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二択  作者: 牧村エイリ
11/24

ファイル11 他人事

自分を守れるのは、自分だけ

○月某日。


すべてを終わらすことに決めました。


理由は、簡単です。


私は、生きていてはいけないからです。



ただ…それだけです。







一枚の遺書を残し…彼女は死んだ。


私は、彼女を救うことができなかった。


いや…もう出会った時、彼女は死へと向かっていたのかもしれない。



市内に大きな病院で、彼女を見掛けた時から。



私という存在は、ただ…偶然出会っただけの…意味のないものだったのかもしれない。






長谷川正流はため息とともに、かけていた眼鏡を外した。


そして、今回の物語を思い出していた。





心療内科のある病院の待合室に、彼女と彼氏はいた。


それは最後の希望だった。


彼女の名は、戸川優子。


彼氏の名は、岬拓真。



患者は、戸川優子の方であった。


彼女は、精神を病んでいた。


その病気になった理由は、病気ではなく…病院であった。


この話を話す前に、心療内科というものについて述べよう。


数年前、法律が改正された為、精神科医が心療内科を名乗ることができるようになったが、 真の心療内科は、精神科とは異なる。


心療内科医は、手や指先で吐血など患者の状態を診ることができないといけない。


もともと内科医とは、そういうものであったが…最近の若い医者は、指先で患者を診断することはできない。


そんな内科医とわける為に、経験と技がいる心療内科はわけられたのだが、精神科医との混同が、心療内科というものを混乱させている。


患者1人1人と向き合う心療内科医は、簡単にデパスなど薬を出すことはしない。


あなたの掛かり付けの医者が、あなたの体を診ずに、薬を出したならば、真の意味の心療内科医でないと言える。



戸川優子という患者は、薬により…精神病になった人であった。



彼女は最初…近所の町医者に、階段から落ちたという打ち身から、通うことになった。


町医者は、彼女に痛み止めを所用した。



そして、元来から胃が弱かった彼女は、胃薬もいっしょに貰った。


しかし、強い薬である痛み止めは彼女の胃を刺激した。


執拗に痛む彼女を見て、町医者は検査をすすめた。


血液検査である。


血液検査の結果…胃はおかしくないことが判明した。


その代わり…膀胱炎のおそれがあると、血液検査は告げた。


町医者は、彼女を診察台に寝かすと、膀胱炎の薬を塗った。


その瞬間から、彼女はおしっこが止まらなくなり、その夜…彼女から血尿がでた。



町医者は首を傾げた。


おしっこが止まらなくなった彼女は、水分不足から日射病に似た脱水症状になった。


喉が異常に渇くようになった彼女を、町医者はまた検査をした。


そして、塩分が足りないと出たデータを見て、彼女に塩分を採ることをすすめ、やつれている彼女に塩分補給の注射をするようになった。



戸川が病院に通うことになって、1ヶ月近くたった頃、彼氏とある岬は違和感を覚えるようになった。


打ち身で通うことになった彼女。


それなのに…まったく違う診断をされている。


おかしく思った彼女にきいても、しんどいから通っているとしか言わない。



そんな彼女が飲んでいる薬を確認した岬は、唖然とした。


薬は四種類。


三つは、種類の違う胃薬と、


安定剤だけだった。



一向に治らずに、いろんな病気が出始めた戸川は、息切れが激しくなり、胃が激しく痛むようになった。


仕事にもいけなくなった彼女に、町医者が渡したのが安定剤だった。


戸川が安定剤を飲むと、安心して動けるようになった。


しかし、その代わり…幻覚を夜に見るようになった。


誰もいない部屋に、誰がいる。


叫び回ったり、泣き出す。


夜中は、さらに精神的に不安定になっていた。



服も着れない時があった。


そんな姿を見た岬は、町医者に行かないことをすすめた。


しかし、苦しい彼女は、いかなければ…息もできないと主張した。


安定剤を飲まないと、動けないと。



だったら、一度…違う病院にいこう。


岬は、戸川を説得した。


少しは心の中で、いつ治るのかと不安があった戸川は、渋々頷いた。



しかし、町医者に相談すると言った。


戸川の話に、最初は渋っていた町医者も…喉の乾きを訴える姿を見て、渋々、紹介状を書いてくれることになった。



予約を取り、市内の大きな総合病院にいった時、 長谷川は戸川を見かけることになる。


長谷川は、知り合いのお年寄りの付き添いで来ていたのだ。


戸川と岬は、予約をとっていたとはいえ結構待たされ、戸川が診てほしかった喉の乾きと胃の痛みではなく、尿の異常で診断されることになった。



泌尿器科の医師は、戸川を見ずに、こう言った。


「入院して下さい」



町医者の検査結果だけを見て、入院をすすめる医師。


岬は、夜中の戸川の奇行を知っている為、 入院したら頭がおかしいと思われることを懸念した。


それと、データしか見ない医師に違和感を感じた。


患者を見ていない。



戸川と岬は、総合病院を後にした。


何も診てもらうことなく、お金だけを払った。



その夜。


彼女の奇行は、激しくなった。


岬の名前を忘れ、ただ泣きじゃくる。


夜が明けても、顔色は悪く、ますます行動もおかしくなっていった。



岬には、そんな戸川の体が悪いとは思えなかった為に、安定剤を飲むことを禁じ、町医者に行くことも禁止した。


「他を探そう」


と説得し、1日だけ…安定剤を飲まずに様子を見ようと提案した。


その日は何とか、普通に過ごし、


「大丈夫かも」


と戸川も安心しだした。


しかし、その次の日...再び胃が激しく痛みだした。


戸川は、岬が仕事でいないのをいいことに、町医者に行き…注射を射って貰った。


最初は、痛みが落ち着いた戸川であるが、数時間後豹変し、狂い出した。


連絡を受けた岬は、会社を早退し、戸川のもとに向かった。


それから、何日も…岬は会社を休むことになった。



まともな時もある。


しかし、ほとんどは理解できない。


別人格のようになった彼女を見て、岬は町医者と話すことになった。



「変な薬や、注射をするのはやめてほしい」


「…」


「幻覚を見たり、訳わからないことを言ってるんだ」


「ご本人は、苦しいとおっしゃってますが」


「…だったら、それより弱い薬を」


「あなたは、薬でこうなったとおっしゃいますか?」


その時、町医者は笑っていた。


「神経性だと?だけど、データにはそんなことは出てませんよ」


その医者の言葉を聞いた瞬間、岬はその医者の本質を知った。


例え...患者が痛い苦しいと言っても、検査してデータに出なければ、悪くないのだ。


だから、少しでも、数値がおかしいと出たことしか治療できないのだ。


岬は、その医者と会話する価値がないと、電話を切った。





今考えると、戸川はパニック障害になったのかもしれない。


病院に通っても治らない自分と、本当の痛いところを治療しない医者。


岬は、再び薬に頼りだした戸川に言った。


「薬を飲まないくれ!でないと...俺は」


それは選択だった。


薬か、自分か...。



最後の手段として、藁をも掴む思いで、岬はネットで調べた。


そして、見つけた評判の心療内科と小児科を兼ねる医者のもとに、戸川を連れていた。


70を越えた医師は、戸川の体を指で診察し、話を聞き.....痛い部分も調べた。


しかし、異常はなかった。


「悪いとこはない!」


年取った医師は、きっぱりと言い切った。


その言葉が、戸川に久々の笑顔を与えた。


だだし、神経が過敏になっていると。


できるだけ、楽しいことを考えるようにと言い、薬は出さなかった。


笑顔が戻った戸川であるが、一度おかしくなった神経は簡単に戻らない。


もともと神経質だった為、治そうと思う程、神経を使い....眠れなくなった。


今度は、睡眠障害を起こし、夜中も昼間も意識がはっきりせずに過ごすようになり、暴れ叫び回った。


たまに意識がはっきりする時があるようで、そんなときは疲れて衰弱している岬に気付いた。




今思うと、二人は若く....結婚もしていなかった。


時間をかけて治療する暇もお金もなかった。



トイレも垂れ流すようになり、恋人である岬の名前が浮かばなくなった時、戸川は決意した。


死である。





意識がはっきりとしている間に、戸川がナイフで自らの首を切り裂いた。


買い物にでていた岬は帰って来て、鮮血に塗れた戸川を見て...その場で崩れ落ちた。





「先生....」


狭い部屋の中で、長谷川と向き合う岬は涙した。


「俺は...薬をやめさすべきではなかったのでしょうか?どうした..よかったのでしょうか?何を選択したら...よかったのでしょうか!」



「...」


長谷川は何もいえなくなった。




戸川が自殺した後、岬は町医者のもとに行き、彼を刺し殺したのだ。


「あいつは、笑ったんだ!優子が苦しんでいるのに!」



岬はその場で、駆けつけた警察に逮捕された。


診察中の病院を襲うという事件は、精神を疑われたが、


「こいつが、優子を殺したんだ」


と主張する岬は狂っていないと、警官や弁護士を見つめた。


「こいつを野放しにしていると、優子のような患者をつくることになる!」


岬は泣きながら、絶叫した。






長谷川は、岬を見つめた。


彼は、狂っていない。


自然と...ため息が出た。




「先生....」


そんな長谷川に、岬はきいた。


「優子は....医者に行くべきではなかったのでしょうか」


長谷川は息を飲んだ。


(そんなことはない....行くべきだ)


本当なら...そう言いたかった。


しかし....その言葉は出なかった。


口ごもる長谷川に、岬は最後に告げた。


「病気を治すのは...医者ではなく...自分自身なんでしょうね。だけど....」


岬の目から、涙が流れた。


「壊れた心は....どうしたら治ったのでしょうか...」



岬との面会は、終わった。


岬に頭を下げ、部屋を出た。


昨今...増え続ける患者をこなす為、データに頼る医師は多い。


そんな中、増え続ける精神を病んだ患者と向き合うには、一人一人に合ったケアが必要なはずであるが....はたして。


犯罪を犯した人間と...一人一人向き合う自分。


人は、それぞれ違うからだ。


「だけど....」


長谷川は先程...こたえれなかった答えを呟いた。


「医師も人だ。患者が、選ばなければならない」


岬は言った。


病気を治すのは、医者じゃない。



「自分自身が、守るしかないのかもしれないな...」


岬がやったことを、許すことはできない。


が...しかし...。


「....」


長谷川は言葉を飲み込み、ため息に変えた。


そして、ゆっくりと廊下を歩き出した。



命の重み....心の痛み....。


ただ...真剣に向き合わなければならない。




二択(他人事)



終わり。




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