四、感電しない
「これ、は……?」
未知のクラスメイトに廊下に呼び出してもらって、小説をプリントアウトした紙束を手渡した。
未知は紙束を受け取って、きょとんとしていた。
二時間目の休み時間のことだった。
学園に来てすぐに行動しなかったのは、行動すべきかどうか迷ったからである。
「『ガルヴァニックラヴ』?」
「ああっタイトルを口に出さないでっ」
両手を前に突き出して左右に振る。
「ここには、僕のすべてが書いてあるから、読んで欲しいんだ!
そ、それじゃあね!
あとで感想訊きに行くから!」
玄はその場に背を向けて、逃げるように自分の教室に這入り込んだ。
急ぎ自分の席に近づいて机の上に両手をついた。
「すっげ、すっげえ緊張した……」
そんなことを呟いていると周囲の視線を集めてしまうのだが、そんなことは気にしていられなかった。
「やったじゃないか、志水」
クラスメイトではない公平がこちらのクラスにやってきて、ねぎらってくれた。
「あ、ああ。
やったよ僕」
それにしても、他クラスに入るのにためらいのない公平の行動には少しばかり驚かされた。玄ならば人を介して呼び出しをかけるなりするところである。
もっとも、いま廊下に戻れば未知がまだ残っているかもしれないので、呼び出されずに済んでありがたくはあったけれども。
「これでメロメロになるんじゃないか?」
「きようびメロメロ言わないよ……?」
肘で突いて来る公平に、そこはつっこんでおいた。
ところが、である。
その翌日、学園に来て自席に着いたときのことである。
あくびをしながらカバンの中身を机の中に移し替えていると、派手な足音が玄のほうに近づいてきた。
「あん?」
いぶかしく思って顔を上げると、
「よう」
黒いとしか言いようのない笑顔をした佳が見覚えのある紙束をヒラヒラさせながらこちらに突き出してきた。
「読んだ」
「えっなっ何で?」
玄は椅子からずり落ち、慌てて椅子の座面に戻る。
なぜ『ガルヴァニックラヴ』を佳が読んだというのだろう。
あれは未知に渡したもののはずであって、佳に読ませるはずではなかったものである。
何かの間違いではないか。それとも何か佳のほうが勘違いしているのか。そう期待したいところである。
汗がだらだらと流れて気持ちが悪い。心臓が乱打され顔が熱くなってくる。
「感電させるような愛、ね」
『ガルヴァニックラヴ』の訳を佳は口にした。
「誰が感電するか、こんなんで!」
紙束の表面でパシパシ玄の顔を叩いてくる。
「何だよ、やめろよっ」
どうやらほんとうに読んだらしい。逃げ出したいが、そんなことをすれば自分がいないところで内容を読み上げられやしないかと怖くてそれもできない。
「まず、これな」
佳はポケットから折りたたんだレポート用紙を拡げて机の上に置き、
「誤字脱字誤用一覧」
「ぐ……。
で、でも、それが真っ先にでてくるってことは、大して内容読み込んでないってことだろ!
いるんだよなあ体裁ばっか気にして中身の読み込みが浅い奴ってさ」
精一杯強がって見せたが、
「へえ、良いの? そんなこと言って。
じゃあさじゃあさ、ここのとこだけど……」
勝手に佳はまだ主が来ていない前の席の椅子に尻を下ろして、紙束の表紙ページをめくる。
めくられて現れたページにはあちこち赤線と書き込みがあり、瞬間、玄は、ぞっとした。ちらと目を走らせただけでも肯定的なことは書かれていないようだった。
「なにこれ。まったく感情移入できない表現なのに、まるで読者がそれくらいわかるだろうみたいな書きかたしてない?
あとよ、何で前半で半袖なのに後半で厚着してんの?」
「それは時間経過の演出で……」
「伝わってなーい。はいダメー! わかりにくいんだよ! 演出に対して技量が見合ってなーい!
それにここの『私はまるで、突然雷がわが身に落ちたかのように、愛に打たれたのだった』って」
「教室の中で読み上げないで頼むから!」
紙束を取り上げようと腕を振り回すが、ひょいとよけられてしまう。
クラスの女子の何人かがこちらのほうを見てプークスクスと笑っているのが視界に入る。
「っせえな、周りのことなんて気にすんなよ、今更」
「気にするよ!」
「とにかく、この表現って……。
おっ、そろそろホームルームか。
次の休み時間また来るからな」
鳴った予鈴に佳は席を立つ。
「な、なんで!」
こちらの抗議も聞かず去って行った。紙束は依然として佳の手中にある。