第5話 Sの魔の手/子供は風の子
「昨日は散々だった…って、似たようなこと昨日も言ってたな、確か」
このままじゃ口癖になっちまうな…ライドは若干の危機感を覚えた。
「こんなんが口癖になったら、今日や明日もとんでもない事件に巻き込まれることが確定しそうで縁起でもない。意識して言わないようにしよう」
そう決意したライドは、今日も今日とてろくでもないギルドへ向かう。
昨日は結局とんでもない大騒ぎになった。
なんせ、薬草採取をするような山に通常現れることのない高危険度の魔物であるワイバーン(しかも特別種)が現れ、既に討伐されたという報告が持ち込まれたからだ。その上、討伐したのは正体不明の冒険者ときた。
この訳の分からない報告をしてきたのがあのライドだったというのにも問題があったようだが、そちらは案外すぐに片付いた。あのバーンズ家の嫡女、メアリが彼と同じ証言をしたためだ。
あの腐りきったギルドも、流石に彼女に言われたとあっては信じざるを得なかったらしい。急遽調査隊も派遣されたりしたそうだ(まぁそこには焼け焦げてぼろっぼろのワイバーンらしきものしかなかったみたいだが)。
ちなみにだが、ワイバーンを撃破した後、ライドは最初に落下した場所へ全速力で帰らなければならなかった。そこに吹っ飛ばされて倒れていることになっているからだ。
「死んじゃいない」と言ったからには無事っぽくなくてはいけないので多少の演技は必要かと思われたが、メアリは安堵が勝ったのかあまり問い詰めてこなかった(あれは正直助かった)。
と、昨日のことを思い出しているうちにギルドに着いた。
とにかく、今日も仕事だ。山菜採りならワイバーンが出たのとは別の山だし、今日はその依頼を受けることにしようか…ライドはそう思いつつ、ドアを開けた。
ドアを開けた目の前に、満面の笑みを浮かべたメアリがいた。
「ライド、おはよう!早速だけど、雪山に行かない?」
…きっと明日もまた、「昨日は散々だった」と言う羽目になるだろう。
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「で、これは一体」
吹きすさぶ寒風。一面の銀世界。
「ここはヴァンディニクス王国の北部、ドレグノン。目の前にあるのは、この辺りじゃ有名な、魔物の多く生息する雪山よ。標高はやや低め、私のような火属性の魔術師にとっては絶好の狩場ね」
何度も説明したけれど?という顔でこちらを見るメアリ。
「それは分かってる。そもそも僕の住んでる国だしね、ここ。それと、今回はギルドを通した依頼じゃなくて、自分で素材を売り払う形だってことも理解してる」
聞いているメアリは、なら何が分からないのよ、と言いたげだ。
ため息を一つ吐いてから、ライドは遠い目をして言った。
「なんで僕がついて来ないといけないんだ、メアリ」
ん゛ん゛っ、といきなり変な声を出すメアリ。
「え、どうした?大丈夫、メアリ?」
「ん゛ぁっ…いや、大丈夫。その、他人に下の名前を呼び捨てで呼ばれるのに慣れてないだけだから…」
妙に顔も赤い。体調が悪いとかじゃないといいんだが…
そう言えばあまり重要なことではないが、昨日のワイバーンの一件以降、ライドはメアリにお願いされ、口調はため口にしていた。
お嬢様と距離が縮まっちまったなぁ、何てことを考えてる割には、彼女の顔が赤い理由には気づけない、中途半端なライドであった。
そんなライドは途中で遮られた質問の答えを催促する。
「それはそうと、質問に答えて欲しいんだけど」
「そ、それは…ほら、あれよ。道案内的な…」
「口振り的にメアリの方が詳しそうだよね」
「ん゛…えっと、戦闘訓練とか…」
「ギルドの近くの山で修行した方がマシだよ、ここ寒いし」
「えぇ…じゃあ、荷物持ちってことで、どう?」
「じゃあって何…どう?って何…」
段々もじもじし出すメアリ。
「うぅ…誤魔化せないなぁ。仕方ない…ライド、恥ずかしいけど本当のこと言うわね」
ちょっと身構えるライド。
「私、今まで付き合いのある他人っていうのがいなかったの。家の方針でね…だからライドが初めてなの…初めて名前を教えあって、一緒に歩いて、一緒に仕事もした」
なるほど、若干…いや、かなり重い話だった。名家であるバーンズ家は相当厳しいらしい。では何でメアリは今自由にしているのか、気になるところではある。が、今回はその質問はお預けだ。
「そんなライドに…い、いいとこ見せたいのよ。ほら、昨日は散々だったでしょ。だから、ついて来て、見て欲しいなってだけ…」
最後の方は小さくなっていって聞こえなかったが、ライドには十分伝わった。
「…分かったよ。これでついて行かなかったらとんでもない薄情者だ」
数分後、二人は頂上を目指して歩き出した。
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特に何事もなく、気づけば中腹に辿り着いていた。いや、何事もなかったわけではない。しかしこれは誉め言葉なのだ。
メアリの前ではその辺の魔物などいないも同然であり、彼女が行っていたのはほぼただの登山だった。よって、「何事もなかった」のと同値なのだ。ライドはその鮮やかな手際を目に焼き付けつつ、素材を回収するだけの人と化していた。
しかし、休息というのは必要である。メアリが辺りを見回す。
「お、丁度いい…ここで休憩しましょ、ライド」
メアリの方に目を向けると、本当に丁度よく平たい岩があった。先を行くメアリが腰掛ける。そうしようと言いつつライドも腰を下ろしかけた。
――殺気。
背中にそれを感じたライドは、考える間もなく右足を振りぬく。
確かな衝撃。吹っ飛んだのは、フロスト・ジンと呼ばれる精霊寄りの魔物だ。
良かった、メアリに怪我はない。
安堵の息を吐いてようやく、ライドはメアリからの視線に気づいた。
「……ねぇ」
「は、はい」
つい丁寧語になってしまうライド。
「…強いよね、ライド」
「あ…いや、今のはまぐれで…」
「まぐれならあんなに吹っ飛ばせないよ」
「異能を使ったというか…」
「だとしたら使い慣れてる感じだったけど?」
つ、強い。
先程の意趣返しなのだろうか?メアリは何だかニヤニヤしている。そんな表情にドキッとしつつも、ライドは嘘にならない程度に真実を隠した返答をする。
「前にも言ったよね、多少の魔物は倒せるくらいの力があるって。それに…昨日奇面ライダーの話して、つい思い出してしまったんだ。昔、蹴りを練習してたことがあった。今のは、咄嗟にそれが出ただけだよ」
「…ふ~ん。ま、そういうことにしとくわ」
そう言って彼女は水筒を取り出し、湯気の立つお茶を飲んだ。
きっと彼女には、自分に何か秘密があることは分かっているんだろうな…ライドはそう感じた。
ただ、今はそれでいい。自分が奇面ライダーである、という事実さえ隠せればいい。このまま「弱小冒険者」ライド・ウィドクリフとして、平穏な暮らしができれば、それで。
…今はそれが、心地よい。
数分後、二人はまた頂上へ向けて歩き出した。
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その後も二人は魔物をいなしつつ、頂上への道を歩いた。
そして変わったのは、ライドがメアリから戦力扱いされるようになったことだ。
「そこ。いるわよ」
「分かってる…ふッ!」
ライドは若干威力を落とした蹴りで迎え撃つ。
雑魚は流石に一撃なので、二人は今まで以上のハイペースで進む。
「やるじゃない、ライド」
「…からかわないでよ」
軽口を叩きつつ、二人は遂に頂上を捉えた。
「頂上には、いわゆるボスモンスターがいることが多いわ…倒したら今日の目標は達成よ」
「そいつは一体…」
その時、頂上が薄く紫色に光った。
次いで、大地を震わせる衝撃。
「…見た方が早そうね」
鈍く輝く白銀の体。
太い腕、巨大な拳。
「スノウ・ゴーレムか」
どうやら、ようやく骨のある奴が出てきたようだ。…骨格があるのかは知らないが。