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二択  作者: 牧村エイリ
12/24

ファイル12 麻薬

あなたに会うためのお薬



「雄太!雄太!」


錯乱状態にある彼女の診断を終えた。


彼女に明確な殺意はあった。


(しかし...)


長谷川は伊達眼鏡を外すと、目を閉じた。


そして、彼女の親友が語った話を思い出していた。







あたしが翠から、彼氏を紹介されたのは、いつものカフェだった。


普段なら、二人でランチの筈なのに、翠の横には、男がいた。


大して男前ではなかったけど…。


「友達の有希」


と翠が紹介すると、すぐに席を立ち、頭を下げる態度と、その時の優しげな瞳がとても印象に残った。


好印象ってやつだ。


体型はがしっりしていたけど、穏やかで物静かな性格は、彼氏彼女という二人の空間に、お邪魔なあたしがいても、あまり気を使うことがなかった。


今まで男運がなかった翠にやっと、幸せが訪れったように感じて、あたしは二人に微笑んだ。


彼の名は松木雄太。


誰よりも落ち着き、誰よりも優しい目をしていた。


穏やかな口調。


何かあると、


「ありがとう」


とすぐに、頭を下げた。


ほんの何気ないことで。


例えば、コップを取ってあげるだけで。


ありがとう、ありがとうと感謝の言葉を述べる。



菩薩のような人と、周りで言われていた。


そんな雄太のそばにいる翠はとても幸せそうで、彼女が笑顔でいることが、多くなった。







そんな翠が、彼氏について衝撃的なこと告げたのは、いつものランチ。


二人だけのときだった。


翠が昨日のデートを嬉しそう話した後、少し会話が途切れたので、


「松木さんって、お仕事何されてるの?」


あたしが何気なく質問した事が、のちの事件に繋がるのである。


「彼…無職なの」


「無職!…そ、そうなんだ..」


あたしは、聞いてしまったことを少し後悔した。


そんなあたし様子に気付き、


「仕事は探してるよ。今日も知り合いの運送会社に面接に行ってるし」


翠は、テーブルに置いてあるミルクティーに手を伸ばし、ストローで啜った。


「そうなんだ…よ、よかったね!」


あたしが安心して、胸を撫で下ろした時、翠はグラスを置くと、テーブルに肘を付き、あたしから視線を外すと、呟くように言った。


「仕方ないよ…。彼、出所したばかりなんだから」


「え?」


目を丸くするあたしを、頬杖をつき、上目遣いで見ながら、翠が雄太について、語ったことはあたしの想像をこえていた。






「ちょっと!聞いた!有希」


ワンルームマンションに帰宅したあたしの携帯に、陽子から着信があった。


慌てて出ると、いきなり興奮した陽子の声が、耳に飛び込んで来た。


「翠の彼氏って、ジャンキーなんだって!それも何度も捕まっている常習犯!」


陽子は、翠の高校時代からの友達で、あたしより付き合いは長い。


あたしは、服を着替えながら、


「でも、今は出所して、薬もやめてるって」


携帯で話ながらだから、なかなか着替えられない。


「それに、何度か会ったことがあるけど、とても優しくって、紳士的だったけど」


あたしの言葉に、はあ~と陽子は呆れた。


「あんたは、見かけに騙されってるだけ!昨日ラブホ行った話聞いた?」


「ううん…聞いてない」


やっと着替え終わったあたしが、ベッドに腰掛けると、陽子の怒りに震えた声が聞こえてきた。


「あの子ら!ホテルでハシシ吸ったらしいのよ?」


「え?」


聞き慣れない言葉に、あたしは素頓狂な声を上げた。


ハシシとは、大麻の根だ。


それをアルミに包み、火をつけ、パイプで吸うのだ。


「その男!薬やめてないからね!」


陽子の怒声も、ショックであたしの耳には入らなかった。


友達が麻薬をやっているという事実に。



「まったく!その男はどうなってもいいけど!あの子どうすんのよ!」


陽子の怒りはおさまらない。


「明日!あたしも行くからね!」


と言うと、ブチッと電話が切られた。


少し耳鳴りする耳を気にしながら、あたしはベッドに倒れ込んだ。



今はショックで、何も考えられなかった。


「薬か…」


自分には、遠い世界だと思っていたのに。


疲れているのに、あたしはしばらく眠れなかった。






次の日。


あたし達のランチに乱入した陽子は、こっぴどく翠を叱った。


「大丈夫だって!心配しすぎ」


「そんな男!やめろ!彼女に、薬やらすなんて最低だよ!」


どんなに陽子が言っても、別れる気はないらしい。


「だって…他の誰よりも優しいよお」


うっとりと恋する乙女の目になる翠に、埒があかないと思った陽子は、翠の携帯を取り上げると、強引に雄大に電話をかけた。


仕事中だとしても関係ない。数秒後、通じた雄大に、陽子は、話しだした。


「もしもし~突然すいません。あたし!翠の友達ですけど…」


陽子は単刀直入に言った。


「あんたらのことに口出ししたくないけど…あたしの友達に薬をやらすな!絶対やらすな!今度吸わしたら、ぶっ殺すからな!」



警察に何度も捕まってる相手に、よくそんなタンカがきれるなあ~と、あたしが感心していると、陽子は携帯を切った。



「はい!」


携帯を突き返す陽子に、翠は膨れっ面で言った。


「いい人なのに…。もうちゃんとやめて、働いてるのにさ。ハシシだって…あたしが…吸ってみたいって…」


その言葉に、陽子はキレた。


「あんたね!」


テーブルを叩き、立ち上がった陽子が、何度注意しても、翠には通じていない。


それが、恋してるってことだし…。


あたしもあの雄大が薬をやってるなんて、信じられなかった。


陽子の真剣な忠告が効いたのか、翠自身は一切薬をやらないことを約束させた。



それから、数週間、幸せな生活は続いた。


雄太の麻薬のことは、あたし達3人しか知らないから、彼の性格の良さは周りで評判になっていった。


だけど、その落ち着きと穏やかさと優しさは、本当の雄太のものではなかったのだ。


雄太は今度捕まったら、そういう薬をやめさせられる為に、強制的に病院に収容されることになっていた。そして、入るとなかなか出れないことが確定していた。


だからこそ..雄太はやる量を制限していた。


そのことは、体には少し良かったが、翠との関係を壊すことになった。



薬が切れると、落ち着かなくなり、雄太は本来の性格を浮き彫りにした。


ショップ店員である翠は、もともと人付き合いは多い方だった。


だから、男友達から電話はよくあった。単なる電話であるけど....雄太とはその度に口論になった。


時には暴力を振るうこともあった。


殴られても、普段の雄太を知っている翠は、許していた。


今の彼が、おかしいのだ。



薬がキレた雄太こそが、おかしいのだと..。


そう思った翠は、雄太に薬を飲むことを、積極的に進めた。


飲むと、誰よりも優しくなり、穏やかになる。


(ああ…これこそが、あなたの本当の姿なのよ)


翠は、穏やかな雄太に抱かれながら、何度も心の中でそう思った。



「ごめんな..」


「いいの」


それだけで、翠は幸せだった。


しかし、そんなことは、長くは続かない。


人の体は慣れるのだ。


いつもの量では、効かなくなってきた。



翠のすすめもあり、雄太の薬の摂取量は多くなって来た。


体に悪いのはわかっている。


だけど、今の雄太のそばにいる為には、薬は必要だった。



イライラし暴れる雄太もまた…今の自分ではないと思っていた。


だから、薬の量は増え、それで気持ちは落ち着いても、体は蝕まれていった。


そして、ある日…もう戻れなくなっていた。


あれほど澄んでいた目に、影がでてきたのだ。


精神は、落ち着いても、体は悲鳴を上げていたのだ。


自分の顔を見た雄太が、ひくぐらいのひどい顔になっていた。


だから、彼は減らすことにした。


人は死の影がちらつくと、やっと気付くものなのだ。





仕事を段々と休みがちになった翠が、あたしに電話をかけて来た。


「どうしたらいいの!」


悲痛な叫びに、あたしは携帯に叫んだ。


「どうしたの!翠!」


翠は声を震わしながら、答えた。


「薬をやっている彼が、本当の彼なんだけど…。もう薬が、効かなくなってきたし…薬を買うお金もなくなくなったし…」



「翠!?」


「あたし…どうしたらいいのか…わからない!!!」



「翠…やっぱり、病院に入れる方がいいよ」


「だめ!」


翠は声を荒げた。


「そんなことしたら!彼が、ジャンキーだとわかってしまうわ!彼の尊厳に関わることなの!あたしは、彼の尊厳を守りたいの!」


翠の矛盾した叫びに、あたしは顔をしかめ、


「尊厳って何?彼の尊厳って何よ!薬やってるんでしょ!」


思わず、あたしも声を荒げた。


「あたしは!」


そう言ってから、翠は泣き出した。


「嫌だよ…」


しくしく泣き出す翠に、あたしは何も言えなくなった。


「あたしの…雄太がいなくなちゃうよ」


それが、電話で聞いた最後の声になった。


「翠!あんた!」


あたしのヘの電話を切った後、陽子からかかってきたけど、翠はでなかった。


そして、数分後、仕事を終えた雄太が帰宅した。


翠のマンションに転がり込んでいた雄太は、晩ご飯をせがんだ。


しかし、翠が差し出したのは、薬だった。


「さあ…あたしの雄太になって」


微笑む翠を、雄太は無視した。


「なんか今はいいや!腹減ってるしさ」


雄太は翠に背を向けて、テレビのリモコンを持つと、電源を入れた。


「それにさ!最近、やらなくても、落ち着けるようになってきたんだ」


その言葉を聞いたとき、翠は手に持っていた薬を落とした。


わなわなと震えだし、そして…翠の瞳から涙が流れた。


「今のあなたが、いなくなるなんて嫌…」


「え?」


泣きじゃくる翠に気付いたけど、雄太は無視して、しばらくテレビを見ていた。


数分後、


「まだかよ」


聞いても返事がないから、振り返ろうとした瞬間、後ろから翠は、雄太に抱きついた。


「み、翠…」


「今のあんたは…違うわ…」


振り返った雄太が、目にしたものは、知っている翠の顔ではなかった。


目を血走らせ、恐ろしい表情をした翠は、雄太を睨みながら、


「あたしの雄太を返して!!」


手にしていた包丁を、背中から一気に突き刺した。





胸騒ぎがしたあたしは家を出て、翠のマンションを目指した。


一駅しか離れていない翠の家についたあたしは、その惨劇を目にした。


チャイムを鳴らしても返事がない為、あたしは鍵がかかっていなかったドアを開き、中に入った。


そして、包丁を握り締めた翠を見つけた。


「み、翠」


血塗れになった翠は、あたしに気付き、微笑んだ。


「有希…。あたしの雄太が、いなくなっちゃたの…あたしの雄太が…」


あたしは、血溜まりに倒れている雄太に気付いた。


「あ、あんたが…雄太さんを」


震えが止まらないあたしの視線の先を見て、翠は言った。


「ああ…」


翠は、床に倒れている雄太を蹴り、


「こいつじゃないわ...こいつは雄太じゃない」


またあたしを見て、


「だって、雄太は優しくて、とっても穏やかで…こいつじゃないの」


首を横に振った。


「ねえ…有希?」


翠はきいた。


「あたしの雄太には、どうやったら、会えるのかしら」




そこから、あたしは覚えていない。


その後、マンションに来た陽子によって、警察に通報され、翠は捕まった。




麻薬…大麻…LSDなどが、部屋からは大量の押収された。


あのまま…雄太が薬でぼろぼろになるまで、飲まし続ければよかったのか。


あたしは思う。


女にとって、最高の麻薬は恋ではないのか.....。





有希の話から、大筋は理解できた。


翠は、雄太の為に麻薬をやめさせるべきだった。


と、簡単には言えない。


彼女が愛したのは、麻薬でつくられた雄太なのだから...。


(しかし...)



長谷川は再び、眼鏡をかけた。


(それは、許されない)


麻薬をやることを許すことはできない。


彼女の選択は、最初から間違っている。


そこに、愛があっても.........。







数カ月後、刑務所から有希宛てに手紙が来た。


翠からだ。


文面は簡単だった。



【雄太に会いたい】


と、だけ…。






終わり。




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