7話目
「寝付けないのか?」
魔王様もお風呂から上がったところみたいだ。真っ白なバスローブを着て、濡れた髪をタオルでガシガシと拭きあげている。お風呂上がりにリーナさんに言われたけど、それをすると髪が痛むって。昼間に見た魔王様の髪の毛はウェーブがかかっていて、ツヤツヤしていた。もしかすると魔王様は特別なオイルか何かを使っているのかもしれない。
「今日1日大変だったろう。まあ、でもこんな直ぐに環境がガラッと変われば、頭のどっかは興奮してるよな」
こいつらは護衛として本当に役に立つのか?と寝てしまっているクロとシロに文句を言いながら、僕の横を通り、窓際に置いてあるソファに座る。差し込む月と星の光で魔王様の髪の毛はキラキラ光っている。銀色よりもっともっとキラキラしてる色で、とても綺麗だ。
「魔王様」
「なんだ?」
視線は窓の外。いつの間にか窓を開けていて、外にいる何かに餌をあげているらしい。
キィキィという鳴き声が聞こえてくるけれど、それが何なのかは見えない。
「僕をここに置いてくれて、ありがとうございます」
「私が望んでしたことだ。礼を言われるためにしたわけじゃない」
それでも、魔王様は僕をあそこから出してくれた。
出来損ないで、将来政略結婚すら出来ず、価値がないと父も母も嘆いていた。兄さんたちのように頭も良くない、剣だって上手く振れない、外見だってそうだ。
でも、魔王様はそんな僕でも、望んで傍に置いてくれた。
「さっきも言ったが、ここでぼうやは好きに生きられる。こうして夜更かして、朝ゆっくり寝坊したって誰に文句言われることもない」
だめだ、リーナはうるさく言ってくるな…と小さな声で否定してる。確かに、まだ数時間しか一緒にいないけどリーナさんは怒りそうだ。
「頬っぺたが落ちるほどの美味しいものもある、胸を打つ美しい風景もある、騎竜に乗るのも、何かを自分で育てるのもいい」
魔王様が僕を見る。
あ、僕、魔王様の顔を初めてちゃんと見るかも。
魔王様って、目が赤色なんだ。宝石みたいな透き通った色をしている。
本当に綺麗な人。母上も国一番の美女とよく耳にしていたけど、魔王様の方がもっともっと綺麗な人だと思う。
僕じゃ釣り合わないくらいの人。
「ぼうや。私がぼうやを選んだことだけは疑わないで欲しい。ぼうやと一緒に過ごしたいと思ったから、私はぼうやのお嫁さんになったんだ」
じんわり、じんわり胸が温かくなってくる。鼻の奥がツーンと痛くなってくる。涙が今にも零れてしまいそうになる。
僕、ここにいてもいいのかな。
僕、ここにいたい。
「ぼうやから見たこの世界がどう映っているのか教えてくれ」
「うん…」
涙が止まらなくなってしまった。
泣いてる姿を見られるのが恥ずかしくて、どうにか止めようとするけど、もっとボロボロと止まらない。
彼の嗚咽が静かな部屋に響く。
無理に止めようとするのが、なんとも可愛らしく、愛おしく、気がついたら抱き締めていた。
すっぽりと腕に収まってしまうまだまだ小さな体。リーナが整えてくれた金色の丸い髪型がよく似合っていた。空色の瞳は美しい上に、人の醜美には興味は無いがこの子はとても整った愛らしい顔をしている。あの時に見たが、母親の面影がある。確か、あの王妃、5つの国の王達から求婚を受けていたとか聞いたな。ぼうやの美しさにも納得してしまう。
私なんかが霞んでしまうほどの魅力が彼には本来ならあるはずなのにな。気が付かない人間たちには感謝しかない。だからこそ私の夫になったのだ。
「私の大切な人。ずっと傍にいてほしい」
私の半分ほどもない小さな夫が寝付くまで、ずっと抱きしめていたのであった。




