愛と死編 序幕
この世には、2つしかない。
有と無。
生命ならば、生と死。
究極にはそれしかない。
金持ち、貧乏、美、醜…。
そんな価値観を越いえて、生命には、生と死しかない。
だけど…僕は、死を選んだ。
自殺ではない。
僕は、生を貫き…死へと導かれたのだ。
数日前、僕は目の前で愛する人を失った。
僕もまた、重症を負ったが、助かるつもりはなかった。
最後の力を振り絞り、僕は彼女の遺体を人目のつかないところに移動されると、そのそばで死を待った。
彼女から腐臭が漂いだしても、僕は嫌とは思わなかった。
ただ…。
(彼女を救えなかった)
愛する気持ちは…僕の気持ちは時を得る度に、増していく。
だけど、彼女を救えなかった事実は、僕を責めた。
生と死。
そんなものを越えて、僕の気持ちはある。
それは、愛だ。
(愛は)
「そう…愛は、生も死も越える」
少年が静かに息を引き取るのを、ずっと数日見守っていた影があった。
影は、死んでもなお…彼女を見つめる少年の目をそっと閉じると、彼らの遺体に火を点けた。
「迷うことなき思い!それは、純粋なる思い!愛なり」
影は、燃える二人に敬礼をすると、その場から歩き出した。
町外れのぼや騒ぎが起こった数時間後、大規模な爆発が地方都市の一角を震わせた。
「愛なき行動には、破滅を」
影は笑うと、遠くから火柱を眺めながら笑った。
影の名は、久沓義景。
数学者としては、天才と…小学生で言われた男。
しかし、その彼が愛したのは、こう言われる人物であった…障害者と。
天才は、凡人をせせら笑う。
それは、優越感。
しかし、どこか…疎外感も伴う。
そんな天才が、彼女に感動し、涙し…一方的に愛を感じた。
それは…生きるという本質を彼女から感じたから。
生物界に天才はいらない。
生と死のプログラムもできているから。
久沓は、突然の彼女の死を体験して知った。
己の無力さと、この世のくだらなさ。
この世に溢れる天才は、金と名誉を求め、優越感を浸る。
天才とは…その程度のものなのか。
いつしか、久沓はそんな疑問を抱きながら、生きていくようになる。
真の天才とは…理解できないもの。
凡人が理解し、金を得れる天才など天才ではない。
(真の天才ならば!生死の境を越えられる!)
久沓が唇を噛み締めると、更なる火柱が天に向かって発生した。
(俺は、半人前の天才だ。君を生き返らすことは、できない。だけど!)
火柱は次々に、上がった。
(死に関しては、天才であろう)
久沓は、火柱達に背を向けた。
「それが、久沓義景のありようだ。君を殺し、殺した相手を守るこの国を死へと誘う存在だ!今夜もまた、散った愛の為に」
久沓の愛する彼女は、権力者の戯れで死んだ。
その日から、彼は生きる道を選んだ。
彼女を殺した…暴力と権力を逆に滅する為に、彼はその道を進む。
この国自身を滅する為に。
「所詮…今の権力は、明治時代からの新参者」
久沓は歩き出した。
「すべてを壊す」
1人の半人前の天才では、何もできないことを彼は悟った。
警察さえも、説得できない。
彼は、人が言う栄光の道を捨てた。
人生のすべてを破壊へ向けた。
「すべては、愛の為」
彼女を殺した相手は、かつて財閥と言われた企業の御曹司の1人。
そいつが若気の至りで、仲間達と殺したのだ。
「僕1人で、維新を起こそう。但し…」
久沓は空を見上げ、
「新しい国はつくらない。組織は、人間を腐らせる」
フッと笑った。
「また…あいつか」
幾多は、高台から町並みを破壊する火柱達を見つめながら、拳を握り締めた。
「如何致しますか?あの男を支持する者も増えてきました。彼の爆破は、人を魅了します」
後ろに立つ女の言葉に、幾多は肩をすくめた。
「火柱の魅了だけではないよ。やつの行動は、破滅的だ。なのに、やつの思想は、未来に向いている」
そして、幾多も火柱に背を向け、歩き出した。
「愛という幸せ」
幾多は、ゆっくりと目を瞑った。
「幾多様は…久沓をご存じなのですか?」
女は、幾多の言い方にはっとした。
「ああ…ちょっと昔ね」
幾多は目を開け、口元に笑みを浮かべた。
そして、昔を思い出した。
二択
愛と死編 開幕。