ファイル13 悪の罠
この世に、正義はない。
あるのは、悪の罠だけ。
「君は、この世に…正義があると思うかい?」
幾多流は、笑いながらきいた。
「物語や…もしかしたら、君の中にはあるかもしれない。だけどね」
幾多は頬杖をつき、
「社会にはないのさ」
僕を見つめた。
「あるはずがないよ。あるのは、権力だけだ」
昨今増え続けている凶悪犯罪。
未解決事件が増え、検挙率が減っていく。
そんな状況を重く見た警察は、あることをし出す。
検挙率を上げる為、はたまた…警察のデータベースの資料を増やす為に、軽犯罪の一斉検挙である。
有名なのが、大阪の電動自転車の検挙である。
ある日、あまり大々的に人々に報せることなく、始まったこの検挙は、昨日まで普通に乗っていた人々を…今日から無免許と呼び、捕まえた。
自転車の違反も突然、厳しくなっている…。
知り合いがくれた自転車が、盗難車の場合…貰った者も罪に問われる。
指紋をとられ、写真を写される。
その時、警察はこう言う。
「本当は…控訴になるはずですが…大した罪でないので、今取った資料は…警察以外には、漏れない。前科もつかないと」
まあ....貰った自転車を確認しなかったのは、悪いが…それが拘束される理由になるのだろうか。
あまりにも行き過ぎだと思い、弁護士に相談したとしても、控訴されていない場合…裁判にかけることができない。 事件になっていない。警察で止まるからだ。
つまり、警察を訴えることができないのだ。
普通の日常を過ごしていた…河東は、ある日…警察に止められた。
ラッパーに憧れる彼の格好は…確かに、目立ってはいたが…。
普段は真面目に過ごしている河東は、週末だけは…Bボーイ系の格好をして、クラブに通うのが好きだった。
ノリノリで帰る彼が近道をしょうと、大きな公園に入った時、三人の警察に呼び止められたのだ。
体につけた貴金属が、警官の持つライトに照らされた。
「何をしてる?」
少し高圧的な警察の態度に、何もやましいことはない河東はムッとした。
だから、こう言った。
「ただ…帰ってるだけです」
その言葉が、一人の警察をいらつかせた。
「ちょっと鞄の中を見せてみろ」
「どうしてですか!」
その言葉が、反抗的に思ったのか…警官は反無理矢理、鞄の中を物色しだした。
「これは、何だ?」
そこにあったのは、ナイフの形をしたキーホルダーだった。
勿論、切れる訳がない。
なのに、警官は河東を銃刀法違反で捕まえた。
「切れる訳がないでしょ!」
河東の言い分が、通るはすがなかった。
「詳しくは、署で」
ここで、河東の罪は決まった。
もう逃げることはできない。
銃刀法違反となるのは、刃の長さ6センチを超えるものが対象となるが、それ以下でも軽犯罪となり....拘留できる。
警官の判断で。
河東の件は、それに当たるだろう。
警察署に連れていかれた河東は罪を認めない為、何時間も拘留された。
日が変わり...朝が近づいてきた時、気弱になってきた河東に別の警官が告げた。
「今なら...大した罪にならないよ」
写真と指紋を取ることにはなるけども。
「それで帰れるよ。後...誰か身元保証になる人がいたら」
警官がそう言った時、取調室に他の警官が顔を出した。
「この子の知り合いが来たようです」
「え!?」
河東は驚いた。勝手に、誰かに連絡したのだろうか。
大学生である河東の自家は、県外にあったので...親はすぐに来ることができなかった。
それに、わざわざ夜中に迎えに来てくれる友達に心当たりもなかった。
「じゃあ...写真と指紋を取ろうか」
河東は、別の部屋の連れていかれた。
そこは、パソコンの並ぶ…小さな部屋だった。
四人の男がいた。
まずは写真。
「お前がやってみろ」
ここの責任者に言われ、若い不慣れな男が、写真を取る。
失敗が多い。
前や斜めなど数カット撮り、今度は指紋。
画面に指を押し付けられ、回転させられ...くまなくとられる。
目の前の、ディスプレイに...自分の指紋が映り、データがとられていくのがわかる。
その時も、若い男がやり…何度も失敗。
落ち込んでいる河東には、拷問のような時間だった。
上手くいかないから、ついに他の男に変わった。
その時、河東の耳に信じられない言葉が飛び込んできた。
失敗した若い男が、河東を捕まえた警官に言っていたのだ。
「練習したいから、もっと捕まえて下さいよ」
背中越しに聞いたその言葉が、河東の落ち込んだ心を怒りに変えた。
すべてが終わり...最初の部屋に戻った河東は、見知らぬ男に会う。
「大変だったね」
席に着き、河東を見上げたのは...幾多だった。
「わざわざ..来てくれたんだぞ」
警官に促され、幾多の隣に座る河東。
後は、河東と身元保証人である幾多が、書類にサインをするだけだ。
幾多は、前に座る警官にきいた。
「この子が持っていたものを、見せてくれますか?」
「....これです」
警官は、ビニール袋に入ったキーホルダーを見せた。
「これですか」
幾多は手を伸ばさず、顔を近づけると、ニヤリと笑った。
「こんなもので....」
そして、立ち上がると、
「警察は、本物を知らないようですね」
幾多は腕を警官に向けた。
何のない手の袖口から飛び出してきた刃が、警官の額に突き刺さった。
「これが、危ないナイフですよ」
幾多は微笑みかけると、素早く机を回り、椅子から転げ落ち…悲鳴を上げる警官から拳銃を奪った。
「これからは、身元保証に来た者もチェックしたらいい!」
「どうした!」
防犯カメラで様子を確認し、警官の悲鳴を聞きつけた他の警官が、部屋に飛び込んで来た。
幾多は発砲した。
「この国には、警官を裁く機関がない!だから、権威の悪意が生まれる!」
署内に、警報が鳴り響く。
駆けつけた警官を撃ち殺した幾多。
「残念ながら...君達より、経験が多くてね」
倒れた警官から、拳銃を拾うと…撃ち尽くした拳銃は服の中にしまった。
下から、凄まじい音がして、建物が揺れた。
幾多の配下の女達が、待合室を爆破したのだ。
混乱が、署内に広がった。
「ヒイイ!」
混乱の中、パニックになっていた河東に、幾多は近付いた。
「君には、選択権がある」
幾多は、机の上で頭を抱えている河東に、銃口を自分に向けてから…銃を差し出した。
「僕とは無関係と主張し…このまま日常に戻るか?それとも」
幾多の言葉に、恐る恐る顔を上げた河東は、銃口を睨みながら、
「無関係と言って、警察は信じてくれますか?」
幾多にきいた。
「さあ〜。気分次第じゃないかな?」
幾多は笑った。
「だったら…」
立ち上がった河東は、幾多から銃を受け取った。
「うわああ!」
それから、幾多は写真と指紋をとられた部屋に向かった。
幾多の仲間は、大勢いた。
銃撃戦と爆破の煙の中、逃げようとしている男達に、河東は銃を向けた。
若い男を撃ち殺した。
他の三人は、幾多が殺した。
そして、河東は、指紋をとられたパソコンの画面を撃った。
すべてが終わり、爆破の音だけが響く警察署を後にした河東と幾多は、河東が捕まった公園に来ていた。
「で、どうする?」
幾多の質問に、河東は笑ってこたえた。
「もう戻れませんから」
「そうか…」
幾多は頷き、銃口を向けた。
「君の選択を叶えよう」
銃声が、深夜の公園に轟いた。
「終わりました」
「ああ…」
公園の入り口に止まっていた車の後ろに、幾多は乗り込んだ。
静かに、発車する車の中で...ハンドルを握る女がきいた。
「男性を助けなかったのですか?」
その質問に、幾多は苦笑した。
「無理だよ。警察に捕まった時点で、助からない。後は、警察の言う通りにするしかないよ」
「不当な逮捕として、訴えたらどうですか?」
「裁判になっていないのに無理だ。すべてに、罪がないとは言わないが.....今回のような件でもね。起訴されない軽犯罪のほとんどが、泣き寝入りだよ」
幾多は、煙が上がっている方を眺めていた。
「それに...あの男は、感情を選び...銃を撃った。そして、警察も感情で捕まえた。まあ〜もともと警察は感情の生き物だから、大した事でなければ見逃すこともある。だけど、不平等なのは...警察を裁く組織がない」
しばしの無言の後、女は再びきいた。
「警察は、正義でないのですか?」
幾多は即答した。
「正義が、金を貰うかね?検挙率を気にするかい?データを集める為に、逮捕するかい?例え、犯罪が起こった時に、犯人を特定しやすいとしてもね!それは、つまり....すべての民衆を疑っているということになる」
そう言った後、ため息をつき、
「捕まえる犯罪者がいないと、存在しない組織が正義とはいえないよ」
「....」
「法は正義だというが、単なる力だよ」
女は前を見つめ、
「だったら....正義はどこにあるのですか?」
幾多は前を向くと、バックミラーに映る自分を見て、
「少なくても、ここにはない。勿論....この国にもね」
幾多の言葉に、女は瞼を落とし、
「どうすれば.....何事もなく過ごせるのでしょうか?」
「そうだな...」
幾多は笑いながら、悩む振りをして、
「どこにも行かずに....引き蘢る。それもある意味正解だな。でも、一番の答えは...」
女は、バックミラーに映る幾多に目をやった。
幾多は無表情になると、
「ないよ」
とこたえた。
「え?」
驚く女に、幾多は微笑んだ。
「だから....強くならないといけない。心を鍛えなくてはならない。何事にも負けない心を持つ。例え…相手が法に守られていてもね」
「.....」
「敢えて言うと....自分の信念を持つ。それくらいかな」
「幾多様」
女は潤んだ目で、幾多を見た。
幾多はシートにもたれると、車の天井を見て、
「今の質問…今度、秀流にきいてみよう。なんて、こたえるかな」
楽しそうに笑った。
そして、近づいてくるパトカーと遠ざかる消防車のサイレンを聞きながら、
「政権が変わった…この国。本当に何が変わるのか…楽しみだよ」
ゆっくりと、次の戦いに備えた。
完。
P.S
「そういえば、知ってるかい?仮面ラ○ダーに出て来るショッカーって組織の目的は、人類に番号をつけて、管理することだったらしいよ!はははは!」
幾多は笑い、
「残念だったね!ショッカー!」