6話目
「食堂はこちらになります」
リーナさんに連れられて食堂に来た。
そこには色とりどりのお野菜がカゴに山積みになっていたり、魚とかの干物が吊るし干しにされていて、大きな水槽には貝とかが所狭しと入ってたり。パンを焼くところなのかレンガで作られた石窯が赤く熱くなっている。
「すごい…」
「向こうの家ではどうだったのかは知らんが、私のところ食堂はこんな感じだ。ちょっとものが多くて、ごちゃごちゃしてるが、ここでの食事は本当に美味しいぞ」
何となく魔王様の表情がにこやかになっている。
「ぼうや、好き嫌いはあるか?」
「ん、と…。特にこれって言うものは無いです」
「そうか…」
あ、少し悲しそうな顔になってる。
「すみません…」
「いや。ここで好きな料理を見つければいいだけだ」
笑顔のリーナさんが椅子を引いて待っていてくれている。
そこは長い机になっていて、目の前には。
「おう!そいつが魔王様の新しい旦那様か!」
「すごい…」
体の大きな熊さんがいた。
「料理長のジェフだ」
「ジェフだ!なあーんだ、こんなちっこくて細っこくて!」
ガッハッハッと笑うけど、牙がチラチラ見えて、少し怖い。
「俺がまん丸く太らせてやっからな!!」
「ほどほどにな」
気がつくと魔王様はもう椅子に座っていて、ジョッキを手にしている。
「ぼっちゃまはこちらですよ」
「ありがとうございます」
そこの席には綺麗なマットの上にスプーンやフォークなどが揃えられていた。
「僕、あんまり食事が上手ではないかもです」
いつも怒られてばっかりで、本当に自信が無い。食事自体がそもそも好きじゃなかった。
「そーんなん!気にすんな!!美味しく食べてくれれば何でもいい!!」
食材になるお野菜、お肉、お魚がどんどん僕の目の前に積み上がっていく。
「でも、マナーとか自信無いんです…」
「それ言ったら魔王様なんて、マナーご存知じゃありませんよ」
うふふと笑うリーナさん、しらっとした顔の魔王様。
「使う機会なんて無いしな」
四角のコロコロしたチーズを親指と人差し指で摘んでお口にポイっとした。本当にポイって。
「ほら、あんまり褒められたものではありませんが、魔王様がこんな感じなのでおぼっちゃまも食べやすいように、好きなように食べてください」
「ジェフ、食べやすいように小さめに切りそろえてやってくれ」
「はいよ!」
「あと、種類多めでそれぞれを少なめで出してくれ」
「はいよ!」
「リーナ、火山米の大吟醸、冷やで」
「いいですけど、少しペースが早いようですが」
「飲む量を加減するよ。そうだ、町工房の弟子がくれた氷水晶石のグラスあっただろ、それに注いでくれ」
「もう…」
前菜だろうか、ローストビーフで葉野菜を巻いたものを1口で頬張っている。
素手で。
「ん」
小さめのお肉で同じものを作って、僕の口の前に出してきてくれた。
そう、素手で。
迷ってる間に魔王様は飲み飲んでしまった。
「ほれ、口を開けな」
「えっ、えっ…」
「あーん」
その言葉は魔法のようにマナーと気恥しいさで迷う僕の口をいとも簡単に開かせる。
「どうだ!!美味いだろ!!」
お肉は柔らかい。肉汁で口の中いっぱいになる。葉野菜のシャキシャキ感もちゃんと分かる。
「今日の肉は春牛だ!ちぃと時期外れだが、それでも美味いだろ!なんせ俺が作ったからな!!」
喉を通る頃には満足してしまうほどだ。
次のおかわりを作って待ってくれている魔王様にジェフさんが待ったをかける。
「おいおい!それだけで腹いっぱいになっちまうだろうが!」
「あ、そうだな。ジェフ、次を早く」
自分の口に放り込み、咀嚼する魔王様は何となく可愛らしかった。
「肉で巻いていた中身、何のお野菜だか分かりましたか」
リーナさんが大きな赤い瓶と青いグラスを魔王様の横の席に置いて、準備をしながら僕に問いかける。
シャキシャキした葉野菜、何なんだろう。
「葉野菜というくらいしか分かりませんでした」
瑞々しくて、食感が強く、少し苦味もあった。
「実はね魔王様が畑で作っていらっしゃるんですよ」
「え…」
「そうですよね、魔王様?」
魔王様はグラスを受け取り、ぐびぐびお酒を飲む。もうグラスを空けてる。早い。
「ん、そうだ。明日、は無理か。その次の日、早起きな、ぼうや」
「あ、はい」
「畑仕事、一緒にしような」
一緒に、畑仕事。魔王様と一緒に何かできるんだ。僕の何かが満たされていく。
「今日1番美味しかった料理、後で聞くからな」
「はい、魔王様」
「素直でいい子だ」
グラスを持っていない右手で頭を撫でてくれる。
その後、僕はお腹がぱんぱんになるまで食事をしてしまった。
どの料理もするするお腹に入っていってしまう。
ご飯の時間が楽しい、美味しいと思えたのは初めてだった。
こんなに賑やかで、食材の話も聞けたり、目の前でジェフさんが捌いてくれる魚であったり、鍋から上がる火だったり、経験したことないことばかりだった。
これが毎日だなんて、嬉しいな。