ファイル18 偏食者
まだ暴力団対策法がなかった頃、人知れず殺した人達の処理はどうしていたのだろうか。
よく言われる…コンクリート詰めにして、海に捨てる。
これには、問題がある。人の体は腐れば、ガスが発生する。
だから、内蔵をすべて取り除く必要があるのだ。
山に埋めるのも…どれだけの深さの穴を掘らなければいけないのか…。車運ぶ等、リスクは多い。
だから一番多かったのが、その場で処理できる…熊や鰐に食べさせることだったらしい。
まあ〜真実は、闇の中だ。
偏食者…藤崎正人。
彼が好んで食べるのは、人間だ。
但し、普通の人間に対して食欲はわかない。
恐怖に歪んだ人間、無惨にも殺された…憐れな人間。
彼は絶望、恐怖、怨みがこもった人間しか食べないのだ。
だから、藤崎は人殺しをこう呼ぶ。
料理人と。
「ヒイイ!」
白水莫大は、首筋にナイフが突き刺さったまま、椅子から転げ落ちると、後ずさった。
「いいねえ〜」
藤崎は、にやりと笑った。
「お、お前は…何だ!」
白水は叫んだ。彼は初めて、得体の知れない恐怖を感じでいた。自らに近付いてくる人物は人間ではない。彼を捕食する肉食獣のように見えた。
「く、くそ!」
白水は立ち上がると、本性を露にした。彼は生きる為に、藤崎を殺すことを選択した。
そのまま、藤崎に襲いかかると、信じられない力で、彼の首を締め付けた。
首はすぐにへし折れ、白水は生き残ったはずだった。
「いいねえ〜」
藤崎は、自分の首が軋む音を聞きながら、白水の腕を掴んだ。
「やはり、仕上げは…自分でしないと」
次の瞬間、白水は最後の絶望を感じることになった。
「幾多様」
藤崎と入れ替わり部屋を出た幾多に、女が詰め寄った。
「あ、あんなやつをどうして!」
責めるような悲しい目を向ける女を見て、幾多はフッと笑った。
それから、女の頭を撫でた。
「心配するな。俺は、やくざではない。処理する為の動物は飼わないよ」
幾多は再び振り向くと、腕を組み、ドアがしまった部屋の中を凝視するように見つめた。
幾多と藤崎の出会いは突然だった。
街中を歩いていた幾多に、声をかけてきたのだ。
「あんた料理人だね。血の臭いがする。それも、素晴らしい味がする血の臭いだ」
藤崎は目を輝かせながら、幾多に名刺を渡した。
「もし処理に困ったなら、いつでも電話してくれ」
それから、数年後。
幾多は初めて、電話した。
それには、理由があった。
「幾多様!あなたは、美しい人達の為に!」
背中を向けた幾多に叫ぶ女。
「心配するな」
幾多は目を細め、
「俺はぶれないよ。そんなことになったら、死んでいった人々に申し訳ない」
拳を握り締めた。
数分後、ドアが開き、藤崎が出てきた。
「美味しかったよ。格別な味だ。今まで、料理人を食べたことがなかったからねえ〜。勿論、残りは持って帰るよ」
藤崎は幾多を見つめ、舌なめずりをし、
「心配するな。君は貴重な料理人だ。我慢するよ」
口許に冷笑を浮かべた。
「そうか」
幾多は微笑み、静かに銃口は向けた。
「最後の晩餐は楽しめたようだな」
「お、お前!?」
幾多は、デザートイーグルの引き金を引いた。
鉛の玉は、藤崎の頭を吹き飛ばした。
「い、幾多様!」
躊躇いのない速撃ちで、藤崎を殺した幾多を見て、女は悲鳴に似た声で叫んだ。
幾多は目だけを女に向け、
「白水が殺した少女の肉体が、一部…無くなっていた。こいつが食べたのさ」
静かに銃口を下ろした。
「しかし、こいつが求める味ではなかった。少女は、少年に守られながら、死んだからな」
そして、崩れ落ちた藤崎の死体に背を向けた。
「世の中の闇…。その闇が、彼らを犯すならば!その闇も消さなければならない」
「幾多様」
幾多は歩きながら、携帯を取りだした。
「やあ〜正流」
幾多は、長谷川に電話し、二つの死体について説明した。
「お前も覚悟した方がいい。この世は、穢れ過ぎている」
幾多は一方的に電話を切ると、携帯を床に叩きつけて壊した。
「こいつに、データはないね」
「はい」
女は頷いた。
幾多と女は、廃墟になっていたマンションから出た。
すると、一台の車が迎えに来た。
運転手は降りると、頭を下げた。彼は、幾多とともに取調室に行った白髭の男だった。
「こんな話を知っているかい?」
運転席に乗り込んだ女に、後部席に座った幾多は話し出した。
「ジョン・コルトレーンというサックス奏者がいた。彼のサウンドは、後のハードロックのギターリストに影響に与えた、ブラックヒーローだった。晩年、彼は世界平和の為に、世界各地で演奏を続けた。魂を込めて」
車は、発車した。
「しかし、どんなに演奏しても、世界は平和にならない。病に犯されながらも、彼は演奏を続けた。そんな時、彼の心の師匠とも言うべき、インドのミュージシャンにこう言われた。君の演奏からは何も感じないと」
車は市街地に入っていく。
「彼は、師匠に再び会うために、演奏を続けながらインドを目指した。しかし、彼は…たどり着くことなく、死んでしまう」
死ぬ間際の日本の演奏は、残されている。一曲…一時間以上。鬼気迫る彼の音を聴くことができる。
「俺も同じかもしれない。どんなに、俺が活動しても、世界は変わらない。そして、いずれ…俺も死ぬ」
幾多は、自らの手のひらを見つめ、
「だが、俺は迷わない。例え、正流が…お前のやっていることは所詮、人殺しだと言われても、俺は迷わない。何故なら、それは事実だから。だけど」
幾多は前を見た。
「それをやめない。それが、俺の選択した先だからだ」
「…」
幾多の言葉に、女は何も答えなかったが、自然と微笑んでいた。
遠くで、サイレンが聞こえてきた。
車が曲がると、サイレンが後ろを通り過ぎていくのが、フロントガラスに映った。
「またな…正流」
幾多は、目を瞑った。
end