ファイル19 すべてをかけて
(君の中に生まれた狂気を、コントロールしろ!殺すだけでは、やつらに勝ってない!君ならできる!やつらを上回るプレーヤーに!やつらを支配しろ!飾りだけの狂気から、現実に戻してやれ!今だからわかる!殺人犯より、大切な人を殺された者の方が、狂気を持てる!)
恩師であった坂城の言葉を思い出しながら、長谷川はカードを一枚一枚…机の上に置いていった。
「先生…」
確かに、幾多はその方法で数多くの犯罪者の心情を暴いて来た。
しかし…。
そんなレベルを越える犯罪者の存在が、長谷川を悩ませていた。
やつらは明らかに、人間の常識…いや、それは当然か…人間としての怒りや恨み、憎しみとは別次元にいる存在として、長谷川の前に現れた。
(俺は…あの時…)
長谷川は機械的に、カードを並べながら、心の中で考えていた。
(妹を殺した犯人を始末したかった。しかし!先生が俺に託したこともわかる!)
幾多は並べていたカードを、手で払い、目の前からすべてをなくした。
(俺は…やはり…)
長谷川は立ち上がった。
(偽善者なのか?それとも…)
そして、目の前の空間を凝視した。
(甘いだけなのか?)
幾多のような解決法がいいとは、思わない。
しかし…。
体の一部を失った白水と…その一部が中から発見された…もう一体の死体。
藤崎正人。
幾多から得た情報から、彼を調べたが…夜は警備会社に勤務し、昼間はいろんなアルバイトをしているとしかわからなかった。
彼の死体の上に置かれていた名刺からも、彼の本性はわからなかったが、残された死体が物語っていた。
(偏食者か)
長谷川は軽くため息をつくと、ばらばらになったカードを集めた。
警察は、藤崎の趣向から、他の犯罪にも手を貸している可能性を示唆し、彼の自宅を家宅捜査したが、何も残ってはいなかった。
彼は、飼われている犬ではなく、あくまでもビジネスのように、仕事をこなしていた。
金を貰って食う時もあったが…極上の食材には、提供者に感謝の気持ちを述べ、証拠を残さなかった。
「ふう〜」
長谷川はカードを揃えるとケースに入れて、背広の内ポケットに入れた。
「先生」
立ち上がろうとした長谷川の後ろから、声がした。
振り返ると、目の下の隈が濃い、刑事が立っていた。今回の事件の処理に追われているようだ。
「また診てもらいたいやつが…。まったく、幾多の事件が片付かないうちに」
苛立つように、頭をかいた刑事に、長谷川は微笑みかけると、立ち上がった。
「事件は、待ってくれませんよ」
そして、殺風景な部屋を出ると、さらに何もない部屋に通された。
その真ん中で、唯一のオブジェのようなに椅子に座る女。
(女!?)
長谷川は、俯いて座る女の前に来て、眉を寄せた。
「初めまして」
長谷川が前に来ると、女は顔を上げた。満面の笑顔をつくって。
流れるような黒髪、大きな瞳が…附せていた時と印象が違った。
「長谷川先生」
女は、長谷川を座るように促した。
「…」
長谷川は、女の目から目が外せなくなっていた。静かに座ると突然、女は長谷川の前にあるものを並べた。
それは、二枚のカード。
「!」
想像外のことに絶句する長谷川に、女は微笑みながら説明した。
「二枚のカード。絵柄は、二種類。ネタバレしますが、噴火は感情…罪を表し、地獄は罰を意味する」
女は微笑みを崩さず、
「懐かしいですね、先生。あなたが、最初にニ択したときの絵柄ですよ」
地獄のカードに手を伸ばした。
「長谷川先生。あなたに与えるものですよ」
カードを、長谷川に示した瞬間、部屋のドアが閉まった。
「連続殺人犯、幾多流との共犯容疑により、あなたを尋問します。長谷川先生」
女は、地獄のカードを長谷川の前に置いた。 そして、どこからか警察手帳を取り出し提示した。
「な、何を根拠に!」
机を叩き立ち上がった長谷川に、女は微笑みを止め…口許に冷笑を浮かべた。
「根拠は、たくさんありますよ。あなたは、幾多と何度も対峙しながら、生き残っている。それに、藤崎正人の件も、幾多本人から電話を貰っている」
そして、女はゆっくりと立ち上がると、長谷川の目を見つめた。目線の近さが、女の背の高さを示していた。
「それに、幾多と対峙して、生き残った警察関係はいません。いや!一般人でも!」
「そ、それは!」
反論しょうとした長谷川の言葉を、女はある言葉で止めた。
「それは!」
女はいやらしく笑い、
「美しき人だからですか?」
長谷川に顔を近付けた。
「!」
長谷川は、絶句した。
女は、長谷川が使うものと同じカードを手でシャッフルすると、机に叩き付けた。
「美しき人が、カードで!犯罪者の心理を暴くか!」
女は少しだけ、長谷川を見上げ、
「あなたは、美しき人ではない!美しき人が!妹を殺した相手に、罰を与えるか!」
鋭い目で恫喝した。
「お、俺は!」
長谷川は戸惑いながらも、女の瞳の奥に黒いものを見つけた。
それは、犯罪者が宿す闇に近い。
「先生!あなたは、妹を殺した犯人と変わらない!あんたは、犯罪者と変わらない! 」
饒舌になっていく女を見ていると、長谷川は何故か冷静になっていった。
(だとしたら、罰を与えるお前達警察は、どうなる?)
やがて…冷静を通り越していく。
長谷川は目を細め、無意識に内ポケットに手を伸ばそうとした。
その瞬間、部屋の扉が開いた。
「カードで、戦えるのかい?いるのは、これだ」
「い、幾多!?」
長谷川は、突然入ってきた幾多に驚きの声を上げた。
銃を手にした幾多は、女に向けて銃口を突きだした。
「幾多流!やはり!お前は!」
幾多を確認して、女は長谷川に顔を向けた。
「犯罪者の仲間だ!」
女が声を張り上げた瞬間、幾多は引き金を引いた。
「幾多!」
女の体は吹っ飛び、持っていたカードが空中に飛び散った。
女を助けようと無意識に走り出した長谷川を見て、幾多は叫んだ。
「お前は、犯罪者ではない!傷を知っている美しき人だ」
それから、幾多は銃を長谷川に向かって投げた。
「撃つなら、撃て!それで、お前と俺の関係は終わる」
幾多は微笑むと、長谷川に背を向け、ドアへと歩き出した。
その間、数十秒。
幾多は振り返ることも、足を止めることもなかった。
「幾多様」
部屋から出た幾多に、いつもの女が頭を下げた。
「予定通り…この警察署は掌握しました」
代議員の事務所を襲撃した幾多を、支援する為に集められた武装兵士は、ここの制圧に使われた。
「ありがとう」
幾多は軽く頭を下げると、女のそばを通り過ぎた。
「幾多様!」
平然としている幾多を見て、女は叫んだ。
「私は!あなたの命と、あの男の命が!同じ価値あるものには思われません!あなたは!あなたは!誰よりも」
「人間の命は、すべて同じだ!」
幾多は足を止め、
「しかし、自分以外の他人を思うならば…」
振り返り、
「価値とは、命そのものを超える!」
女に微笑んだ。
「あいつは、他の命を奪っていない。俺よりも、純粋だ」
「い、幾多様!」
女は、幾多の言葉に涙を流した。
「だが」
幾多は、前を向いた。
「このままでは、あいつは殺される。それもいいかもしれない。あいつも俺も…」
「幾多様…」
「生きた意味など、人間個人で考えれば無意味。そんなものさ」
幾多はフッと笑い、
「しかし、友が無意味は…辛いな」
再び歩き出した。
「警察も美しくはない。正流…普通に暮らすことは辛いな」
「く、くそ…」
幾多から投げられた銃に、手を伸ばした形で固まっていた長谷川は、その場で崩れ落ちた。
「お、俺は…何もできないのか?お、俺は…」
長谷川は、女の刑事の周りに散らばったカードを見て、涙を流した。
後日。
幾多によって殺された女刑事は、彼の支援者(長谷川を疎ましく思う)によってもたらされた情報に踊らされたことが明らかになった。
長谷川は、今回の件で、警察関係から距離を置くことにした。
「幾多様」
どこかの丘の上で、佇む幾多を、女は見守っていた。
「やあ〜」
幾多は微笑むと、眼下に広がる町並みを見下ろした。
「これだけは、言っておくよ」
幾多は女を見ずに、口を開いた。
「俺に生きる価値はない。本当は、人間そのものに価値なんてないんだ。だからこそ…」
幾多は空を見上げ、
「人は努力しなければならない」
背伸びをした。
そして、自然と笑顔になった。
「この景色に負けないように、生きなければならない」
幾多は、美しき景色に背を向けた。
「人間もまた、自然の一部だ。だからこそ、美しくなければね」
「幾多様」
悲しげな表情を浮かべる女に、幾多は告げた。
「俺は美しくない。もしかしたら…俺とともにいるお前もな」
そして、手を差し出した。
「それでも、俺といるか?」
「はい!」
女は即答し、腕を伸ばしたが、恥ずかしさから手を握れなかった。
そんな躊躇いはない手を、幾多は掴んだ。
「幸せにはなれないぞ。だけど」
幾多は、女と手を繋ぎ歩き出した。
「それは一般的な表現で、本当の〜幸せは」
珍しく照れる幾多を見て、女は手を握り返すと、先導して歩き出した。
「あなたについて行きます」
「り、了解した」
幾多は目を見開いた後再び、歩き出した。
他人に引かれる未来も悪くないと、思いながら。
end