第四章「赤緑の塔」その2
待ち合わせ場所に到着すると、既にオルトロは、木に保たれて座り込んでいた。こちらに気づいたのか、闇に光る眼がこちらを向く。
「来たか……しかし、どうやってドイツまで移動する?」
「目的の地名か写真はあるか?」
オルトロは、一枚の写真を取り出した。石造りの城壁に囲まれた高い塔が写っている。
「ここが、邪神召喚の儀式を行っている建物だ」
「わかった。ここの近くに移動しよう。俺の肩に手をおいてくれ」
言われたとおりに、オルトロは肩に手を置く。
時刻は23時58分。少し早いが問題ないだろう。
俺は左手に写真、右手に召喚札を持つ。
「コール、セーレ!」
視界が光りに包まれる。気がつけば俺達は、あの写真の塔が見える丘に立っていた。森に囲まれてた草原に聳え立つ、何とか切先を見ることができるほど高い塔を、ぐるりと円形に城壁が囲んでいる。城壁からは、5つの通路が塔へ伸びていた。
「おぉ、もうドイツなのか?人間がこれ程の転移術を使えるとは!邪神狩人の噂に偽りは無い様だな!」
嬉しそうに俺の肩を叩く。
「で、友人はどこに居るんだ?」
「あの塔の地下だ。塔には、あの城壁から伸びる通路から向かうしかない。先ずは城壁の中へ侵入する」
「やっぱり見張りは居るんだろ?」
「あぁ、残念なことに邪神を崇拝する同胞は少なくない。至るところに見張りがいると見て間違い無い」
それは、骨が折れそうだ。
「もう一度、俺の肩に手を置いてくれないか?」
オルトロは、黙って肩に手を置く。
「コール、フォラス!」
「また、何かの魔術なのか?」
「俺の肩から手を離すな。今、俺達の姿は誰にも見えないし、声も聞こえない」
オルトロは、声にならないと言った様子で、感心するように頷いた。もしかして、魔神との契約で得る力は、魔術を知る者からみても異常なのだろうが?
城壁の扉を開け、石造りの階段を登る。最上段まで登ると長い廊下に出た。恐らくこの廊下が、塔を囲う様に城壁の中を続いているのだろう。
「この廊下を進めば、塔へと続く通路に出られる」
あまり広くない廊下を進んで行く。やはり途中で何体かのレプティリアンとすれ違った。その姿は一様ではなく、オルトロと同じ様な者もいれば、ワニの様なもの、イグアナの様なものなど様々だ。爬虫類を祖にもつ種族ということなのだろう。
少しひらけた円形の部屋に出た。右側に塔へ伸びる通路がある。そしてその部屋の真ん中には、右手を翳す老人の銅像があった。その右手には、五芒星の中央に眼が入った紋様が描かれている。
「ちょっと待ってくれ、こいつをこの像に貼り付けてくれないか?」
オルトロは、急に500円くらいコインを差し出した。受け取ったところ、特に変わったところはない。表にも裏にも何も描かれてはいない。
「この像に貼るのか?この像は何か意味があるものなのか?」
「この像は、邪神復活のための依代だ。像の右手の紋様のせいで俺は触れない。しかし、人間の君なら話は別だ。そしてこのコインは小型の爆弾だ」
自分か無造作に持っているものが爆発物だと聞いて、俺は固まった。
「大丈夫だ。私が起動しない限り誤爆は絶対にない。実はこの像と同じものがこの城壁沿いに全部で5つある。先に全ての像にこいつを仕掛けておきたい。友を救出した後、爆破すれば邪神召喚はもう行えないだろう」
貰った爆弾を像に近づけると、磁石の様に貼り付いた。
「わかった。先に残りの像を周ろう」
俺達はフォラスのお陰で難なく、4つの像に爆弾を仕掛け終わった。最後の像に向かう途中、オルトロに少し気になったことを聞いた。
「なぁ、この建物はそもそも何だったんだ?」
「すまないが、それは私にもよくわからない。ドイツのレプティリアンの集会場か何かかもしれない。私も実はドイツに来たのは最近のことなのだ」
「最近来たのに、生贄の娘とは良い仲になったのか。中々やり手じゃないか」
俺はからかい半分に笑いかける。
「っ?何故それを……敵わないなぁ」
オルトロは照れ臭そうに笑った。
「彼女の名前は何ていうんだ?」
「エドナという。ドイツに移ってきて、中々馴染めなかった俺にとても良くしてくれて……それにとても美しい。生贄になんて絶対にさせない」
その表情には決意が感じられた。俺もつい先日、香織が生贄にされかけたばかりで、他人事とは思えない。必ず、オルトロの彼女は助け出す。
最後の像の前にも到着し爆弾を設置する。いよいよ、塔へ侵入する時が来た。
「エドナは地下の祭壇に囚われている。近くには司祭と狂信者がいる筈だ」
「よし、じゃあ透明のまま近づいて、エドナに触れた瞬間に全員セーレで転移し、脱出する作戦でいこう」
通路から塔内部へ入り、螺旋階段を降りる。窓はなく、外は見えない。距離的に恐らく地下に潜っている頃だろう思ったとき、階段の終わりが見え、続く部屋から灯りが漏れていた。
部屋の中を覗くと、広い円形部屋の中央に祭壇らしきものがあり、その上に1匹のレプティリアンが横たわっている。周りを20匹くらいのレプティリアンが取り囲んで何やら呪文を唱えている様だ。そのうち何匹かは大きな斧を手にしている。
「あの真ん中の台の上にいるのがエドナだ」
「台の上には手が届きそうだな。近づいてさっさとおさらばだ」
俺達は中に入った。円形に散らばるレプティリアンの隙間抜い、祭壇に近づく。いくらフォラスの権能でも、触れれば気付かれる。幸い、彼等はその場から動かずじっとしてくれている。
あと少しで手が届く。
「うわっ!」
急にオルトロが声を上げ、俺の肩から手を離す。オルトロの方を見ると彼は床を見つめている。目線を落とすと、先程の像にあった物と同じ五芒星が床に描かれていた。これに弾かれたのか!
「反逆者だ!」
当然、姿が見えてしまっているオルトロは、奴等に見つかってしまう。
「護!お前はエドナと逃げるんだ!」
信者達に囲まれた状態でオルトロが叫ぶ。だが、見捨てられる訳がない!
「コール!サクス!」
公爵の魔神 サクスの権能は、視覚と聴覚を奪う。
「うわっ!何だ!ここはどこだ!」
視覚と聴覚を奪われた信者達は、右往左往している。
「オルトロ!早くこっちへ……」
ドスン、ドスンと何かが落ちる音が幾つも響く。気づけば、俺もオルトロもそれぞれレプティリアンに囲まれていた。ふと目線を上げると壁面に無数のレプティリアンが張り付いている。
しまった、気づかなかった!
「何だ!人間がいるぞ!どういうことだ?」
俺の姿ももう奴等には見えている。だが警戒しているのか襲っては来ない。
「護!俺は良いからエドナを連れて逃げろ!」
オルトロはもう、信者たちに押さえつけられていた。俺が捕まったらエドナさんは本当に助からない。
俺は下唇を噛んだ。
「すまない!すぐに助けに来るからな!」
俺は祭壇の上のレプティリアンに手を伸ばした。
「コール!セーレ!」
視界は光りに包まれ、最初に来た城壁が見える丘まで転移した。もう外は真っ暗で空には満月が輝いていた。そしてら傍には、琥珀色のレプティリアンが横たわっていた。彼女を逃し、俺はオルトロを助けに行くつもりだ。
「う……んっ」
エドナであろうレプティリアンが目を覚ます。