第1話 オレが異能者で奇面ライダー
闇を煮詰めたような、昏い洞窟。その最奥に、メアリ・バーンズはいた。小さくないトラブルを抱えながら。
「まったく…、ツイてない…わね」
メアリを取り囲むのは、5mもの巨体を持つ牛頭の怪物―ミノタウロス。その数、5頭。
腕利きの冒険者でも、ミノタウロスは1人で1体倒すのがやっとと言われる。それが5頭である。普通なら絶望してもおかしくはないが、メアリの眼は光を失ってはいない。
その訳は、目の前にあるものが物語っている。そこに重なって倒れているのは、ミノタウロスの亡骸2つ。メアリは既に2頭のミノタウロスを、単騎で討伐していたのだ。
倒れたミノタウロスは、黒く焼け焦げていた。そう、メアリは魔術師。得意系統は火属性であった。
「でも、ツイてないだけ…ちょっとピンチってだけ」
杖を握り直し、深く息を吐く。
「だいぶ無茶するけど…バーンズの"禁呪"…使うしかない、か」
そう小さく呟いたメアリは、次の瞬間、膨大な魔力の渦の中にいた。
術者の寿命を削る程の負荷と引き換えに、絶大な威力を得る魔法。由緒ある一族に伝わるその魔法を、人々は畏怖の念を込め、"禁呪"と呼んだ。
そしてそこに、太陽の如き火球が顕現する。それは全てを問答無用で消し炭にする、メアリの出せる最大火力。
「全員まとめて…消し飛ばすッ…!!」
…しかし、次の瞬間。
「噓っ…魔力が…?」
魔力をコントロールできなくなり、メアリの太陽は霧散する。
何が起きているのか、理解が追い付かない。
メアリは、しばらく虚空を見つめていた。
徐々に状況が呑み込めてきた。が。
「そんな…ミノタウロスが使うなんて、聞いたことがない…」
そうとしか考えられなくても、頭がそれを拒否していた。。
それは大魔導士クラスの者が束にならないと扱えない、最高位の反魔法。
領域内の魔法を使用不可にする、対魔術師戦最大の切り札。
「【反魔法領域】…ッ!!」
彼女は、もうなすすべがないことを悟る。
ゆっくりと崩れ落ちる彼女に、怪物が、一斉に牙をむいた。
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静寂。
実際には数秒間のことだったに違いないが、メアリには永劫のように感じられた。
「…あ…れ……?」
恐る恐る目を開ける。怪物共は、皆一方向を向き、身構えていた。
…"身構えていた"?
何かがおかしい。ミノタウロスは、格上の敵にも恐れず突っ込むような魔物だ。しかし、もしそのミノタウロスが立ち止まることがあるとしたら?
彼女は考えを巡らす。
「ヤバい相手を本能で感じ取ったか…あるいは…」
―閃光。
激しい爆発と共に、洞窟の壁がぶち破られた。
「…何!?」
土煙の中で、人影が揺らぐ。
『…っと、ここか。なーんか体が重いと思ったら、【反魔法領域】が展開されてるとは』
妙にくぐもった声が響く。
土煙が薄れ、声の主が姿を現した。
…瞬間、メアリは理解した。
「奴らが恐れてたのは、未知の存在のことか…」
そこにいたのは、全身鎧の男。が、しかし…なんと形容すればよいのだろうか。とにかく、奇妙であった。
腰に巻いたベルトのせいか?マスクと兜が合わさったような被り物のせいか?それとも…たなびく真紅のマフラーのせいだろうか。
男は辺りを見回すと、地面にへたり込むメアリを見つける。
『あ、そこの人!軽く状況を説明してくれると嬉しかったり…』
いきなり話しかけてきた。いやアンタが状況をややこしくしてるんだよ。むしろこちらが状況を説明してほしいくらいだ。
…しかし、説明している暇も、ツッコむ暇もなかった。
「「ヴオオオォォォォ!!!」」
雄たけびを上げ、ミノタウロスが斧を振り上げる。その目が捉えているのは、メアリ。まずはこの女から確実に…そう考えているかのようだ。
メアリが思わず目をつぶった、その時。
『"Ri-Rise! Double-Rise!!"』
鎧の男とは別の、場違いに明るい声が響いた。
そして、閃光。
―ミノタウロスは、声も上げずに吹っ飛んだ。
気づくと、男はメアリの近くにいた。
『大丈夫?早くこっちの岩陰に…』
男は背後に迫る影を気にしていなかった。
「…ッ!後ろッ!!」
いつの間に接近していたのか。残りのミノタウロスが、4頭同時に斧を振りかぶる。
しかし男は、気にする必要がなかったのだ。
『分かってるさ…ちょいと面倒だが、やるしかない』
『"Ri-Ri-Ri-Rise! Maxi-Rise!!!!"』
彼女の眼は、今度ははっきりと男の動きを捉えていた。
鎧の男は、一瞬で4発、閃光の如き蹴りを放っていたのだ。そう、"蹴り"。
―魔法を使っているとしか考えられない。
ミノタウロスの巨躯が、宙を舞った。
「え…今の…というか、なんで魔法を…」
『魔法…あ、そうか』
男は思い出したように言った。
『俺、いわゆる"異能者"ってやつだからね』
"異能者"。それは、生まれつき身体の内部に魔法陣が存在し、特定の魔法の行使に長けた者の呼ばれ方。彼らの使う特定の魔法は、体内の魔法陣に、同じく体内の魔力回路が作用し発動する。
よって、外界のあらゆる魔法の構築に干渉する【反魔法領域】下でも、既に体内で構築されたその特定の魔法は行使可能なのだ。
そして、彼は閃光を発していた。よって、メアリがこう考えたのも無理はないだろう。
「すごい…光系統の"異能者"なんて初めて見たわ」
その言葉に、男がピタッと動きを止めた。
『あー…それは誤解ってやつだ。俺はそんなすげー奴じゃない』
思わぬ返しに、きょとんとするメアリ。
その時、背後にゆらりと立ち上がる影。ミノタウロス達だ。さっきの一撃でやられたとは思っていなかったが、本当にタフな魔物だ。
「って、話してる暇なんかなさそうよ!」
ミノタウロス達は捨て身のタックルを仕掛けてきた。食らったら当然ひとたまりもない。
だが、男は至って冷静だった。
『落ち着けって…今から説明させてくれ。誤解されたままだと、後々面倒なことになりかねないからな』
そう言うと、男はベルトをいじくった。
途端に、またさっきと同じ声が響く。
『"Time to FINISH!!…charging…charging…"』
男の脚に、魔力が凝縮される。
それが臨界点に達する瞬間、
『"GO!! Right now!!!"』
その音を合図にするかのように、男は地面を蹴った。
そして高く舞った後、右足を標的に向け、真っ直ぐに突き出す。
『いいか、俺の異能は…』
それは、決して派手ではないもの。それは、ともすれば戦う事すらままならないようなもの。
それは…
『ただの、"跳躍"だ』
『『"INPACT RISE!!!"』』
男の放った蹴りは、ミノタウロス達全員を瞬時に貫いた。
そして、
ドッッゴォォォォォン!!!!!
「…十分凄いんじゃないかしら、これ」
…メアリの感想は、至極もっともなものであった。