第四章「赤緑の塔」その1
日差しの厳しい、初夏の午後。俺と友人の加賀美は、本土堤防沿いの屋台でかき氷を食べながら暑さを凌いでいた。普段なら大学のクーラーの効いた涼しいカフェで、手持ち無沙汰を紛らわしているところだが、生憎、館内一斉消毒とやらで追い出されてしまった。何やら最近流行りの新型ウィルス対策らしい。
「おい……このままじゃ、俺達もこのカキ氷みたいに溶けちまうぞ。カラオケでも入って涼もうぜ」
俺は加賀美に提案する。
「だめだ。明日、朝から新台が入るんだ。今日はもう一銭も使えん!」
朝からギャンブルかよ。明日は朝から講義があるじゃないか。と思いつつ、そもそも自室のクーラー代をケチってる男がカラオケなんて行くわけないかと、自分の思慮の浅い提案を反省する。
「ったく、お前は学生としての優先順位が間違ってるぞ」
「明日は勝つ気がするんだ。出席と板書を頼みますよ、護様」
「勝ったら奢れよな」
そんな他愛もない会話をしていると、よく見る人影が2つ、目の前を通りかかった。
「あっ、兄さん」
「何よ、あんた達こんな暑いところで。どっか喫茶店にでも入ればいいじゃない」
ニーアと香織だ。初めてみる組み合わせだな。
「加賀美が俺と2人で喫茶店には行きたくないって言うんだよ」
「だって香織ちゃん!この辺の喫茶店って洒落ててカップルばっかなんだぜ?男2人で入れるわけないよ」
俺は別に気にしないけどな。
「そうだ、香織ちゃん!これから一緒にカラオケでも行かない?」
一銭も使わないんじゃ無かったのか?
「うーん、これから行くところがあるから。また今度ね」
振られたな加賀美よ。
「私、兄さんの歌聞いてみたいです」
「こいつ結構上手いのよ。ねぇ、護?」
「あぁ、まぁボチボチだな」
一応、謙遜したが実は結構自信がある。昔、近所ののど自慢大会で優勝したこともあるくらいだ。これも毎日続けている腹式呼吸健康法の副次効果だと俺は確信している。
「ほぅ、お主にそんな特技があったとは。今度フェニクスを呼んで、一緒に歌ってもらおうかの」
流石に悪魔の歌声より魅力的な自信は無いぞ。しかし、この2人はどこに行くんだ?
「それより、珍しい組み合わせだな?香織はいつもの露店でガラクタ漁りだろ?ニーアはどうしたんだ?」
「ガラクタじゃないわよ!ここの露店は掘り出しものが多いんだから。ニーアちゃんも一緒よ」
「昔、香織さんの壺が兄さんの病気を治したって聞きまして。私も何かお役に立てるものを見つけられればと。香織さんはそういうのにお詳しいらしいので」
また、その話か。ニーアは真面目に対邪神アイテムを探してくれているのだろうが、師匠が香織では俺の部屋にガラクタが増えるだけのような気がしてならない。
「おい、護!お前、俺に隠してこんな可愛い妹が居たのか!」
加賀美が急に大声をあげる。面倒臭い奴に見つかってしまった。
「違うわよ。こいつに妹なんていないわ。詳しいことは本人から聞いてみて」
先日、香織にも散々変態呼ばわりされてしまったところだ。別にいいじゃないか。
「何?じゃあ護がそう呼ばせてるのか!そう言うプレイなのか?」
どんどんテンションの上がる加賀美と暑さで、頭が痛くなってきた。
「違うんです。私がお願いしたんです。兄さんは私の我儘に付き合ってくれてるだけなんです」
ニーア……気持ちは嬉しいが、それは助けになってるのか?
「ぐぬぬぬぬぬ」
加賀美が徐に立ち上がる。
「急にどうしたんだよ」
「明日の前哨戦に行ってくる。お前は可愛い幼馴染と可愛い義妹でショッピングでもなんでも行ってきやがれ!」
そう言うと、泣きながら加賀美は行ってしまった。悪いやつじゃないんだが、少々面倒臭いところがたまに傷だ。
「何?あんたも来るの?」
「是非、兄さんも一緒にいきましょう」
「そうだな。特に予定も無いし、ご一緒させて貰うよ」
俺はニーアがガラクタを買わなくて済むように、警戒しながら露店をまわった。香織はまた変わった銀色の鍵を買っていたが、鍵だけ買ってどうするんだ?
次の日、俺は朝一の講義を受けるため教室へ向かった。加賀美の代理出席もしてやらねばならないのでなるべく目立たない後の席に座る。あとは廻ってくる出席リストに名前を書いてやるだけだ。
ふと前方に目をやると、一番前の席に、見覚えのある金髪の後ろ姿が見えた。俺は半信半疑で立ち上がり、その後ろ姿の前方へ回り込み顔を確認する。やはり、それは加賀美だった。
「ん?加賀美じゃねーか。お前、朝から新台を打ちに行くんじゃ無かったのか?」
加賀美は、急に話しかけられたことに動揺しているようだった。
「えっ?あぁ、ちょっと気が変わったんだよ」
目を泳がせながら話すその姿は、明らかにいつもの加賀美では無かった。そもそもあいつが新台を打ち行かないなんて考えられない。金が無いときは、俺に借りにきたこともあった。しかし、俺は一先ず何でもないフリをすることにした。
「そうか……なぁ、講義が終わったら、ちょっと付き合ってくれないか?」
「あぁ、わかったよ」
俺は自分の席に戻って考える。今ままでの経験上、あいつは十中八九、本物の加賀美ではない。講義の後、人気の無いところで問い詰めることにしよう。
講義が終わり、俺は加賀美を連れてキャンパス端の林へ移動した。昼になれば、ここで飯を食べる者もチラホラいるが、午前中にここに来る人間は滅多にいない。
「どうしたんだよ?こんな所に連れてきて?」
先程とは打って変わり、加賀美は妙に落ち着いてる。
「お前は誰だ?加賀美じゃないだろう?」
単刀直入に聞いた。もし、シラを切るようならダンタリオンを使おう。
加賀美は無表情で少し考えたあと、笑顔で話し始めた。
「いゃあ!こんなに早く見つかるとは思ってなかった。流石だ」
何やら嬉しそうだ。
「本当の加賀美はどうした?無事なんだろうな?」
「特に本人には何もしていないよ。私は今日、彼がここに来ないことを知って、彼に変装しただけさ」
ということは加賀美は今頃、銀玉と戯れているということか。こいつの言うことが本当ならな。
「信じられないかい?まぁ、無理もないな」
「俺の質問はまだ残ってる。お前は何者だ?目的は何だ?」
加賀美の姿のそいつは、頭を掻きながら困ったような素振りを見せる。
「うーん、どう説明すれば信じて貰えるか……先ずは私の本当の姿で話することにしよう。見たほうが早いこともあるしね」
そういうと、加賀美の姿はモザイクがかかったかのように大きく不鮮明になり、そして徐々に鮮明さを取り戻していく。ただし、その姿は加賀美どころか人間ですらなかった。
シルエットは人間のような二足歩行だった。しかし、それ以外は似ても似つかない。滑らかに光沢を放つ緑色の鱗。筋骨隆々とした手足の先には鋭い爪。平べったい頭部と前方に大きく突き出した口と鼻。その口は大きく耳元まで裂けている。
「これが私の本当の姿、レプティリアンだ。簡単に言えば、トカゲ人間ってところだな」
俺はマジマジとトカゲ人間を観察する。
「何だ、あまり驚いてないみたいだな」
「まぁ、予想よりも遥かに理解できる見た目だからな。もっと挽肉の袋詰めみたいなのが出てくると思ってた」
「我々はそのような邪悪な者どもとは違う。君たち人間とは別の進化を辿ったが、我々も古来よりこの星に住まう種族のひとつなのだ」
「邪神と関係なしに、もともとお前みたいなトカゲマンが地球にいたって言いたいのか?そんな馬鹿な」
「しかし、実際はそうなのだ。数は多くないが、この変身能力で、我々は人間社会にうまく溶け込み暮らしている。君の知り合いにもレプティリアンがいる可能性だってある」
香織や加賀美がトカゲ人間かもしれないってことか?なんとも薄気味の悪い話だ。
俄には信じられずにいる俺に、アスタロトが口を開く。
「お主、何故地球には人間しか知的生命体はいないと決めつける?それは、人間の思い上がりじゃ。人間はただ、数が多いだけに過ぎん。レプティリアンという種族は、この星の一種族で間違いないぞ」
知っているなら早く言ってくれ。
「信じてもらえるかな?」
「あぁ、取り敢えずな。で、目的は何だ?」
「私の友人を助けて貰いたいのだ。彼女は我々の同胞達の手で、邪神召喚の生贄にされようとしている。私1人では、助け出すのは難しい。この極東の地に、邪神と戦っている人間がいるという噂を聞いてやってきた。私の正体をすぐに見破る手腕。貴方が邪神狩人で間違いないのだろう?」
俺は知らない間に有名人らしい。トカゲ男は膝を地につけ、頭を下げる。
「私の名はオルトロ!頼む!力を貸してくれ!」
正直、邪神召喚となれば力を貸さずにはいられない。しかし、念には念を入れておこう。
「コール!ダンタリオン!」
オルトロの思考を読む。成る程、嘘はついて無さそうだ。ひとつ嘘があるとすれば、助けて欲しいのは友人ではなく、恋人だということくらいか。
「わかったよオルトロ、協力する。俺は大星 護だ。よろしく」
オルトロは素早く立ち上がり。俺の手を取る。
「護!本当にありがとう!早速だが、すぐに出発したい。時間がないんだ」
「友人が囚われているのはどこなんだ?」
「ドイツだ。航空チケットを手配しよう。今日の夜発だ」
そう言って、オルトロは白人男性の姿に変わり、携帯電話を取り出す。
「いや、出発は今日の深夜0時前だ。飛行機で行くよりずっと早い方法がある。それまでは、準備時間にしてくれ」
オルトロは深妙な顔をしていたが、了解してくれた。今日の終わりにセーレで移動すれば、ドイツについたときには、仮契約回数をリセットできる。
俺は深夜0時にもう一度ここで落ち合う約束をして、オルトロと別れた。家に戻り、旅支度をする。以前のアメリカとは違い、泊まりじゃないから荷物はずっと少なくて済んだ。
出発までに、アスタロトに色々聞いてみることにした。
「レプティリアンってのは、どんな奴らなんだ?」
ベッドでスマホを見ているアスタロトは、そのまま説明を始めた。
「あやつの説明とおりじゃ。古来より、人間とは別の進化を辿った知的種族。その個体数は人間に比べるとずっと少ない。下手な争いが起こらぬよう、普段は人間に擬態し、世界中で社会に溶け込んでおる。しかし、科学、魔術ともに人間よりも理解が深い。あの変身技術も魔術の一種じゃろう」
「だから、邪神の存在にも気がついていた、というわけか」
「そして、邪神に魅入られた者達も現れたといったところじゃろう」
そのうち人間の中にも、邪神を崇拝する組織が現れるかもしれない。その時、俺は……いや、それはその時考えよう。まずは、目の前の邪神だ。
俺たちは待ち合わせの林へ出発した。