第6話 Sの魔の手/クールに行こう
スノウ・ゴーレム。
雪山に自然発生する、精霊に近いとされる魔物。フロスト・ジンの上位個体である。体格の大きさは個体によって様々であり、一般的には体格が大きい程強力な個体であるとされている。
また物理攻撃主体の戦いをするが、時折放ってくる氷系統の魔法に注意すべし。
「って感じだな。今回はさっき休憩中に読んだ本の受け売りだけど」
「ライドって何かと説明役になる運命なのかしら…」
「でも、少し変ね…」
「どこかおかしなところでもあったのか?」
メアリはしばし逡巡し、口を開く。
「スノウ・ゴーレムを見る前に、地面に衝撃があったでしょう?別に空から降ってきたわけじゃないから、きっと大きく地面を踏み鳴らしたってことになるんだけど…」
「それって変なことなのか?」
「うーん、それ自体は別に違和感程度のことなんだけど…」
メアリは続けた。
「あの衝撃が走る前に、頂上の辺りが紫に光ったじゃない?あれは明らかに変なのよ。この山にあんな光を出す魔法を使う魔物はいないはず…」
「僕たち以外の人が先に頂上に着いている、とか…」
言ってる途中でこれはないな、と思うライド。二人が進んできた道には、先を歩いた人の足跡などなかったからだ。
「とりあえず、用心するに越したことはないわ。…何ボーっと突っ立ってるのよ」
メアリはもう行く気満々の様だった。
「あぁ、分かった…行こう」
――――――――――――――――――――――――――――――
頂上では、まるでライド達が来ることが分かっていたかの様に、スノウ・ゴーレムがこちらを向いて待ち構えていた。
「折角の大物だけど…さっさと溶かしちゃいましょう」
メアリは杖を構え、早速大技をかます。
「【轟炎弾掃射】!!」
二十を優に超える炎の砲弾が、一斉にスノウ・ゴーレム目がけて放たれる。スノウ・ゴーレムは、それを正面から全てもろに食らった。
轟音が響き、余波の熱だけで辺りの雪が水蒸気に変わる。
「流石に少しは堪えるんじゃない?」
動きの素早くないゴーレム系の魔物は、総じて高い防御力を誇る。しかし、弱点属性での魔法攻撃にはあまり耐性がない。更にメアリほどの術者が放った魔法だ、相当ダメージが入ったに違いない…そう思ってライドは煙の向こうに目をやる。
「あれは…食らった…のか?」
煙の向こうには、鈍い輝きを保ったままのスノウ・ゴーレム。その身体には、少しの欠けや傷も見当たらない。
「分からない…けど、どのみちもう一回やれば分かることだわ。今度は貫通力高めに…」
メアリの纏う魔力が鋭さを帯びる。
「【轟炎槍掃射ッ!!】」
ワイバーンとの戦いの中でも見せた魔法だ。今度は避けられることなく、吸い込まれるように的に命中する。
「さぁて、どうかしら…風穴が開いてるといいんだけど」
しかし。
「やっぱり…って言ったら失礼か?メアリ…」
そこには、先程と何一つ変わらない姿のスノウ・ゴーレムが立っていた。
「いいえ、大丈夫…私もやっぱりって思ったから…」
「整理しようか…あのスノウ・ゴーレム、問題点はただ一つ」
二人は息ぴったりにぼやいた。
「「防御力が高すぎる」」
――――――――――――――――――――――――――――――
即座に負けが決まる訳ではない。
しかし、こちらが有利とは言い難い。
いわゆる、膠着状態というヤツである。
「攻撃が通らないってのがこんなに面倒だなんて…」
メアリは片っ端から火の攻撃魔法を放つが、そのどれもが有効打にならない。
「今までどんな魔物も大抵当たれば一撃だったのに」
「当たれば、ねぇ…」
ワイバーン戦を擦るライド。
「うっさい!ライドも攻撃しなさいよ!」
「昨日の今日だ、もうちょい心配してくれたって…」
「結局心配して損だったし!いいから、行・く・の!!」
たまらず駆けだすライド。勢いのままキックを食らわせるが…
「ぐっ…かっったい!!」
まるで山肌に蹴りを入れたような感覚。決して人が動かせるものではない、そう直感するほどの衝撃にライドは考えを改めざるを得なくなった。
「(こいつの硬さ…ライダーキックでも貫けるかどうか…)」
このままでは、例え隙を突いて変身したとしても有効打を与えられないままだろう。
何か弱点を見つけなければ…ライドがそう考えつつ後ろに下がった、その時。
ぐらり、とスノウ・ゴーレムが揺らぐ。
それは明らかに、攻撃を食らったことの現れであった。
「メアリ!今何を!?」
当のメアリも驚いていた。
「今放ったのは【轟炎斬】。炎の斬撃を飛ばせる魔法よ。貫通力が低めだから、こういう大型の敵1体との戦いにはあまり有効じゃないって言われてるけど…」
ただ、今は常識などどうでもいい。目の前の敵に有効な攻撃手段が見つかったのだ。
「斬撃だ!メアリッ!」
「ええ、分かってるわよっ!!」
言うや否や、メアリは無数の炎の斬撃を放つ。
「【轟炎斬乱舞】!!」
標的を迷いなく切り刻む凶刃が、スノウ・ゴーレムに襲い掛かる。
ほどなくして、雪山に咆哮が響き渡った。
スノウ・ゴーレムは遂に傷がついたその身体を震わせ、絶叫する。
「これは…効いてるな」
「ええ、大分苦しそうよ。けど」
メアリは辺りを見回す。
「親分の苦しそうな声を聞いて、子分共のお出ましね」
頂上へと次々に集まってくるのは、ライドが道中倒していたフロスト・ジン達。
「…メアリは親分を。僕は子分共の相手をする」
「いいわ。秒で終わらせるから、それまでよろしく」
二人は一気に飛び出した。
――――――――――――――――――――――――――――――
一分ほど経ったか。ライドが十体目のフロスト・ジンを蹴り飛ばした時。
威勢よく魔法を繰り出していたメアリが、その異変に気付いた。
「ちょっと…何よこれ」
先ほどまで苦しげに魔法を振り払おうとしていたスノウ・ゴーレムが、ぴたりと動きを止めたのだ。メアリの攻撃の手は止まっていないにも関わらず、そのすべてを受け、虚ろに佇んでいた。
一歩、踏み出した。メアリの方へ。
また一歩。今度はより大きく。迷いなく。
止まぬ斬撃を気にも留めず、また、一歩。
おかしいのは目に見えて明らかだ。
「けど…今、攻撃を止める訳には…!」
そう言って杖を構えるメアリ。だが。
「危ない!避けろ、メアリッッ!!!」
ライドには分かった。同じ動作をよく用いるから。
沈み込んだ前足。大きく振られた腕。
…跳ぶ気だ。
白煙が辺りを覆いつくす。遅れて、轟、と響く音。
メアリはすぐに後悔する。違和感を感じた時に攻撃を止め、すぐに異変に反応できるようにすべきだったと。だが、もう遅い。
スノウ・ゴーレムが、舞った。
そして衝撃。着地したのだ。その距離、メアリから僅か3m。
メアリは半ば諦め、来る攻撃に備えた。
素早く伸びる腕。そして。
…まるで大切なものを傷つけないよう運ぶ時のように、メアリは優しく包み込まれた。
「…は?え…は?」
メアリの思う相手の選択肢に、これはなかった。当然である。誰が「目の前の敵は私を優しく包み込む」、なんて想像できようか。
「…何やってんだアイツ」
それはライドも同様であった。明らかにあの跳躍は切り札だったはずだ。事実、二人ともその動きに全く対応できなかったのだから。
そうまでして近づいて、攻撃を加えないのは何故か?
その時、スノウ・ゴーレムがこちらに背を向けて歩き出した。
ライドはやっと理解する。
「攫おうとしてるのか…だがどうして…?」
遅れて、ライドは走り出した。
腕の中のメアリは…抵抗しているようだ。しかし、至近距離での魔法の行使は困難であり、その上スノウ・ゴーレムの圧倒的な力で抑え込まれて身動きが取れていない。
助けなくては…無我夢中でフロスト・ジン達を蹴り飛ばしながら進むライド。その思い虚しく、スノウ・ゴーレムとの距離は広がる一方だ。
「クソっ…待て、おいっ!!」
雑魚が多すぎて全く進めない。もうスノウ・ゴーレムの姿も吹雪にかすんで見えなくなってきた。ライドは焦りに任せてフロスト・ジンを薙ぎ払う。
―間に合わないかも知れない。
そんな思いが鎌首をもたげた時。
…かすんで見えない?
「そうか…そうだよな。向こうからも見えないんだから、別に大丈夫だ」
何で気づかなかったのか、とライドは苦笑する。
「ここは雪山だぜ、一旦頭冷やして…」
ライドはどこからともなく奇妙なベルトを取り出す。
「クールに行こうぜ、俺」
――――――――――――――――――――――――――――――
身体が思うように動かなくなってきたのを感じる。
指先から、腕へ。徐々に寒さが染み込んで来る。
「(こいつ…私をどこに連れて行くつもりなの…)」
かすむ視界で、メアリはスノウ・ゴーレムの顔を見据える。
「(誰もいないなら…ここで…)」
メアリから黒い魔力が噴き出した、その瞬間。
視界の端に、小さく赤い光がよぎる。
目を凝らして見ようとした刹那、
『"RISE STRASH!!"』
赤く輝く斬撃が、スノウ・ゴーレムを両断する。
ついでと言わんばかりに、その斬撃はメアリを包んでいた腕も切り落とす。
そして地面に落ちる前に、何者かに受け止められた。…いや、かすむ目では見えずとも、メアリにはもう何者か分かっているだろう。
「また、来てくれたのね…ホッパー」
『ちっとばかし遅れちまったみたいだけどな…無事でよかった、メアリ』
その声に安心したのか、メアリは眠るように気を失った。
穏やかな顔のメアリと違って、ホッパー…ライドは浮かない顔をしていた。
『何だかスッとしないな。ただの特殊な魔物とは思えない…』
討伐の証、巨大なコアを拾うとライドは変身を解き、来た道を振り返る。
「これで終わり、って訳にはいかなさそうだな」