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一、女神のボディを持つ女

「キモいキモい超キモい!

 母親のこと『ママ』って呼んでる男が未知に告白なんてマジキモい!」


 言われながら、志水(しみず)(げん)は混乱していた。


(な、何で……?)


 激しく動揺しながらも、状況を整理しようと試みる。


 自分は隣のクラスの白根(しらね)未知(みち)に愛の告白をしようとこの学園の裏手に呼び出した。


 だが、呼びだされた未知はどういうわけかその友達である大迫(おおさこ)(けい)を連れてきていた。


 大迫佳といえばいくら世情にうとい自分でもよく知っている。


 女神のボディを持つ黒髪ボブの超絶美少女だといううわさは友達の少ない自分のところにさえ届いていたし、何度か見かけたことがないでもない。


 しかし、今回告白する相手は佳ではなく未知である。


 美少女とはいえ佳は自分の好みではまったくないし、未知の持つ可憐な妖精のような雰囲気に比べれば下品なぎらつきさえ感じていた。


 たとえば未知は普段手袋をはめている。潔癖症らしいのである。そうしたところにも雰囲気の良さを感じていた。


 反面、佳は性格がきついとのもっぱらの評判である。その物言いの激しさに近づく者も少なく、友達も未知ぐらいしかおらず、傷つけられたものは数知れないという。


 そんな女に好意を持つはずもなかった。怖くて、はっきり言って好きになる理由がない。


 黙っていれば美少女だとは言うが、傷つくことに耐えながら一緒にいる理由にはなりえなかった。


 だから今回呼び出したのは未知のはずだったし、その記憶に間違いはないはずである。


 それなのに、学校の裏手に姿を現した未知の隣には佳がいた。


 そんな状況で未知に好きだからつきあって欲しいなどと言えるはずもなかったのだが、佳が腕組みをして苛立たしげに睨みつけてきながら、


「ほら、何か言いたいことがあるんだろ。

 言ってみろよ。早く」


 などと促すものだから、その雰囲気に呑まれ、


「白根未知さん、一目惚れしました!

 付き合ってください!」


 と手を出して頭を下げた。


 その結果、佳から罵倒が飛んできたというわけである。


 いったい自分はどこで間違えたのか。


 なぜ佳がそばにいるのか。


 そして、そもそもどうして自分が母親のことを「ママ」と呼んでいることを知っているのか。


 疑問は尽きない。


 あとずさりし、


「あ、う……」


 我ながら情けないと思ううめき声を漏らし、それでも意味あることを言わねばならないと踏みとどまり、


「どうして……」


 とのみかろうじて言えた。


 佳が片足をだんと踏み鳴らし、


「『どうして』っじゃねえよ!

 テメエ振られてんだよ!

 状況わかんねえの?

 お家に帰ってママに訊いてみまちょうね僕ちゃん!」


 たたみかけるように怒鳴った。


 言葉の内容にもその態度にも少なからず傷ついたが、ここでそんな顔を見せれば自分がまるで甘えん坊のようだと目の前にいる未知に受けとめられてしまう。ただでさえ母親の呼びかたでそう思われている可能性は高く、それだけは避けたかった。


 しかし何かを言い返そうにも態勢が不利すぎる。


 いったん引き下がろうと、


「そ、それじゃあ、また……」


 と言ってその場に背を向けようとした。


 したのだが、


「ちょっと待てよ」


 佳がドスの利いた声で呼びとめてきた。


 振り返ると佳がずんずんとこちらに歩を進めてきて、他人に近づかれると不快を覚える距離であるパーソナルスペースを侵し気味なくらいに近づいて、


「言っとくけどよ、未知のこと陰で悪く言うんじゃねえぞ」


「い、言わないよ。なんでそんなこと……」


「ハッ!

 決まってんだろ」


 わかっていて当然のような言いかたで佳は見下すような笑顔を見せた。


「未知に振られた事実を受けとめるのが嫌で、実は未知が嫌な女だったということにして、結局付き合わなくって良かったんだ、って自分を慰めるためにだろうがよ!」


 どれだけ自分は下劣な人間だと思われているのだろう。


「そんなことするわけない、だろ……」


「んなことわかんねえだろがよ。

 男のやることだからな、うちのクソ兄貴とか見てるとわかるよ。男がいかにろくでもない生き物だって言うのが!」


 その兄が嫌いなのか、佳は憎々しげな感情を声に込めていた。どういう兄なのか少しだけ興味がわいたが、たぶん知ることはあるまい。


「ちょっと待ってろよ」


 何を始めるつもりか、佳はポケットからメモ帳を一枚取り出し、ペンも取り出して、


「ここに、未知のことを陰で馬鹿にしないと誓う、と書け。

 誓約書だ」


 どうやらそれに応じないと解放されないらしい。


 手を震えさせながらペンとメモ帳を受け取った。


 蝉の鳴き声がうるさくなりはじめる初夏の頃の話である。




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