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第三章 「深海の石像」その1

 壁一面を床から天井まで覆うガラスの壁。その向こうではライトに照らされ、キラキラと光る魚達が、群れをなして泳いでいる。時折、エイや海亀が近くを横切り、普段人間が見ることのできない、幻想的な空間がそこに創り出されていた。


 そんな、壮大な光景には目もくれず。ニーアは壁に埋め込まれた小さなガラス箱の前に貼り付き、フワフワと浮遊する蝙蝠傘の様な生物を見ることに夢中になっていた。


 その様子を俺は、少し離れたところから香織と一緒に見守っている。


 俺と香織とニーアは、うちの大学が所有する海洋生物の飼育施設に来ていた。


「護さん!このUFOみたいな生き物、とっても可愛いですね!」


「それは、メンダコだよ」


「こっちのは、海藻が歩いてます!」


「それは、ウミシダって言うんだ」


 ニーアは、今まで海のあるところに住んだことがないらしく、動いてる海洋生物を見ているだけで楽しそうだった。とりわけうちの大学の飼育施設には、珍しいものが多い。飼育施設といっても、一般開放もされており、水族館といっても過言ではない。


「ちょっと、課題レポートのために来たのを忘れてない?」


 香織が口を尖らせる。そうだ、課題の観察レポートのために来たことをすっかり忘れていた。


パシャ


 音の方を見ると、ニーアが首から下げたインスタントカメラをこちらに構えている。


「はい、よく撮れましたよ」


 もらった写真には、間抜けな顔をしている俺と、不機嫌そうな香織が写っていた。この今時、珍しいインスタントカメラは、ニーアがお世話になってる親戚の蔵から出てきたものらしい。外で試し撮りをしているところを俺がたまたま通りかかり、今に至るわけだ。


「護さんも一緒に見てまわりましょうよ」


「あのね?私たちは遊びに来てるわけじゃないのよ?」


「少しくらい良いじゃないですか。ねっ?」


 そう言って、ニーアは俺の腕を引く。強く断れない俺は香織に謝罪のサインを送り、少女に連行されていく。香織は、今にも目かビームでも出しそうな眼光を俺に向けていた。後で何か埋め合わせを考えなければ。


「このクラゲ、大き過ぎじゃないですか?」


 そんなことはお構いなしに、ニーアは自分の身の丈ほどあるクラゲを見上げていた。


「キタユウレイクラゲだよ。大きいものは2mを超えることもある」


 ニーアは、少し引いて、自分とさほど大きさの変わらないクラゲの写真を撮っている。


「ニーアは、魚はあまり好きじゃないのか?」


「いえ、嫌いという訳ではないです。ただ、水槽に一匹だけ泳いでいる子の方が、なんとなく惹かれるので」


「まぁ、あまり動かないのが多いからじっくりみれるかもな」


 その後も彼女は、そういった変わり種ばかりを見て周った。よっぽど楽しいのか、かなりテンションが高い。彼女の笑顔を見るだけで、俺も嬉しくなる。


 少しベンチで休憩することにした。俺は買って来たジュースをニーアに渡す。


「ありがとうございます」


 ニーアは丁寧に頭を下げる。再会した時から思っていたが、最初に会った時と大分キャラが違う気がする。明るくなったからかと思ったが、それだけではない様な。


「あの……護さん?実はお願いがあるんです」


「ん?何?」


 ニーアは、何やらとても言いにくそうにしている。


「どうしたんだ?何でも言ってくれ、できることなら何でも協力するよ」


 すると、ニーアは落ち着きなく話し始めた。


「あ、あのですね。えっと……護さんのことを……兄さんと、呼んでもいいですか?」


 言い終わると同時にニーアは後ろを向いてしまった。当の俺は、予想外の話に何が何やら呆然としてしまった。


「変に思われるかもしれませんが……私、昔から兄弟が欲しくて……で、護さんは年上だから弟じゃなくて、勿論、妹でもなくて……」


 もう本人も何を言ってるのかわかってなさそうだ。しかし、俺にはわかる。彼女は本当に辛い目にあった。親戚の方は親切らしいが、やはり遠慮があるのだろう。要は、気のおけない家族が欲しいのだ!先程までの強引さも寂しさから来ているからに違いない。俺としたことが!こんなものは考えるまでもない。


「遠慮するな。呼びたい様に呼んでくれて構わないよ」


 ニーアは、凄い勢いで振り返り、今までで一番の笑顔で俺の手を取った。


「本当ですか!ありがとうございます!ではこれからは、兄さん、とお呼びしますね!」


 ニーアが嬉しそうで何よりだ。


「さぁ、兄さん!次はあちらの光るイカを見に行きましょう!」


 俺は課題を諦めた。また、明日来れば良い。それから2人でゆっくりと水槽を見て回った。


「兄さん、これは何ですか?」


 通路に置いてある石像を指さす。


「あぁ、これは バオリイカくん だ」


 我が大学のマスコットキャラ、バオリイカくんは、タコの上からイカが覆い被さったコミカルなキャラで、2人羽織とアオリイカを掛けているのだ。タコとイカはデフォルメされているが、目だけがやたらとリアルで、可愛いらしさの中に不気味さもある。巷で言うところのキモカワイイというやつだ。この施設の至るところに、この像は設置してある。


「なんだか気持ち悪いキャラですね」


 哀れ、バオリイカくん……


 館内に閉館のアナウンスが流れる。


「そろそろ閉館だ」


「えー、まだ深海エリアをみてないのに」


「また、来れば良いさ。ちょっと待っててくれるか?家まで送るよ」


「ありがとうございます。兄さん」


 俺は、香織に電話をかけた。しかし、出ない。怒っているのか、もう帰ったのか。メールだけ送っておくか。


 ニーアを家に送り、帰路についたころには、すっかり暗くなっていた。俺は軽快に自転車を飛ばす。


「よかったのう?可愛らしい妹ができて」


 今日はやけに静かだったアスタロトが口を開く。


「何だ、ずっと喋らないから寝てるのかと思ってたぞ」


「お主らが、気持ちの悪い生き物ばかり見とるからじゃ。妾は、あぁいうのを見ると虫唾が走る」


 意外な弱点だ。


 突如、電話が鳴る。香織だ。


「もしもし?先に帰ったのか?今日はすまんかった!」


 開口一番謝る俺。返事はない。怒っているのだろうか。


「……別に気にしてないよ。悪いけど先に帰らせてもらったから」


 落ち着いた声色だ。怒ってはなさそうだ。


「ねぇ、明日また一緒に飼育施設に行かない?」


「なんだ、お前も課題終わってないのか。俺も行くつもりだったし、同じ時間に施設前で待ち合わせでいいか?」


「うん、じゃあまた明日」


 とりあえず、怒っていない様で安心した。アスタロトがまた行くのかと嫌そうな顔をしていたが、我慢してもらおう。この課題は絶対に提出しないと単位がヤバいのだ。提出は月曜日だから、明日中に完成させなければならない。


 次の日、施設の入り口で香織と合流した。もう一度謝っておいたが、気にしていない様子だった。俺たちは、まずは観察対象となる生物を探した。少し癖のある奴の方が、レポートも書きやすいだろう。


 昨日のメンダコ水槽のところに行くと、一際目立つ白髪の娘が、カメラを水槽に向けている姿が目に入った。


「あっ!兄さん!、と香織さん」


「ニーア、今日も来てたのか」


「それは、こっちのセリフです。今日は兄さんの邪魔しませんので安心して下さい」


 よっぽどこの施設が気に入ったらしい。ニーアはインスタントカメラを揺らしながら、別の水槽へ移動していった。


「ねぇ、ちょっと見てもらいたいものがあるんだけど……」


 今日はやけに静かな香織が、急に口を開いた。


「ん?何だ?」


「昨日、面白いものを見つけたの。ちょっと付き合ってよ」


 香織に連れられるまま、エレベーターに乗った。香織は最下階の地下5階のボタンを押す。最近のエレベーターは静かなもので、暫しの静寂が訪れた。今日の香織はほんと無口だな。


ポーン


 地下5階に到着し、扉が開く。目の前は薄暗い通路で、左右にある壁に埋め込まれた水槽の光りだけが、道を照らしていた。ここは、昨日ニーアが来たがっていた深海魚エリアだ。


「こっちよ」


 香織の後をついていく。たまたま誰もいないタイミングで、深海魚エリアは静まりかえっていた。淡く光る水槽の中のグロテスクな深海魚達が、どうにも不気味な雰囲気を醸し出す。


「あの水槽の隣のところよ」


 香織は通路一番奥の水槽を指さした。さらにその奥は行き止まりで、水槽の向かいは別の水槽ではなく、関係者用と書かれた扉があった。よく見ると、一番奥の壁と水槽の間には、人1人分程度の空間があるのがわかった。その空間自体に何があるかは、水槽で隠れて見えないが。


「あの水槽の向こうに何かあるのか?」


「そうよ、行って見てみて?」


 俺は、ゆっくりと奥の水槽に近づいた。ふとその水槽の中に目をやると、メンダコの水槽の様だ。ここにもあるのかと思った俺の目に奇妙な光景が飛び込んできた。メンダコが沈んでいる。いや、ただ沈んでいる訳じゃない、墜落したUFOのように、砂に突き刺さっている。死んでるのか?死んだメンダコは、こんな感じなのか?それは死体というよりかは、作り物の様な印象を受けた。


バタン!


「あぁあああー!」


 突然、後ろの関係者用扉が開き、中から人が飛び出してきた。

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