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二択  作者: 牧村エイリ
20/24

ファイル19 すべてをかけて

(君の中に生まれた狂気を、コントロールしろ!殺すだけでは、やつらに勝ってない!君ならできる!やつらを上回るプレーヤーに!やつらを支配しろ!飾りだけの狂気から、現実に戻してやれ!今だからわかる!殺人犯より、大切な人を殺された者の方が、狂気を持てる!)


恩師であった坂城の言葉を思い出しながら、長谷川はカードを一枚一枚…机の上に置いていった。


「先生…」


確かに、幾多はその方法で数多くの犯罪者の心情を暴いて来た。


しかし…。


そんなレベルを越える犯罪者の存在が、長谷川を悩ませていた。


やつらは明らかに、人間の常識…いや、それは当然か…人間としての怒りや恨み、憎しみとは別次元にいる存在として、長谷川の前に現れた。


(俺は…あの時…)


長谷川は機械的に、カードを並べながら、心の中で考えていた。


(妹を殺した犯人を始末したかった。しかし!先生が俺に託したこともわかる!)


幾多は並べていたカードを、手で払い、目の前からすべてをなくした。


(俺は…やはり…)


長谷川は立ち上がった。


(偽善者なのか?それとも…)


そして、目の前の空間を凝視した。


(甘いだけなのか?)


幾多のような解決法がいいとは、思わない。


しかし…。


体の一部を失った白水と…その一部が中から発見された…もう一体の死体。


藤崎正人。


幾多から得た情報から、彼を調べたが…夜は警備会社に勤務し、昼間はいろんなアルバイトをしているとしかわからなかった。


彼の死体の上に置かれていた名刺からも、彼の本性はわからなかったが、残された死体が物語っていた。


(偏食者か)


長谷川は軽くため息をつくと、ばらばらになったカードを集めた。


警察は、藤崎の趣向から、他の犯罪にも手を貸している可能性を示唆し、彼の自宅を家宅捜査したが、何も残ってはいなかった。


彼は、飼われている犬ではなく、あくまでもビジネスのように、仕事をこなしていた。


金を貰って食う時もあったが…極上の食材には、提供者に感謝の気持ちを述べ、証拠を残さなかった。


「ふう〜」


長谷川はカードを揃えるとケースに入れて、背広の内ポケットに入れた。


「先生」


立ち上がろうとした長谷川の後ろから、声がした。


振り返ると、目の下の隈が濃い、刑事が立っていた。今回の事件の処理に追われているようだ。


「また診てもらいたいやつが…。まったく、幾多の事件が片付かないうちに」


苛立つように、頭をかいた刑事に、長谷川は微笑みかけると、立ち上がった。


「事件は、待ってくれませんよ」


そして、殺風景な部屋を出ると、さらに何もない部屋に通された。


その真ん中で、唯一のオブジェのようなに椅子に座る女。


(女!?)


長谷川は、俯いて座る女の前に来て、眉を寄せた。


「初めまして」


長谷川が前に来ると、女は顔を上げた。満面の笑顔をつくって。


流れるような黒髪、大きな瞳が…附せていた時と印象が違った。


「長谷川先生」


女は、長谷川を座るように促した。


「…」


長谷川は、女の目から目が外せなくなっていた。静かに座ると突然、女は長谷川の前にあるものを並べた。


それは、二枚のカード。


「!」


想像外のことに絶句する長谷川に、女は微笑みながら説明した。


「二枚のカード。絵柄は、二種類。ネタバレしますが、噴火は感情…罪を表し、地獄は罰を意味する」


女は微笑みを崩さず、


「懐かしいですね、先生。あなたが、最初にニ択したときの絵柄ですよ」


地獄のカードに手を伸ばした。


「長谷川先生。あなたに与えるものですよ」


カードを、長谷川に示した瞬間、部屋のドアが閉まった。


「連続殺人犯、幾多流との共犯容疑により、あなたを尋問します。長谷川先生」


女は、地獄のカードを長谷川の前に置いた。 そして、どこからか警察手帳を取り出し提示した。


「な、何を根拠に!」


机を叩き立ち上がった長谷川に、女は微笑みを止め…口許に冷笑を浮かべた。


「根拠は、たくさんありますよ。あなたは、幾多と何度も対峙しながら、生き残っている。それに、藤崎正人の件も、幾多本人から電話を貰っている」


そして、女はゆっくりと立ち上がると、長谷川の目を見つめた。目線の近さが、女の背の高さを示していた。


「それに、幾多と対峙して、生き残った警察関係はいません。いや!一般人でも!」


「そ、それは!」


反論しょうとした長谷川の言葉を、女はある言葉で止めた。


「それは!」


女はいやらしく笑い、


「美しき人だからですか?」


長谷川に顔を近付けた。


「!」


長谷川は、絶句した。


女は、長谷川が使うものと同じカードを手でシャッフルすると、机に叩き付けた。


「美しき人が、カードで!犯罪者の心理を暴くか!」


女は少しだけ、長谷川を見上げ、


「あなたは、美しき人ではない!美しき人が!妹を殺した相手に、罰を与えるか!」


鋭い目で恫喝した。


「お、俺は!」


長谷川は戸惑いながらも、女の瞳の奥に黒いものを見つけた。


それは、犯罪者が宿す闇に近い。


「先生!あなたは、妹を殺した犯人と変わらない!あんたは、犯罪者と変わらない! 」


饒舌になっていく女を見ていると、長谷川は何故か冷静になっていった。


(だとしたら、罰を与えるお前達警察は、どうなる?)


やがて…冷静を通り越していく。


長谷川は目を細め、無意識に内ポケットに手を伸ばそうとした。


その瞬間、部屋の扉が開いた。


「カードで、戦えるのかい?いるのは、これだ」


「い、幾多!?」


長谷川は、突然入ってきた幾多に驚きの声を上げた。


銃を手にした幾多は、女に向けて銃口を突きだした。


「幾多流!やはり!お前は!」


幾多を確認して、女は長谷川に顔を向けた。


「犯罪者の仲間だ!」


女が声を張り上げた瞬間、幾多は引き金を引いた。


「幾多!」


女の体は吹っ飛び、持っていたカードが空中に飛び散った。


女を助けようと無意識に走り出した長谷川を見て、幾多は叫んだ。


「お前は、犯罪者ではない!傷を知っている美しき人だ」


それから、幾多は銃を長谷川に向かって投げた。


「撃つなら、撃て!それで、お前と俺の関係は終わる」


幾多は微笑むと、長谷川に背を向け、ドアへと歩き出した。


その間、数十秒。


幾多は振り返ることも、足を止めることもなかった。



「幾多様」


部屋から出た幾多に、いつもの女が頭を下げた。


「予定通り…この警察署は掌握しました」


代議員の事務所を襲撃した幾多を、支援する為に集められた武装兵士は、ここの制圧に使われた。


「ありがとう」


幾多は軽く頭を下げると、女のそばを通り過ぎた。


「幾多様!」


平然としている幾多を見て、女は叫んだ。


「私は!あなたの命と、あの男の命が!同じ価値あるものには思われません!あなたは!あなたは!誰よりも」

「人間の命は、すべて同じだ!」


幾多は足を止め、


「しかし、自分以外の他人を思うならば…」


振り返り、


「価値とは、命そのものを超える!」


女に微笑んだ。


「あいつは、他の命を奪っていない。俺よりも、純粋だ」


「い、幾多様!」


女は、幾多の言葉に涙を流した。


「だが」


幾多は、前を向いた。


「このままでは、あいつは殺される。それもいいかもしれない。あいつも俺も…」


「幾多様…」


「生きた意味など、人間個人で考えれば無意味。そんなものさ」


幾多はフッと笑い、


「しかし、友が無意味は…辛いな」


再び歩き出した。


「警察も美しくはない。正流…普通に暮らすことは辛いな」







「く、くそ…」


幾多から投げられた銃に、手を伸ばした形で固まっていた長谷川は、その場で崩れ落ちた。


「お、俺は…何もできないのか?お、俺は…」


長谷川は、女の刑事の周りに散らばったカードを見て、涙を流した。






後日。


幾多によって殺された女刑事は、彼の支援者(長谷川を疎ましく思う)によってもたらされた情報に踊らされたことが明らかになった。


長谷川は、今回の件で、警察関係から距離を置くことにした。




「幾多様」


どこかの丘の上で、佇む幾多を、女は見守っていた。


「やあ〜」


幾多は微笑むと、眼下に広がる町並みを見下ろした。


「これだけは、言っておくよ」


幾多は女を見ずに、口を開いた。


「俺に生きる価値はない。本当は、人間そのものに価値なんてないんだ。だからこそ…」


幾多は空を見上げ、


「人は努力しなければならない」


背伸びをした。


そして、自然と笑顔になった。


「この景色に負けないように、生きなければならない」


幾多は、美しき景色に背を向けた。


「人間もまた、自然の一部だ。だからこそ、美しくなければね」


「幾多様」


悲しげな表情を浮かべる女に、幾多は告げた。


「俺は美しくない。もしかしたら…俺とともにいるお前もな」


そして、手を差し出した。


「それでも、俺といるか?」


「はい!」


女は即答し、腕を伸ばしたが、恥ずかしさから手を握れなかった。


そんな躊躇いはない手を、幾多は掴んだ。


「幸せにはなれないぞ。だけど」


幾多は、女と手を繋ぎ歩き出した。


「それは一般的な表現で、本当の〜幸せは」


珍しく照れる幾多を見て、女は手を握り返すと、先導して歩き出した。


「あなたについて行きます」


「り、了解した」


幾多は目を見開いた後再び、歩き出した。


他人に引かれる未来も悪くないと、思いながら。



end

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