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第三章「深海の石像」その5

 マネキンの部屋へ戻ると、床に沢山の人達が倒れていた。近くの人に駆け寄り声を掛ける。


「大丈夫ですか?」


 意識は無いが、呼吸はしている。眠っているだけのようだ。


「兄さん、こちらに!」


 壁際から声を掛けるニーアの足下には、香織が倒れていた。俺は急いで香織の脇へしゃがみ込み、頬を軽く叩く。


「香織!起きろ!大丈夫か?」


「うっ……、護?」


 眩しそうに香織が目を開ける。良かった。無事みたいだ。


「香織!立てるか?」


「うん……」


 香織は、俺の肩に捕まり立ち上がった。少しふらついていたが、一人で歩けるようだ。


「何?私どうしてこんなところに?私……確か深海エリアで……この人達は……?」


 香織の記憶ははっきりとはしていないようだ。周りでは、他の人達も目を覚まし始めている。すぐに騒ぎになりそうなので、香織を連れて施設の外へ移動した。


 外はもう夕暮れになっていた。水平線に沈む夕日と潮風は、俺達にとっては帰ってきた日常を感じさせる。


「えっ?今日、日曜日なの?やばいじゃん!レポート明日だよ!」


 取り敢えず、香織に時系列の説明をしていたのだが、意外なところに彼女の思考は持っていかれたようだ。というか、俺も忘れていた。


「早く帰って纏めないと!悪いけど先帰るね?バイバイ!」


 香織は駅の方に駆けていってしまった。


「あやつも強いというか、気にしないというか。娘達の方がお主より、よっぽど強いのではないか?」


 アスタロトのいうとおりかもしれない。


「兄さんは急がなくても良いのですか?」


「いや、俺はもう無理だ。テーマすら決まってないし、写真も一枚もない」


 流石に全くゼロの状態から、明日の提出には間に合わない。逆に諦めもつくってもんだ、となんとか自分に言いきかせる。


「あの、これは役には立たないでしょうか?」


 ニーアは、四角い紙の束を俺に差し出す。それは、インスタントカメラで撮った施設の生物達の写真だ。俺の脳裏に閃光が走る。


 そうだ、俺は一応ニーアと一緒に水槽を見て回っているんだ。この写真があればなんとかなるかもしれない。


「ありがとうニーア!今回は最後まで君に助けて貰いっぱなしだ」


「いいえ!兄さんのお役に立てるなら、こんなに嬉しいことはありません」


 夕日に照らされる彼女の笑顔は天使のようだ。


 ニーアと別れ、俺は急いで自転車を漕いだ。レポートの提出は、正しくは明日の正午までだ。徹夜すればなんとかなるだろう。


 家に着いた俺は、早速パソコンの電源をつけ、貰った写真の選別を始める。テーマはすぐに決まった。何せ写真の大半が同じ生物の写真だったからだ。俺は、ニーアと一緒に見た記憶と各種文献を組み合わせ、レポートを書き進めた。


 朝の日差しが、カーテンの隙間から入り込むころ。俺のメンダコのレポートは、一応の形となった。ニーアの多彩な写真のお陰で、中々見栄えも良い。とても一晩で作ったようには見えないだろう。


 時計を見ると、出発までまだ2時間はある。俺は少し仮眠を取ることにした。


「アスタロト。2時間後に起こしてくれ……」


 アスタロトは何やら文句を言っていたみたいだが、眠りに落ちる俺の耳には届かなった……


「――主よ、お主よ!起きるのだろう?寝てていいのか?」


 俺はハッと目を覚まし、時計に目をやる。大丈夫、少し寝過ごしたが十分間に合う。予定とおりだ。アスタロトが俺の上に乗っかっている以外は……


「ありがとうアスタロト。どいてくれないか?」


「なんじゃその枯れた反応は?もうちょっと良いリアクションをとってくれねば面白くないぞ」


 アスタロトはつまらなさそうに、椅子へ移動する。最初の頃は目のやり場に困っていたこいつの服にも流石に慣れてきた。


 さて、レポートを持って出発するか。机の上のレポートをカバンに入れ……


 無い。レポートが無い。印刷したつもりでしていなかったのか?パソコンの電源を入れ、データを確認する。


 無い。データも無い。そんな馬鹿な、確かに作り上げた筈だ!夢だったのか?実は、帰ってきてすぐに寝てしまったなんてオチなのか?


「アスタロト!俺のレポートを知らないか?確かに

完成させて寝た筈なんだ!」


 アスタロトは久し振りに楽しそうにニヤついている。


「あの紙束か?確かにお主は纏めてそこに置いておったな。何だ失せたのか?ならばそう言うことなのだろう」


 何ぃ?まさかザガンの代償か?金の山と引き換えに安価に済ますとは言っていたが……これはかなり精神的にくるものがあるぞ。賽の河原で積んだ石を鬼に崩される子供の気分だ。もう作り直す時間はない。なんだか眠る前よりも更に疲れた気分だ。


「約束とおり、破格の安値で済ましてくれたようじゃの。大したものでなくて良かったの。もっと喜んだらどうじゃ?」


 まぁ、確かにそうなのだが……


「はぁ……アスタロト、俺はもう一度寝る。起こさないでくれ、死ぬ程疲れた」


「承知した」


 アスタロトは嬉しそうだ。俺も代償がこれくらいで済んで、本来なら喜ぶべきなのだろう。


 しかし、レポートとレポートを書く時間、落とす単位、今までの受講時間、代わりの単位を取るための受講時間、最悪これが決め手で留年なんて事もありえる。実はかなりのものを持って行かれたと俺は感じて止まない。大したことないというのは、悪魔の考え方だ。


 悪魔や邪神と違って、人間の時間は有限なのだ。


第三章「深海の石像」完

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