間も与えず、メアリの放った刃は、見事一撃で敵を葬ったのだった。
「うん、上手くいった。…散々実戦で使うことは稀って言われてたけど、こういう相手にはめっぽう強いみたいね、これ」
そう言うと、メアリは決着をつけるべく怪しげな建物へと歩を進めた。
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「クソッ…クソックソォォォ!!こんなっハズではぁ!!!アアア…アァァッアアア!!!」
余裕ぶっていたのはどこへやら、男は頭を掻きむしり、床を転げまわっていた。
想定よりもメアリの到着が早い。余裕をもって設定したはずの"準備時間"が圧倒的に足りないことに、男は焦りを隠せなかった。
なぜ想定と違ったのか?それは、男が根本からメアリの強さを測り間違えていたからに他ならない。
メアリの魔術師としての強みは、高い一撃の威力。短期戦に持ち込まれると、圧倒的な火力の前に、まともに太刀打ちできる者は少ない―男がそういうイメージを持つのも、そのイメージに基づき計画を立てたのも、仕方のないことだろう。
なぜなら、それは世間一般から見たメアリの評価であり、また男が送り込んだ魔物との戦闘でも得られた感覚だったからだ。…もっとも、その戦闘でメアリを攫う計画だったのだが、あと一歩というところで毎回奇妙な仮面の男が邪魔するせいで、この作戦を決行せざるを得なくなったわけだが。
しかし、それは飽くまでメアリの強さの一端に過ぎない。男はそれをまだ知らない。
「あぁと少しなんだァ…あと少しッ、時間がありさえすれば!!」
その願いもむなしく、机の上の投影機がスノウ・ゴーレムの敗北を映し出す。
無残にも真っ二つに切り裂かれたスノウ・ゴーレムを見、男はそれが何の時間稼ぎにもならなかったことを理解した。
「ぐぅああァ…ならばッ、ここ一帯に【反魔法領域】を展開してやるゥ…!あの女ァ、今度こそ地面に這いつくばらせてやるぞゥアッカカカカカッ!!!!!」
男は温存していた大魔法を発動する。
辺りにどす黒い魔力が満ち、一帯を魔術師にとっての地獄に変えた…
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「げ、今度はミノタウロス?…敵、それしかないわけ?」
出てきたのは5体。その数字に露骨に嫌な顔をするメアリ。
メアリの嫌な想像は当たった。広がるどす黒い魔力に思わず目をつぶると、次の瞬間には魔法の形成が不可能になっていたのだ。
「…ここまでとはね」
ため息を吐くメアリ。
「(そうだ、お前はここまでだァ!どんなに優れた魔術師も、この魔法の前では無力なのだッ!!)」
その様子を投影された画面越しに見て、男は勝ち誇る。
だが。
「ここまで敵がバカだとは思わなかったわ…心配して損した」
「(…へ???)」
男は自分を馬鹿にされた怒りよりも、メアリの言葉に対する疑問の方が勝っていた。
何を言っているんだ?魔術師はこれが発動すると何もできない、これは確かなはずだ。現に以前洞窟では…
「洞窟では慌ててたのに、なんで今はこんなに落ち着いてるのか…そう思ってるのかしら?」
「(…ッ!?)」
男は慌てて辺りを見回す。が、当然誰もいない。
「全く、闇属性の魔術師ならもっと隠す術を磨きなさい。…丸見えなのよ、その遠隔透視の魔法」
メアリは相手がこれを聞いていると仮定し、話を続ける。
戦いでは、精神的優位に立った方が勝つ。相手の心をへし折るべく、メアリは残酷な事実を突きつける。
「魔闘士って知ってるかしら?…体内に魔力を循環させて、身体能力を爆発的に上昇させる"魔闘法"を用いて戦う戦士のことよ。突発的な戦闘に対応できなかったりっていうデメリットもあって、身体強化魔法の技術向上に伴って、段々と数を減らしていったんだけどね」
何も知らない子供に説明するように、一つ一つ丁寧に。
「でも魔闘法は、ある部分では身体強化魔法に勝る点もあるの。こんな風に」
瞬間、魔法が使えないはずのメアリの周りの空気が、沸き立つように揺らぐ。
これが、魔闘法の強み。魔法の行使が制限される状況下でも使用が可能なのだ。この理屈は異能者のそれと同じで、体内で完結しているからこそなせる業である。
「自分で言うのもなんだけど、魔術師でこれを覚えてるのはごく少数。ま、こんなのもあるんだーって経験として活かしてみたらどう?―もっとも、次なんてないけど」
そう言い終えたメアリは、次の瞬間画面から消えた。
「(ど、どこに消えッ…)」
男が考えるより先に、鋭い音がきっかり5回、銀世界に響く。
ようやく画面に映し出されたのは、赤に染まる白銀の大地と、返り血一つ浴びずに佇む少女の姿だった。
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「ヒ…ヒイィィアアアア!!!」
男は驚愕とも恐怖ともとれる叫び声と共に椅子から転げ落ちる。
「ア、アァ…ま、だだ。まだ、時間がありさえすれば」
だが、その願いも叶わない。
「へぇ、時間ね。なら私があげようかしら?命乞いのための時間を」
男が振り向く先には、魔闘法の余韻で一瞬で施設侵入を果たしたメアリがいた。
流れる沈黙。意外にも、先に口を開いたのは男の方だった。
「…なぜ、こんなに早くやって来れた…お前は、すぐにでも魔法を打ち尽くし、魔力も体力もない状態でやって来るはずだったのに」
「あからさまに時間稼ぎするわね…ま、答えてあげるわ。よく誤解されるんだけど、私こう見えて持久戦得意なのよ?上級魔法程度なら1日に1000発は余裕ね」
「…」
メアリの真実に男、ビスタは言葉を返せない。
「驚いて声も出ない?…まあいいわ、どの道アンタは詰み。大人しくこっちに…」
そう言いかけたメアリは、ピタリと動きを止める。
床に這いつくばっていたビスタが、ゆらりと立ち上がったのだ。その顔は狂気に満ちていた。
「正直、この状況はよく分からない…が!時間を稼いだかいが!あったってもんだなァアッ!!!」
男は画面を操作し、それをメアリにも見せつける。
今度は、メアリが驚く番だった。
「そんな…どうして?確かに私は…」
なぜ、とかどうして、なんて疑問は無意味だった。ただそこには、彼が来た、という事実が映し出されていただけだ。
「ライド…!」