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第7話 闇のバックグラウンド

 雪山でのスノウ・ゴーレム戦から数日後。

 ライドは、近所の喫茶店でメアリと会う約束をしていた。

 デートではない。


 今までのワイバーン、スノウ・ゴーレム(それからミノタウロス…は知らない体で)の襲撃には違和感があった。それを明確にするため、二人で会って話し合うことにしたのだ。

 デートではないのだ。

 ないのだがしかし、流石にボロボロの普段着では格好がつかないので、今日までにちゃんとした服を買い込んでいたライドだった。


 ちなみに雪山で集めた魔物の素材は、思っていた二倍ほど高く売れた。なんでも、最近市場に出回る数の減った部位が綺麗に残っていたかららしい。

 「それってライドの蹴りで倒したからだよ!」と、メアリに半ば強引に等分より多めの金額を渡されたため、ライドは小金持ち状態に。そして折角なら服でも買おう、となったのだ。


 十分程前に来て、先に座って待っておこう…そう思いつつ角を曲がり、喫茶店が見えた時。

 そんな目論見は瓦解するのだった。


 向こうから歩いてくるのは、メアリだ。

 女の子っぽい可愛らしい服を着て、髪を後ろで結んでいる。

 …眩しすぎて、とてもじゃないが目が開けられない。

 そして当然のことだが、二人は喫茶店を前にして鉢合わせ、ちょっと気まずくなるのだった。


 どちらともなく、

 「…入ろっか」

 と言うまで、近所の人々の注目の的になったのは言うまでもないだろう。


――――――――――――――――――――――――――――――


 「うん、その、えっと…話そっか」

 「そ、そうだな…」

 今の二人には、真面目な話題があるのが何よりの救いだった。


 「最近メアリの身に起きてる、よく分からん魔物との遭遇。どれもメアリにとってやりづらい相手で、変わった力を持つことが多い…って感じか?」

 「そうね…やたら回避能力が高くて、生半可な火属性魔法を吸収するワイバーン。火属性が弱点のくせして全く効かないスノウ・ゴーレム。…それからライドは知らないだろうけど、【反魔法領域(アンチマジックエリア)】を使うミノタウロス、なんてのもいたわ」


 「そんなことが…」

 あくまでミノタウロスの話は知らない体でいくつもりだったので、早々に話してくれたのはありがたい。

 「共通点以外に気になった所があるとすれば…ミノタウロスに出くわしたのって、洞窟の最深部の辺りなのよ。普通ミノタウロスってあんな所に出現する魔物じゃないんだけど…」


 「他には…ワイバーンは何であんな山奥に出てきたんだ、とかか?しかも1頭で」

 「ええ、そんな感じ。それと、スノウ・ゴーレムのことだけど…」

 「何か分かったのか?」

 分かったのか、とはあの紫の光についてのことである。

 メアリは小さく頷く。


 「あれ、闇属性の魔法よ。他にも紫の光が出る魔法はあるにはあるんだけど、多分これが一番しっくりくる答え」

 「答えって…もしかして何か」

 メアリは人差し指を口の前で立てる。

 「あくまで仮説、というかただの妄想よ。とりあえず、一旦聞いて」

 ライドは静かに頷いた。


 「私は、あそこで【深闇門(アビス・ゲート)】を使った奴がいると睨んでるわ。…簡単に言うと、闇属性の転移魔法ね。光った後の衝撃は、送り込まれたスノウ・ゴーレムが着地したから。…どう?」

 「…今までの変な魔物も、転移して来ていたのか…つまり、メアリを狙う何者かがいる?」

 「まだ仮説だってば。それに証拠なんてないわ。ただ…」

 「ただ?」

 「…もしそうだとした時に私を狙う理由がありすぎて、誰が、とかは一切分からないのよ」


 …そう来たか。

 ライド自身、メアリを狙う何者かの存在は考えた。ただ、心当たりが多すぎて逆に犯人探しが難航するとは思いもしなかった。事実、メアリはあのバーンズ家の実子というだけで十二分に狙われる理由がある。…メアリは何で一人で行動してるんだ。いや本当に。


 「とりあえず、メアリを狙う何者かが一連の魔物を送り込んでいる、と仮定しよう。すると、敵はメアリの、というか火属性の魔術師の弱点を知っていることになる。また、魔物を使役するような術を持っている可能性もある…と、こんな所か」

 「うーん…だとすると、敵も魔術師かも」


 それからしばらく話し合ってみたが、手詰まりになってしまった。

 「やっぱり証拠か…証拠が足りないんだよな…」

 ライドがぼーっとしながら言うと、メアリがはっとしたように立ち上がる。

 「そうね…そうよ!ライド、行きましょう!」

 「行くって、どこに…?」


 「どこでもいいのよ!きっと起こるはずだわ!」

 そう言うと、メアリはライドの手を引いて走り出した。

 …無論、お勘定をしにすぐに戻ってくることとなったが。


――――――――――――――――――――――――――――――


 「それで、『きっと起こる』っていうのは?何かの現象か?」

 二人がやって来たのは、ワイバーンと交戦した山。ギルドに多少無理を言って(主にメアリのお陰)、現在立ち入り禁止となっていた山を開けてもらったのだ。

 「そうね…まぁ隠すようなことじゃないから言うけど、きっと敵は私たち二人だけのタイミングで魔物を送り込んで来るはずよ。だから、手っ取り早くここに来たって訳」


 「なるほど。ここならまだ立ち入り禁止だから、僕ら二人以外の人はいないな」

 「そういうこと。余計な被害も出ないしね…後は、転移前の場所を逆探知できるかって問題があるわ。結構難しいのよ」


 しかし、自分で言っておいてなんだけど本当に来るのかしら…メアリがそう言って辺りを見回す。

 すると。

 ―紫色の光が辺りを薄く照らす。

 「これは…来たかっ?」

 「ええ、そうみたい!もっとも、やって来たのはゴブリン共だけど」


 少々拍子抜けだが、何者かがこちらに魔物を差し向けているのははっきりした。

 「手分けしてやりましょう」

 「そうだな。メアリは転移があったらそれの解析を。僕はあいつらを足止めする」

 「足止めだなんて…ライドなら倒すのも余裕でしょ?」

 「…分かった。最善を尽くす」


 そこからは単調な作業だった。

 際限なく、けれど倒せないわけではない量のゴブリンやスライムが転移して来る。解析を試みるメアリ。倒すライド。

 1時間ほど経ち、流石に限界がやって来た。

 時間は12時。太陽が容赦なく照りつけていた。


 「…ライド。ちょっと休もう」

 「俺も丁度そう思ってた」

 二人は木の上に避難した。


――――――――――――――――――――――――――――――


 昏く、澱んだ部屋の中心。

 一人の男が目を血走らせ、ブツブツと呟く。

 「ククク…バーンズ家のお嬢様も大分まいってるみたいだな。いい調子だ…ククク、クケ、クカカカカッ!!!」

 その呟きは狂ったような笑い声となり、その勢いのままに、男は禍々しい魔力を放出する。


 「さて、そろそろ仕上げと行こうか…長時間の戦闘で判断力を鈍らせ、そこに巨大な転移門を出す。するとお疲れのお嬢様はどうなさるか、ってな!見ものだなぁーーッカカカカカ!!!」


――――――――――――――――――――――――――――――


 「少しは休憩できたな…僕はもう行ける」

 ライドが立ち上がる。

 「ちょっと待って…整理させて。転移のさせ方が本当にいやらしいのよ」

 メアリは目を閉じて考えをまとめていた。どうやらあちらこちらに転移させてからこちらに送り込んでいるらしく、半分程度までしか遡れないらしい。

 ただ、魔物に付着していた微弱な魔力から、おおよその位置は把握できているとのこと。

 「多分だけど、ドレグノンのどこか。この前行った雪山に強力なスノウ・ゴーレムを短時間で召喚できたのも、きっと召喚者の位置が近かったからよ」


 ただ、メアリがまとめている考えは、魔物の転移のことだけではなかった。

 「(いざ敵の位置が分かった時、ライドは絶対について来ようとするだろう…けど、もうこれ以上ライドを巻き込む訳にはいかない)」

 自分の事情と分かった以上、危険なことに巻き込むのはこれで終わりにしたい。

 「あの、ライド…」


 それを聞いてライドが振り返った。

 次の瞬間、森が紫色に包まれる。


 「これは…デカい!!」

 ライドにも分かる。かなり大きな魔物が転移してくると。

 「メアリっ…」

 振り返ると、そこにいたはずのメアリはいない。


 はっとして空中に目を向けると、メアリは既に飛び出していた。

 「何をするつもりだ…!」

 ライドにも半ば分かっていた。メアリは何か無茶をするのではないかと。


 「元々巻き込んだのは私。だから、ライドはここで待ってて。…全部終わらせて、帰って来る」

 転移してきたのは、ミノタウロスだ。因縁の相手かも、とメアリは笑った。


 メアリの周囲に、膨大な魔力が集まり始めた。そのあまりの密度に、空間が歪んで見える。

 「それは…やめろ、そんなことしたら…!」

 ライドは届かない手を思い切り伸ばす。


 全ては、もう遅かった。


 「【炎帝(プロミネンス)】」


 それは、術者の寿命を削る程の負荷と引き換えに、絶大な威力を得る魔法。人々は畏怖の念を込め、こう呼んだ。

 ―"禁呪"。


 「―ごめんね」

 瞬間、メアリが残像となって消える。

 ライドが辛うじて捉えたのは、ミノタウロスと共にゲートへと突っ込む、不死鳥のような炎だけだった。

 直後、ゲートが閉じた。もう何人も、メアリを追うことはできない。


 ―彼女の孤独な戦いが、幕を開ける。

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