第4話 Hopperなあいつがやって来た!
ワイバーン。
全長5~6m程の小型の竜。一番多いのは炎を吐く通常種だが、氷や雷を操る亜種も存在する。知能はあまり高くなく、集団で狩りを行うことが多い…
「…っていうのを本で読んだことがあるんですけど…」
どうも違いそうだな、とライドは身構える。違いそうだも何も、ワイバーンを見たのは初めてなのだが。
「うん、きっと特別な個体ね、あれ…全長はざっと10m、単独で突っ込んで来てる。この時点でだいぶ普通と違うわ」
メアリは杖を振るう。すぐにでも攻撃を始めるつもりだ。
「まずは一発、牽制程度に…」
そう言うと、杖の先に火の玉が姿を現す。
「【炎弾】」
ライドは目を見張る。それは確かに初級魔法のはずだ。本来ならメアリの言葉通り、牽制程度の魔法でしかない。
しかしメアリが繰り出した弾丸は、最早砲撃と言って差し支えなかった。
込められた魔力、魔法構築の素早さ、どれをとっても規格外だ。
そしてそれは正確に目標へと吸い込まれていく。
―直撃。
しかし煙が薄れていったそこには、
「嘘だろ…無傷なのか…?」
ワイバーンが涼しい顔をして飛んでいた。
驚くライドに対して、メアリは納得した表情で頷いた。
「なるほど、"炎喰い"か」
「何か分かったんですか?」
「えぇ。ヤツは"炎喰い"と呼ばれる特別種。初級に相当する火属性魔法や炎による攻撃が効かないどころか、逆にそれを自身のエネルギーとする厄介な相手ね」
それって大ピンチなのでは。ライドが不安げな顔をしていると、それを察してかメアリが笑った。
「安心して。もっともっと火力を上げれば、耐えきれなくなって燃え尽きるわ」
メアリは杖を正面に構えなおす。
そして、思い出したようにライドに警告する。
「それから…悪いけど、ちょっと下がってて。ライドまで燃えちゃうかも」
―轟々と、燃えるような魔力が溢れ出す。
「貫け!【轟炎槍】ッ!!」
放たれた炎の槍は、音をも置き去りにして標的を貫かんと迫る。
しかし。
「…躱した、わね。ワイバーンはあまり知能が高くないって言ったのはどこの誰?」
当のライドは呆気にとられていた。あの巨体が、あそこまで素早く動けるものなのか。しかも、ヤツは必要最低限の動作で避けていた。自分の身体をよく理解している証拠だ。
「でもまぁ、もうちょっと試してみようかしら」
そういうとメアリは、突き出した指を自分に向けクイッと曲げた。
「【再帰】」
すると、避けたはずの槍が、再びワイバーンに襲い掛かる。
これは、言わば魔法を操作する魔法。放って着弾しなかった魔法に作用し、術者の元へ返す。魔力消費は多いが、初見殺しや搦手によく用いられる。
「さあ、どう出るか…」
あと少しで直撃、という時。
ワイバーンは後ろを振り向くと、力一杯炎を放った。
炎の槍は相殺され、消滅する。
「勘もいいときた…本当に厄介だわ。でも、戦いの途中で後ろ向いちゃダメよ」
メアリは流れるように次の大技を発動する。
「【轟炎槍掃射】ッ!!!」
十本を超える【轟炎槍】が一斉に放たれる。
それを当然のように全て躱し、ワイバーンは悠々と上空に舞い上がる。
「何か仕掛けてくるのか…?」
ライドはそわそわし出した。相手の出方も気にはなるが…
「(奇面ライダーになれたらキックで一発っぽいんだけどなぁ)」
それ以上に、変身のタイミングで悩んでいた。
メアリは落ち着いていた。
「仕掛けてくる…かもね。でも、その前にヤツは」
杖を高く掲げ、魔法を発動する。
「足元をよーっく、確認するべきね!」
眼下には、未だ燃え尽きぬ【轟炎槍】。
彼女は叫ぶ。
「【獄炎檻織】ッ!!!」
放たれたのは、超級魔法。使える者は一流の魔術師のみと言われる大技だ。
ワイバーンを覆ったのは、炎の檻。流石のワイバーンも、もう思うようには動けない。
「これは、放たれた火属性魔法を媒介にして発動する特殊魔法。もうちょっと勉強してから、出直して来なさい」
ライドは、変身の必要はなさそうだと安堵した。
「凄いですよ、メアリさん!火属性の効きが悪い相手を一方的に追い詰めるなんて…」
手放しでメアリを褒めた。本当に凄い。自分と同じくらいの年齢だとは思えない。
「そ、その、メアリ「さん」はよそよそしくない?私も呼び捨てしているんだから、その…」
彼女がもじもじし始めた、その時。
ゴウッ、と吹き抜けるのは強烈な熱風。
思わずそちらに目を向けると…
「…まさか、突風で檻を破ったっていうの…!?」
メアリもこれは予想外だったようだ。
ワイバーンは、羽で起こした突風の風圧のみで超級魔法の檻を破ったのだ。
―事態は急展開する。
檻を脱したワイバーンが、こちらに向かって大きく翼を振るった。
「!?ライド、あぶなっ…」
気づいた時には、体が宙に浮いていた。
眼下には、急な山肌。
「こりゃあ、ヤベェなあ…」
ライドは、叫び声一つ上げず、木々の中に消えた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「ライドーーーッ!!!」
返事は、返ってこなかった。
「…そんな」
彼は、つい今朝会ったばかりの、冴えない青年だった。
「…あっけなさすぎる」
けれど、彼にだってなりたいものが、憧れるものがあった。
「――私の」
そんな彼は、目の前の魔物によって命を絶たれた
…いや、違う。
「私のせい…?」
私の油断が。慢心が。彼の命を奪った。
二度と癒えない傷を負った彼女を、火竜が見つめる。
絶望が、足音を立てて近づいていた。
メアリは、力なく自問自答する。
「私が…殺した…?」
『…いいや、あいつは死んじゃいないぜ、メアリ』
その問いに、答える男が一人。
「…え?」
そこに現れたのは、奇妙なベルトに、奇妙なマスク、真紅のマフラーをはためかせた、
「…全身鎧の男…」
『おいおい、是非名前で呼んで欲しいって言ったはずだぞ?あの時さんざん質問されて唯一答えた名前、そうやすやす忘れてもらっちゃ困る』
メアリは二、三度まばたきすると、はっきりと思い出した。
「あぁ…そうだったわね。―あなたの名前は、"跳躍者"」
男は右腕を突き出し、ポーズをとる。
『そう、ホッパー。"奇面ライダー"…ホッパー』
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男…ホッパーは、こちらの山に乗り上げてきているワイバーンを見た。
「(とっとと一発蹴り込みたいが…山が崩れるのは御免だな)」
当然、その正体はライドである。
こちらの視界からメアリが消えた瞬間、何とか変身することに成功したのだった。
メアリはというと、律儀にアドバイスしてきた。
「あの!そのワイバーン特別種で、炎が効かないの!あと、頭もかなり良くて…」
そんなメアリを手で制するホッパー。
『落ち着けって。…それに相手が何をしてこようと、俺は跳ねるだけだからな』
そう言うと、ベルトの上部を1回叩く。
『"Rise! Single-Rise!!"』
『…ライダーフィスト』
小さく呟いた彼は次の瞬間、ワイバーンの鼻っ面に強烈な右ストレートを見舞っていた。
声も出さずにワイバーンが吹き飛び、空中へ投げ出される。
『次で決める』
そう言うホッパーに、少し前のライドのように呆気にとられていたメアリが慌てて声をかける。
「ちょっと、空中でワイバーンと勝負するつもりなの!?いくらあなたが強くても、空中ではワイバーンの方に分があるわ!」
『…だとしても、何も変わらない。俺は結局、』
『"Time to FINISH!!…charging…charging…"』
『跳ねるしか能が無いからな』
『"GO!! Right now!!!"』
その音に合わせ、空中へ飛び出す。
右足を突き出し、彼はワイバーンに照準を合わせる。
『『"INPACT RISE!!!"』』
彼は一直線にワイバーンへと向かって行き、そして、
…直前で躱された。
やはり空中でワイバーンに挑むのは無謀だったのか…メアリがそっと目を閉じかけた、その時。
―閃光。
「あの時と…同じ…?」
メアリは目を凝らす。すぐに、彼女の眼はその驚異的な光景を映し出した。
空中を、"蹴っている"のだ。
空中を蹴り、彼は空を縦横無尽に跳ねていた。
「「跳ねるだけ」って…まさかこういう意味だなんて思わないじゃない」
呆れつつも、メアリは笑みをこぼしていた。
そして、ワイバーンはその動きに圧倒されていた。
『そろそろ避けるのも限界だろ?…決めるぜ』
満を持して、彼は、必殺の一撃の名を叫ぶ。
『『ライダーキック!!』』
その一撃は、ワイバーンを確実に貫く。
勝利を意味する爆発音が、山々の間に響き渡った。
今後もしばらくは、ライドが変身した状態のときは「ホッパー」と表記することにします。