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第2話 彼女はなぜつけてくるのか

 「はぁ…この前は散々だった…」

 太陽が昇り切った朝、活気あふれる通りをとぼとぼと歩く一人の男。


 「いやまぁ、確かに今までも好奇の目で見られることはあったけど…だからって、何もあそこまでしつこく追いかけることはないんじゃないか…」

 くしゃくしゃの髪。所々ほつれのあるよれた服。誰が見ても、あまり生活に余裕のある人物とは思わないだろう。

 彼の背中には、大きなかご。山菜や薬草を集める際によく使用されるものだ。


 「お、ライドじゃないか。おはよう!調子はどう?」

 「おはようライド。どうした、浮かない顔して?さては女かい?」


 そんな彼―ライド・ウィドクリフに気さくに声をかけるのは、商店街の人々。

 「おはようございます。今日もよろしくお願いします」

 ライドは努めて元気に返事をする。


 「…まさか、またギルドの奴らになんかされたのかい?」

 そう声をかけてきたのは、ライドが懇意にさせてもらっている薬屋の女店主だ。

 「いえ、そういう訳では…」

 ()()()本当に関係ないので、ライドは普通に否定する。


 「それならいいんだけどね。…いいかい、ライド。あんたはあんたが思ってるより、ずっと皆の役に立ってるんだからね。そうだろう?」

 女店主が呼びかけると、次々賛同の声が上がる。


 「その通りだ、お前の採ってくる山菜は美味いって評判なんだ。お前のお陰だよ!」

 「ライド君がくれるお花、あれのお陰でお店の華やかさが二割増しなんだから!」


 その声を聞いて、女店主はニッと笑う。

 「自信持ちな、ライド。あんたはあんたのままでいい」


 「…はい。頑張ってきます」

 ライドはそう言うと、また通りを歩き始めた。

 「(別に言われなくても、この生活をやめるつもりはないしな…)」


 その内、通りの突き当りにある建物に辿り着いた。

 ライドは迷わず扉を開ける。


 そこは、いわば"何でも屋"。ネズミ退治からドラゴンの討伐まで、依頼はまさしく"何でも"ある。

 そこに集うのは、夢を追う者、一獲千金を狙う者、はたまた復讐に燃える者。

 そこは、「冒険者ギルド」。扉を開けたライドを迎えたのは、




 「――お…来やがったぜ、"跳ねる雑草集め(グラスホッパー)"」


 …ならず者達のからかう声だった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 "跳ねる雑草集め(グラスホッパー)"…そう呼ばれたライドは、それをいつものように無視しつつ中へ入った。


 「おい"跳ねる雑草集め(グラスホッパー)"、草ばっか食ってないでたまにはオークの肉でも食ったらどうだ?」

 「そりゃあいいな!…最も、逆にオークのディナーにされちまうのがオチだろうけどな!」

 ガハハと下品に笑うならず者達。


 僕をからかうためだけにこんな時間まで居座るなんて――まともな冒険者は、自分に合う依頼を見つけたらすぐにその依頼を始める――どんだけ暇なんだよ、とライドはため息を吐く。

 最も、まともな冒険者なんてもうこのギルドにはいないのかも知れないが。


 「ちょっと、いい加減にしてください!あなた達、いつまでもそんなことしてないで、とっとと依頼を受けてくれませんか?」

 そう咎めたのはギルドの受付嬢、ジーナだ。

 ならず者達は聞く耳持たずといったところだが。


 「おはようございます、ライドさん。すみません、今日も追い出せなくって…」

 「いいんだ、ジーナさん。僕はもとより気にしてないし」

 そう言うと、ライドは依頼のある掲示板へと歩を進める。


 その時、聞きなれない声が聞こえてきた。

 「ねぇ…どうして彼、"跳ねる雑草集め(グラスホッパー)"なんて呼ばれてるの?」


 これにはならず者達も驚いた。自分たちのテーブルのそばに、フードを被った女がいつの間にか佇んでいたのだ。そのことに、誰一人として気づけなかった。


 しかし彼らはすぐに調子を取り戻した。

 「おう姉ちゃん、あいつを知らないとはよそ者かい?」

 「あいつ、あんななりして"異能者"なんだぜ」


 「…へぇ、すごいじゃない」

 彼女は律儀にも相槌を打つ。


 「でもよぉ、あいつの異能、何だと思う?」

 「やめとけよ、知ったら姉ちゃんが幻滅しちまうぜぇ」

 合いの手を入れるならず者。仲のよろしいことだ。


 そして、散々もったいぶった後に、話し始めたならず者が口を開く。

 「なんとあいつの異能は…"跳躍"!ぴょんぴょん跳ねるだけでしたぁーっ!!ぎゃっははははは!!」


 …よくも同じ話でそう何回も笑えるもんだ。正直うざったいが、別に間違ったことを言っている訳ではないのでライドは聞き流す。

 あいつらの言う通り、ライドの異能は"跳躍"。跳ねることに特化した、しょうもない能力だ。…少なくとも、表向きは。


 「(今日はこれにしとくか。前に届けたのは一週間前くらいだったからな)」

 そう思い、掲示板の「薬草採取」の依頼の紙を持つライド。


 と、それを見たならず者たちがまた盛り上がる。

 「そうそう、それに加えて奴の持ってる紙見てみろよ!…「薬草採取」、だってさ!!ぎゃーはっはっは!!!」

 「ぴょんぴょん跳ねて、草でおまんま食ってる…これじゃあバッタと何が違うんだって話だぜ!」


 ライドは勝手に盛り上がってる彼らを横目で見た。

 ―誰かと目が合う。

 「そう…だから"跳ねる雑草集め(グラスホッパー)"…なのね」

 フードを被った女だ…彼女と一瞬目が合ったのだ。

 少々居心地が悪くなり、ライドは足早に受付へ向かう。


 受付ではジーナがならず者達を睨みつけていた。

 「まったく…あの人達、まともに山に入ったこともないくせに薬草採取を馬鹿にして…頭に来ます!それに、ライドさんだって本当は…」


 ジーナを手で制しつつ、ライドは依頼の紙を出す。

 「ははは…ジーナさんはこのギルドの良心だ。そのままでいて欲しいよ…今日もこの依頼で、行ってくるよ」

 ライドは外へ出た。


 すると、どうしたことか、それを見てフードの女も歩き出した。

 ざわつくならず者達。

 「おいちょっと待てよ姉ちゃん、まさかあいつの雑草採りにご一緒するってんじゃ…」

 軽口を叩くも、次の瞬間、彼女の凍てつくような視線に言葉が出なくなる。


 彼女は彼らに向ける視線を一分もずらさず、こう尋ねた。

 「一つ聞くわ…彼の異能が"跳躍"というのは、本当のことなのね?」


 彼女に聞かれたならず者達は、ただただ頷くことしかできなかった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 …おかしい。

 町を離れて大分経つが、未だに誰かにつけられている気がする。


 ライド自身、そういう気配を察知する能力は高いと自負している。が、そのライドでも気をつけなければ見失ってしまいそうなほど微かな気配だ。もし本当につけてきているなら相当の手練れだ、覚悟した方がいいかもしれない…。

 悩むこと一分弱。ライドは、カマをかけてみることにした。


 「…ここまで来れば滅多なことでは人に出会うことはない。僕に用があるんだろう、そろそろ姿を現したらどうだ?」

 すると、

 「バレていたなんて…やはりあなたはただ者ではなさそうね」


 先ほどの、フードの女だ。木陰から出てきた彼女は、スッとフード付きのコートを脱ぐ。…その姿を見て、ライドは違う種類の覚悟をしなくてはならなくなるのだった。

 燃えるような紅い髪。豊満な胸。すらりと伸びた下半身。一つ目の特徴で、この町、いやこの国の誰もが気づくだろう。(そう考えた後、正直二つ目以降の特徴は余計だったかなとライドは思った)


 「はじめまして、ライド・ウィドクリフさん…いえ、もしかしたらはじめましてではないかも知れませんわね」

 彼女はふわりと礼をする。長い髪が風にたなびいた。

 「私の名前はメアリ・バーンズ。バーンズ家の嫡女ですわ」


 バーンズ家。この連合王国に数多くある魔法の名家の中でも最上位に位置する七つの家系の一つであり、その中でも、火属性に長けた魔術師を多く輩出してきた家系である。そしてメアリはその一人娘のため、国内外からの注目度は高い…この位までなら、誰でも知っている。


 問題は、ライドが既に彼女に会ったことがあるということだ。遠目でちらっととかではなく、間近でがっつり。しかもついこの間。

 更に問題をややこしくしているのが、彼女に会ったのは彼の「もう一つの姿」の時である、ということ。

 そして彼女は遂に切り出す。


 「単刀直入に聞くわね…「奇妙な全身鎧(フルプレートメイル)の男」の噂、知ってるかしら?」


 メアリはどうやら、その「もう一つの姿」について、知りたがっているようだ。

 …さて、どうやって誤魔化したもんか。

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