十二、別れ
「一体何のことだよ。
今更そんなことするわけないじゃないか」
両手を佳の前に突き出して玄は左右に振った。
まったく身に覚えがない話である。
そもそも未知に対して以前ほどの好意はなくなっており、それにこのタイミングで告白をする理由もない。
「ふん……」
紙束を手にしたまま佳は腕を組み脚を組み、
「そもそもの話がよお、お前が未知に近づくために小説を持ち出したんだろ。
そのあと小説を読ませる相手をあたしにしたのは、未知に近づく足掛かりとしてあたしを利用しようとしてのことじゃねえのかってことだよ」
「何だよそれ……っ。
そんなこと言われてまで読んでもらいたいなんて思わない!」
右手の手のひらを佳の前に出す。
佳はいっしゅん驚いたような顔を見せたが、
「そうかよ。
あたしも未知を疑うわけにはいかないかんな。
これでおしまいってんなら、仕方ねえな」
佳は玄の手のひらの上に紙束を置いた。
受け取った紙束を受け取り、しかしながら佳は玄のいる教室を去ろうとしない。弁当もひろげたままでこちらを恨めしそうにじっと見ている。
「なに?」
「いや、言うことが何かあるんじゃねえかって思ってただけだよ。
戻るわ」
「さっさとそうしてよ」
我ながらとげとげしいと思いながらもそう言うと、佳は立ち上がって片手を玄の机の上に叩きつけ、こちらをさげすむように見下ろしてくる。
佳の周りから帯電した空気が漂ってくるようだった。
「な、なん、だよ」
くちびるが震える。佳に対する本能的な恐怖感は今となっても消えない。いや、今になってよみがえったというところか。
「なんでもねえよっ」
眉間にしわを寄せ、しかしながら佳は引き下がって弁当をしまい、教室を去った。
その後、食事をしながら紙束をぺらぺらと何気なく読む。紙束の赤い書き込みのその一つ一つがこちらの心臓に突き刺さってくる。
『伏線のつもりだろうがあからさますぎる』
『心理描写が長すぎ。何ページ書くのよ?』
『このシーンでは自分の持ち味を捨てている感じがする』
『主人公のこの思考がウザい』
など色々書かれている。概して否定的ではあるのだが、最後に、
『登場人物同士のすれちがいやわかりあえなさを書いているところがうまくなっていると思う。がんばれ』
と書き添えられており、
「何でそんなマイナスイメージのところばかり偉そうに褒めてくんだよ……っ」
いままで内容について一言さえ誉め言葉のようなことはほとんど言ってくれたことがなかったのに、今回に限って書かれていた。
まるで別れの餞別のようではないか。
マイナスイメージとは言ったが、すれちがいやわかりあえなさは自作に通底する隠しテーマのようなものであり、そこに気づかれていたということに驚かざるをえない。
いつもどおりであれば喜んでいいことのはずだったが、これではどういう気持ちを抱いて良いのか自分でもわからない。
弁当の味がしなくなった。とても食事を続けていられる気分ではない。蓋を閉じてしまう。
去り際に佳は何かを言いかけていたが、最早その内容を確かめるすべはないだろう。
なんにせよ、公平との友情をうしない、佳とも関係が切れてしまった。
(今の気持ち、文章にすれば小説に使えるかな……)
そう思う自分もいる。
だが、その文章をいったい誰に読ませるというのか。
ずっと避けていたことではあるが、インターネット上に公開することも視野に入れるべきか。
自分の作風の理解者など、いくらインターネットを通じて世界に公開するといっても、いるものだろうか。
佳は否定してばかりいたけれども、楽しんでくれてもいたような気がする。
公平は大した感想は言わなかったが、それでもきちんと読んでくれていた。
再びそのようなものを手に入れることが可能なのだろうか。
(そんなことはどうでも良い!)
帰宅後、机に真向かいパソコンを立ち上げ、猛烈に打鍵した。
小説の神様に捧げるつもりで小説を書く、今までもそうしてきたし、これからもそうすべきではないか。
そうして、しばらくして新作が完成した。
「できたかも……」
できた、とは、完成した、という意味ではない。
傑作ができたかもしれないということである。
手ごたえを感じてしまった以上、誰かに見せないわけにはいかない。
だから、玄は、小説をプリントアウトし、佳のいる教室に向かってしまったのである。




