2/ユニークスキル
起きるとそこは、洞窟の中だった。
……何も変わってないことに落胆する。夢ではなかったらしい。
体があちこち痛かった。当然だ。また床で寝たんだから。
『おはようございます、草十郎』
「……」
『床で寝るから体が痛むんですよ。次からはベッドを使ってください』
僕より先に起きていたのか、ラピスラズリから小言をもらう。
あの後、僕は取り合えず部屋の中を隈なく探索した。
でも、隠し扉なんてものは一つもなかった。
穴を掘って逃げたり、助けを呼ぼうと大声を出したりもした。
だけど何も状況は改善しなくて、結局疲れて眠ってしまった。
……僕は中学一年生だ。
明日もきっと学校がある。家族だって待っているだろう。
こんな穴ぐらで何日も閉じ込められているわけにはいかない。
だから何としても、ここから脱出しないといけない。
そのためにはまず、情報だ。
何一つとして分からない僕に唯一残された希望は、ラピスラズリだった。
この正体不明の水晶に頼るしか、僕に出来ることはない。
「ラピスラズリさん、教えてほしいことがあるんだけど」
『……昨日あんなに声をかけても無視したのに、都合がよくなれば質問ですか』
「……悪かったよ。ごめん」
昨日、僕が外に出ようと色々足掻いている間も、水晶は僕に話しかけてきていた。
僕はこいつと話したくなんてなかったのでずっと無視していたが、もうなりふりなんて構っていられない。
手を貸してもらわなければ、僕一人じゃどうすることもできないんだから。
『謝罪を受け入れてあげます。私はクールでビューティーなコアですから』
「うん、ごめん。だから助けてほしい」
『……分かりました』
◆
ラピスラズリは、その正式名称をダンジョンコアというらしい。
これを中心としてダンジョンはその規模を変え、水晶が壊れればダンジョンはその機能を失ってしまう。
僕はそのコアを操作できるプレイヤー、ダンジョンメイカーに選ばれたようだ。
メイカーはコアを操作することで様々なことが出来る。
ユニットの生成、ダンジョンの拡張、トラップの配置。それらを駆使して僕はやってくる敵をやっつけなければならない。
これが僕がやらなきゃいけないことだという。
「……出られないの?」
『外に出ることは許されません。成長すればいつかは出られるようになりますが、数日程度で出られるとは思わないでくださいね』
「……」
……涙が出そうなので上を向いた。
やばい、泣きそう。
学校の勉強だって難しくなってきたところだった。
授業に出ないのは良くないことだ。
母さんと父さんは今頃心配してるだろうか。
妹だって、ようやく小学校に入ったばかりだ。僕に相談事だってあるかもしれない。
……帰りたい。
『え、あ、あ……心配しないでください草十郎! きっと大丈夫ですよ』
「……ほんと?」
『……はい! 草十郎がメイカーとしてすぐに大成すればいいんです。私が手伝ってあげますから、頑張りましょうよ!』
明るい声で励ましてくれて、元気が出る。
だけど、不安は拭えない。
僕はあんまり頭が良くないし、運動もできない。そんな僕が頑張って、この状況はどうにかなるのだろうか。
……でも、少しでも短くなるなら頑張らないといけない。
大丈夫。努力には慣れてる。
泣き言を言っても仕方ない。
頑張るしかないのだ。
『それに、草十郎? 私も貴方と同じなんですよ?』
「……同じ?」
『はい。最初に言ったように、私は貴方の味方なんです。一心同体、運命共同体です。私は一人では何も出来ません。喋ることは出来ますし知識を持ちますが、ただそれだけです。貴方が守ってくれなければ、私は外敵にすぐやられちゃいます』
「そうなの?」
『そうです。非力なのです。ですから草十郎、私を守ってください。男の子が女の子を守るのは世界のルールです』
ラピスラズリは自分のことを女の子だという。
確かに声は女性のようには聞こえるが、そもそも見た目からしてただの綺麗な石だ。
一体コレが何なのかは分からないが、人の形をしていない以上、判別はつかない。
「うん、分かった。ラピスラズリさんのためにも頑張るよ」
『これからは互いに呼び捨てでいきましょう』
「……頼りにしてるよ、ラズリ」
『はい草十郎!』
やる気を出して立ち上がる。
……立ち上がったところで、お腹が鳴った。
そう言えば、ずっと何も食べてない。
『まずはご飯にしましょうか』
恥ずかしい……。
◆
ご飯を食べながら、ラズリからダンジョンメイカーについての説明を受ける。
ダンジョンにはDPというポイントがあるらしい。
僕は『窓』と呼ばれる、空中に現れるインターフェースを操作することで、そのDPを色んなものに変換できるのだという。
『DPは全て等価交換です。低いDPでは価値の低いものとしか交換ができません』
「僕が食べてるこのカレーライスは何ポイントなの?」
『1ptですね。なので一日5ptもあれば最低限度の生活はできます』
ご飯を食べながら話を聞く。
何の変哲もないカレーライスだった。特筆すべき点はないけれど、普通においしい。空腹が満たされていくのを感じる。
『草十郎はカレーが好きなんですか?』
「うん、好き。学校でも出るし、部活の打ち上げでもたくさん食べる。……でも母さんのカレーの方がもっとおいしい」
『……そうですか』
二杯目を食べ終わって、お腹がいっぱいになった。
牛乳を飲んで口の中をスッキリさせる。
「食事の他には何を買えるの?」
『生活に必要なものは大体揃います。水も木材も買えますし、ベッドや枕もあります。全て1ptですよ』
安くない?
というか、1回の食事とベッドが同じ値段ってのもおかしい。
等価交換の基準、間違ってないかな。
『そしてDPには基本収入があります。1日100pt、日付の変わる午前零時に自動で手に入るようになっています』
「え、そんなに? ご飯って1ptでしょ?」
『そうです。最低限度の生活をするだけなら何もしなくても余裕です。ただ、ここから先の話が本当のDPの使い道になります』
ラズリは真面目な口調で話し出す。
『DPの主な用途はダンジョン防衛――――つまりコアである私を守ることに使用してもらいます。さっき説明したように、私が壊されると全てのダンジョン活動は停止します。勿論DPの生成も消費も出来なくなってしまいます。そして、私には自己防衛機能がほとんどありません』
「え……困るよ。何かの拍子に落ちちゃったら壊れちゃう」
『流石にそんなに脆くないです!』
怒ったように水晶が言う。
なんだろう。硬さにプライドを持っているんだろうか。
『まったく……続けますよ。今この部屋は密室になっていますが、一日後――――正確には一日と三時間八分後に、この部屋と外部とが繋がれます。ですから草十郎にはそれまでに、私を外敵から守るための準備をしてほしいのです』
「外部って、穴の外側ってこと?」
『はい。穴はこことは違う場所と繋がるようになっています。ちなみにですが、出ることは禁止されています。それに、もし出てしまうと……草十郎は死んでしまうかもしれません』
「え」
死んじゃうの!?
それは大変だ。絶対に外に出ないようにしよう。
『そしてもう一つ、貴方には大切なことをお教えします』
そう言って、水晶は薄紫色の窓を空中に出現させた。
僕がさっきカレーライスを買った時に使ったものだ。
その窓の画面が切り替わり、違う窓が宙へと浮かぶ。
『一つ、貴方には貴方だけの固有能力が与えられます。どんなものが与えられるかは貴方の素質によりますが、強力なものです。これからの貴方を……助けてくれるはずです』
何やら少し言葉を濁しながら、水晶が窓をくるりと回した。
そこにはこう書かれてあった。
『固有技能:死活用
・訓練・戦闘で得られる経験値補正:小
・生物の殺害時、経験値補正:中
・■■■■■■、■■に比例して経験値補正:極大
・死体の価値に応じた武器を生成する。』