第3話 追求と与太話と思わぬ客
「奇妙な全身鎧の男…ですか」
ライドはゆっくりと聞き返す。
「ええ、最近この辺りの冒険者の間で噂になっているそうだけど…」
彼女…メアリは、油断なくこちらを見据える。
メアリは今、その男の正体に迫ろうとしている。そして、それはつまりライドの秘密が明らかになってしまうことを意味する。
「…まず、なんであなたはそれを知ろうとしているのか、から聞いてもいいですか?」
メアリは少し驚いた。
「あなた、結構物怖じしないのね…まあいいわ」
一呼吸おいて、メアリは喋り出す。
「それは、私が彼に直接会ったからよ。ただの噂なんかじゃなく、彼は本当にいるの…そして相当強い。それ以来気になっちゃって、ちょっと調べて回ってるの」
そこまでしゃべると彼女は、次はあなたの番よ、と言わんばかりにライドを見つめた。
ライドは考える。
メアリが自分にアタリをつけて接触してきた理由は明白だ。異能が一致している、その一点。
この辺りの冒険者で異能者というと、あまり多くはない。更に"跳躍"というところまで絞れているなら、自分に到達するまでそう時間はかからない、という訳だ。
彼女には既に自分のもう一つの姿がばれているのだろうか?もしばれているのだとしたら、潔く話してしまう方がいいのかも知れない。
だが、この秘密はまだ隠していたい。今、この生活を捨てる訳にはいかない…そう思うと、洞窟で「誤解を解く」とか言ってうっかり異能を明かしてしまったのは失敗だった、と今更ながらライドは反省するのだった。
よってライドは決心する。
「(何とか誤魔化してみるか…)」
嘘を吐くときは、本当のことをベースにしつつ、適度に混ぜ込むのがいい…どこかで聞いた極意を思い出しながら、ライドは口を開いた。
「そうですね…はっきり言うと、僕は彼を知っている、ということになると思います」
「…ふぅん?」
首筋を汗が伝う。悪事を働く訳ではないが、どこかうしろめたさを感じる。…嘘を吐くというのは、どうも性に合わない。
ライドは呼吸を整えると、言葉を続けた。
「彼は、"奇面ライダー"です」
「き、めん…何ですって?」
流石のメアリも面食らったようだ。
「"奇面ライダー"。この世界ではない場所…異世界における、一種の英雄譚の主人公です」
「待って待って…急に壮大な話になってきたわね。…こちらとしては、その鎧の中にはどんな手練れの冒険者がいるのか、くらいの気持ちで聞いていたのだけれど」
「あ…気を悪くされたなら、謝ります」
「…いや、いいわ。続けてちょうだい」
与太話だと一蹴されるかと思っていたライドにとって、それは少々意外な反応であった。―ともあれ、こちらはその8割が真実で構成された与太話を続けるだけである。
「僕の異能は、知っての通り"跳躍"です。小さい頃から戦闘職にあこがれを持っていた自分にとって、この異能は邪魔でこそあれ役に立ったことなんてありませんでした。ただ跳ねるだけならサルどころかバッタにだってできる…そう言って馬鹿にされたのも一度や二度ではなかったですし」
言葉を切り、ちらりとメアリの方を見た。
メアリはかなり聞き入っているようだ。名家のお嬢様にもこんな物語を楽しむような一面があるのか、とちょっと親近感が沸いた。
「そんなある日、転機が訪れました。自分の町に、転生者を名乗る男が訪ねて来たんです。彼は町のはずれのぼろ屋に寝泊まりしていて、僕はそんな彼の話を聞くのが大好きでした」
「もしかして、その彼が話してくれたっていうのが…」
「えぇ、"奇面ライダー"という英雄譚でした。様々な種類の派生形がある話ですが、大まかなあらすじはどれも同じです。"奇面ライダー"を名乗る正義の味方が特別なベルトをつけ、全身鎧を身に纏い、悪の軍団と戦う」
「確かに彼も変なベルトをつけていたような…本当にその"奇面ライダー"とやらなの?だとすると転生者絡みということになるけれど…」
「かも知れませんね。…そしてその話の原点は、悪の軍団によってバッタの力を付与されてしまった男の英雄譚なんです」
「なるほど、"跳躍"も立派な"奇面ライダー"の要素、という訳ね」
さらにライドは続ける。
「結局、彼が本当に転生者だったのかはわからずじまいのままでした。彼はいつの間にか町を去ってしまいましたから。けれど、僕の心は彼によって大きく変わりました。僕だってあの"奇面ライダー"のように戦える、絶対に冒険者になって強くなる、と」
そして肩をすくめた。
「ま、今じゃ立派な薬草採りですが」
メアリは大きく息を吐いた。
「なるほどね…筋は通っているわ」
そしてふっと笑った。
「長々とごめん。あなたの話、信じるわ」
メアリの雰囲気が、急にふわりと柔らかくなる。
「…何か、イメージ変わりました…?」
「ホントに物怖じしないわね…私も一応名家の人間としてマナーは学んでいるけど、いつまでも堅苦しくしてちゃ相手にも失礼よ。それとも、堅苦しい方が落ち着く感じ?」
ライドはいいえと首を振った。
個人的にはやっぱりフランクな方が奔放なお嬢様感があっていいなぁ、とかくだらないことを考えてしまうライドであった。
「さぁ、あなたの仕事を始めなきゃ!私も手伝うから」
「え!?」
「何驚いてるの?あなたの仕事を邪魔しちゃったんだから、お詫びに手伝うのは当然でしょ?」
こうしてライドは、名家のお嬢様と薬草採りをする、というよくわからない状況に陥ったのだった。
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メアリにどう接していいかわからずライドが黙々と薬草を採っていると、向こうから話しかけてきた。
「ねぇ、えっと…ライド」
いきなりの名前呼びに少しドキッとするライド。
「は、はい」
「ライドはどうして薬草採りばかりしているの?」
いきなり難しい質問だった。
本当のことを言うなら、「誰にもばれずにライダーに変身できる一番近い場所が、たまたま薬草が豊富に採れる山だったから」ということになる。
またここには討伐対象となる魔物も多く、鍛錬の相手に事欠かず、こっそり売りさばいて小銭稼ぎもできるので、ライド自身結構気に入っているのであった。
まあ当然、それを話すわけにはいかない。
ただ、そこに至るまでの経緯だけを話せば納得してくれるかも知れなかった。
「…最初は当然、魔物退治の依頼も受けていました。ゴブリンとか、スライムとか。それくらいなら倒せましたから。…ところが、どこから漏れたのか、僕が"跳躍"の異能者であり、戦闘能力が低いということがばれてしまいました。そこから、根も葉もない噂を流され…結局、ギルドから斡旋してもらえる依頼は採集系のものだけになってしまいました」
これは本当のことだ。正直もうどうでもいいが、あのギルドはどうしようもなく腐っている。唯一まともなのは受付嬢のジーナくらいのものだ(あの人は心の清涼剤だ)。
「それって、実力を過少評価されて上のランクの依頼が受けられなくなった、ってこと?…薄々感じてたけど、随分ひどいのね、あのギルド」
メアリもその理不尽さに気づいたようだ。
「まぁ、とは言ってももとより敵を倒せるような異能じゃありませんし、ここで薬草採取してるのが一番なんですよ」
そう言って締めくくろうとしたが、メアリはそれを許さない。
「ちょっと待って…薬草採取してる理由は分かったけど、別の疑問が出てきたわ。ライド、あなたって本当はかなり強いんじゃない?」
「…何を証拠にそんなこと」
「証拠はここよ…この場所。この山、そこそこ強い魔物もいるはずよ。だからこそ人の立ち入りが少なく、貴重な薬草も採り尽くされずにいる。…違うかしら?」
「えぇ、その通りです」
「ならライド、あなたにはその"そこそこ強い魔物"を退けるだけの力があるんじゃない?」
…そうきたか。ライドは唸る。確かに、それでは戦闘能力が低いとは言えない。
ただ、その評価は飽くまで噂なので…そう言い訳しようとして、ライドは辺りを見回した。
圧倒的な気配を感じる。それと多少の焦げ臭さ…?
どちらにせよ、ライドはこの山でそんな気配の主に会ったことはなかった。
「…ライドも気づいたのね。その察知能力の高さ、上級の冒険者にも引けを取らないかも」
メアリが杖を構える。
ライドも彼女の視線の先に目を向ける。
響く羽ばたきの音。
肉が焦げたような臭い。
むせかえるような熱気。
そして、どす黒い赤に染まった鱗。
「ワイバーン…!」
それは全てを燃やし尽くさんとする火竜。
―戦いは、唐突に始まった。
???「ナニヲショウコニ ズンドコド!!」