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二択  作者: 牧村エイリ
18/24

ファイル17 拒否

幸せとは、かくも儚く終わるものなのだろうか。


「中村くん……」


「海藤さああん!」


引き裂かれた思い…引き裂かれた肉体。


血の海の中で、無惨な姿をさらす2人。


しかし、少年は最後の力を振り絞り、少女へと手を伸ばした。


これが…初めて少女に触れた瞬間だった。


ぎゅっと握り締めたまま…少年は息を引き取った。


そんな最後の繋がりを、無表情な白い服を着た男が、踏みつけた。


その男の全身は、返り血で真っ赤になっていたが…さほど気にはしていない様子であったと、最初に通報した目撃者は説明した。


犯人はその場から動かなかった為に、すぐに捕まった。


この通り魔事件は、すぐに解決すると思われていた。


しかし、容易には解決しなかった。


なぜならば、彼は凶器を所有してはおらず…高校生2人を殺したものは、彼らが学校で使っていた筆記用具だったからだ。


カッターナイフで、彼女の太ももを丸ごと抉れるだろうか。ボールペンは、あそこまで深く刺さるだろうか。


いろいろな疑問を犯人から問いただそうとしても、彼はこたえなかった。


「何故ならば…僕は、自分から何もしないからだ。僕は殺していない。彼らが勝手に死んだんだ」


彼はそう言うと、自嘲気味に笑った。





「先生」


「わかっています」


担当の刑事のすがるような目を見て、長谷川は力強く頷くと、ありふれた銀色のノブを掴み、中に入った。


これまたどこにでもある机とパイプ椅子が二脚。


長谷川は、机の向こうに座る男に目をやった。


全身を白で統一した服装は、清潔というよりも異常性を感じさせた。


「初めてまして、今回…あなたを担当することになりました、長谷川正流と申します」


長谷川は、男の目の前に座ると、すぐに二枚のカードを置いた。


「これから、簡単なゲームを行います。私のいうことに関して、こちらに並べられたカード。どちらを思い浮かべたか答えて、選んで頂く…ただ、それだけです」


長谷川は、男ににこっと微笑みかけた。


しかし、数分後…長谷川は舌を巻くことになる。


ゲームが進まないのだ。


「先生…」


テーブルに置かれた絵柄の違う二枚のカードを項垂れて見つめながら、男は呟くように言った。


「僕は、何も選ばない。選ぶ意志がない。だけど…勝手に、何かが僕を選ぶんですよ」


男はそこで顔を上げた。


「まるで、今ここにあるカードの一枚のように」


長谷川はその瞬間、にやりと笑うと思っていた。


しかし、男は無表情だった。


いや、無表情も表情なのか。


氷に表情があるならば、男の表情はそれと同じと思うだろう。


「!」


長谷川は絶句した。


今まで、選ぶことを拒否したり、無言の抵抗をする者もいた。それでも、目線で…それ以外で、無意識に何かを選んでいた。


しかし、男は違った。


そのまま、動かなくなる2人を部屋の窓から見ていた刑事が、中に入ってきた。


「先生?」


「わかっています」


長谷川は立ち上がった。


「少し水を下さい。彼にも」


「え!」


刑事は目を見開き、男と長谷川を交互に見、


「し、しかし、この男は!何か飲むかときいても、答えませんよ」


最後に男を睨んだ。


「出したら飲みますよ。この男は、自ら選ばないだけです」


長谷川の言葉通り、男は出された水を飲んだ。


男の名は、白水莫大。


数年前までは引きこもりだったが、ふらりと家を出て、今日まで行方不明であった。


しかし、家からは捜索願いは出ていなかった。



(くそ!)


長谷川は水を飲みながら、白水に関して考えていた。


(あいつは、人がナイフを渡し、刺せと言ったら、刺すだろう。しかし、あの少女と少年の無惨な遺体を見たら、違うはずだ!なのに、引き出せない!)


軽く苛立ってしまった長谷川は、カードではなく…直接、犯行に使われた筆記用具と同じものを渡そうかと思い、担当の刑事に頼む為に口を開きかけた瞬間、先に声をかけられた。


「先生。申し訳ございません。先生のことを信用していない訳ではないのですが、もう1人別の先生をお呼びしておりまして…」


申し訳なさそうに言う刑事を見て、長谷川は笑顔を向けた。


「わかりました」


そして、長谷川は素直に頷いた。なぜなら、考える時間が欲しかったからだ。


数分後、別の医者が到着した。2人の助手を引き連れて。


白髭をたくわえた医者を先頭に、後ろを歩く若い医師は男と女の2人だった。


白髭の医者は、長谷川を見ることなくすれ違い、部屋に入っていく。


2人の助手は、長谷川に頭を下げた。


長谷川も頭を下げた。


その次の瞬間、長谷川は激しい眠気に襲われた。


「場所を変えるぞ。正流」


長谷川の耳に聞き覚えのある声が響いた。


「な!」


長谷川は、絶句した。


「お、お前は!」


顔は違うが、忘れることのできない声。


「正流。お前は真面目過ぎる」


「い、幾多!」


「こいつは、小賢しいだけだ。選ぶのも、選ばないのも自由にできる。すべて、自分の意思だ。何も選ばないやつが、全身白を選ぶか?」


助手の男は、笑った。


どこからか発生したガスにより、長谷川や刑事達が眠りについた数分後、三人は白水を連れて忽然と姿を消した。





「やあ〜」


ガスを吸い、流石に眠りについた白水の前に、幾多が座っていた。


シチュエーションは、長谷川と同じ。


しかし、置かれていたものが違った。


カッターナイフとボールペンだ。


「さあ〜質問だ」


幾多は笑い、


「どれを俺が選ぶと思う?君を殺すのにな」


男を見つめた。


「僕は…何も…選ばない…!?」


目覚めた白水はいつも通り俯き、無表情で答えようとした。


その瞬間、白水のうなじにカッターナイフが突き刺さり…そして、ボールペンは目玉に当てられた。


「俺はマニアではない。お前の心情も、生まれ育った環境も!演技も必要ない!」


幾多はそう言ってから、自分を責めた。


(感情的になるな!こんなピエロに)


心が注意した。


(だがな!)


幾多の脳裏に、カフェでともに過ごした少年の顔が浮かぶ。


「ごめんなさい…」


白水が初めて、謝った。


その言葉に、幾多は冷静さを取り戻した。


ボールペンを突き刺すのを止め、白水から離れると、幾多は部屋から出た。


「幾多様」


今までのことを見守っていた女に、幾多は口元に笑みを浮かべながら、命令した。


「あいつを呼べ」


「い、幾多様?」


驚く女に、幾多は目もくれずに部屋から出た。


すると、目の前にロン毛の男が立っていた。


「やっぱり、あんたは最高の料理人だ」


ロン毛の男は、幾多とすれ違いに部屋に入った。


「頂きます!」


そして、ロン毛の男は合掌した。


ロン毛の男の名は、藤崎正人。


彼は、偏食者だ。



「い、幾多様…」


これから起こる出来事を思い、女はハンカチを口に押さえ、軽く嗚咽した。


「やつは、自ら何も選択しないと言った。そんなやつは、人間ではない。人間とは常に、悩み選択する存在だ」


幾多は壁を、叩いた。


「何も選ばないやつは、人間ではない!」


「い、幾多様」


叩いた姿で固まる幾多を見て、女は何も言えなくなった。


「すまない」


幾多の脳裏に、一緒にカフェで過ごした少年の姿が再びよみがえる。


「俺は、甘すぎた」


幾多はもっと強くなることを誓った。




次回。


偏食者に続く。

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