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赤の他人  作者: ゆまち春
3/5

3.

3−1


ある日、五時を過ぎるとサッカー部も兼任している顧問のキバセンがとことこやってきて部会を開いた。

顧問はサッカー部にばかり顔を出し、陸上部には稀にしか現れない。


なんぞい見てん所でサボっとらんやろな、などと胡乱な言葉から唐突な部会は、見ていたような指摘をそれぞれの競技に小言を付けて話すだけで解決策も授けない。


全員が面倒くさくなって聞くフリだけして耐えていると、長距離の順番がきた。


長距離の面々に目を回したとき、もっと具体的に言えばマコト先輩にいちゃもんをつけようとしたとき、きっとマネージャー陣に睨まれた顧問は目線を反らし、僕を橋目に捉えたら話を変えた。


咳払いのあと、爆弾を落とした。


「明日から次の新人戦のメンバーを出しにかかる。全員記録を測るぞ。人数多いところやあまりに記録が低いやつは出さんからなあ」


と、新人戦に出場するのは確定だと思っていた陸上部ーー特に一年生ーーには寝耳に水だった。


長距離走のイケメン(言うまでもなくマコト先輩のことだ)が手を挙げた。


「新人戦って全員が出場できるんじゃないんですか?」


ちらっと僕を見たあたり、出場の心配をしてくれているみたいだった。


新人戦は新しく部活に入ったフレッシュな新人たちを大会の空気に馴染ませることも参加意義としてある…らしい。あとから先輩に聞いた話だったけど。


「サボってるやつなんか出せるかい」


そういう意義のある大会らしいが、顧問の目線からはそういう大会ではないらしい。


「記録見たけどタイムが四月から上がってないやつがたくさんおったなあ。そいつら、明日は本気で走らんと新人戦に出さんからなーーどうやら記録を誤魔化してもいい甘い部活だと思ってるやつもいるらしいからなあ」


渋面のまま吐き捨てるその視線がこちらを見た気がした……あ、気がしたじゃなくてこっちガッツリ見てますねえ。


「なあ、特に、長距離の榎本」


はい名指し。あ〜〜〜これは疲れるやつ。はやく家に帰って心をぴょんぴょんさせたいんじゃぁ^〜


心中でどう戯けたって、顧問の目線は逸れることなく言い切った。


「四月から一度も1500mのタイムが上がってないらしいのお。お前、半年間なにやっとったんじゃ? 来週までに短距離に種目変えとけ。大会に出たいならな」


じゃあ1500辞めますとも、1500辞める気はありませんと言い返す気力もなく、ッスとかはぁとか生返事。まさか毎日部活に来て走る真面目な部員だとは顧問は認識していないらしい。そりゃあ走り方のレクチャーしてくれたのはあんたじゃなくてマコト先輩だからな。


僕という見せしめで部内を緊縮させたら顧問は二、三の連絡だけして職員室に帰っていった。


三々五々に帰り支度を始める。


本当に災難だ。

どう考えたってマネージャー陣の巻き添えである。矛先が、八つ当たりの対象が、運悪く榎本になった。


そう考えていない奴がいた。


「えのき」


皆が片付けに散った後、タイム計測もapple watchの長距離はすることがないし帰ろうかとしたときのことだった。


「なんですか、マコト先輩」


なんすか、飯ですか、今日は女子の誰々さんおファンサービスの日じゃないんですか。僕なんかの目の前に立ってないで、その子のところへ行って抱きしめちゃいなよユー。


「1500辞めるのか?」


「…なんすか、それ。なんでそんな風に思うんすか? 練習見てもない顧問の八つ当たりに傷つくくらい弱そうに見えます? マネージャーやってる女子でさえ強気に出れるのに」


ちゃんちゃらおかしな話だ。嘘でも見栄でもなく、顧問の言葉に傷ついたりしていない。


「まあ、それもそうか」


マコト先輩はあっさり引いた。


「悪かったな、変なこと言って。そうだ、帰りにコンビニ寄らないか。アイスぐらいなら慰め代として奢ってやるぞ」


僕は弱いのだろう。

ここまで虚仮にされて尚、怒れないのだから。

言ってやりたかった。

タイムが上がるわけないだろ。吐くまで全力疾走で走ったときよりセーブした今のほうが速いわけがない。あんたみたいに走るのが楽しいわけないだろ。どれだけ走っても才能ある先輩には尻を叩かれどれだけ走っても女子には応援されずどれだけ走っても大人から見向きもされない。日毎に鉛みたいに重くなるこの足は、もう目的なんてない。トラックみたいに同じ箇所をぐるぐると回っているだけのこの閉塞感を。


僕は僕は…ぶつけることもできなかった。


所詮は赤の他人だ。


「今日は遠慮しときます。帰ったら晩メシありますし」


じゃ、おつかれっした。


帰る。

走って帰る。

逃げ帰る。

吐くほど辛かったけれど、吐く前には家についてしまった。


鞄だけ玄関になげおく、母親の声を無視して再び外に出る。

暮れなずむ住宅街をひたすら走った。

カラスすら歓声はあげてはくれなかった。


「あっ」


間抜けな声がそのまま地面へと打ち込まれた。

小さな段差につまずいて街路で転んだ。

立ち上がろうと手をついて気づく。真っ赤な擦過傷ができあがっていた。

見せられないな、と思った。見せる相手もいないのに。


ぐっと握り込んだ拳を誰かが叩いた気がした。

うるさい。

ただの気のせいだと思うことにした。







「くそっ……」

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