3話目
彼の心音が繋いだ手から伝わってくるようだ。重ねるようにつないでる形から彼の指に自分のを絡める。
小さく細い。幼い子の特徴でもあるふっくらした感触が無い。それでも柔らかく、温かい。
視線は私に、というよりもこの子へと向けられている。正確に言えば、彼のバッグについた魔王がこの先どう動くのかが、国を治めているも者にとっては重要であるのだ。例えば、彼の出身国に対して魔王が肩入れをするのかしないのか。アズトルは平地に位置する国で、3つの国と国境線を分かち合っている。婿入りとは言え、魔王の存在が近しい間柄になるのだから、物資的、軍事力的な支援をアズトルが要求したら魔王はそれに応えるかもしれない。あんな『みそっかす王子』でも魔王からの求婚だ。何か思うところがあっても、可愛い婿のお願いなら聞いてしまう可能性が高い。『落ちこぼれ王子』でも王位継承権を持つ者だ。自分の立場を理解し、王の考えを汲み取り、魔王を自分で操れる立ち位置にいる。隣国である3国はそれを見越した国の付き合いを考えねばならない。季節の移ろいが美しい平野が戦で何も無い台地に変わってしまうのだけは避けねばならぬ。3つの国の王は頭を悩ませる種が増えてしまったのであった。
しかし、その種はすぐに解消されることになる。魔王のたった一言で。
魔王は玉座に座ると、その膝に王子を乗せる。萎縮して縮こまっているのがひと目でわかる。我は気にせぬという態度を貫いている。
「先程のやりとりで皆も分かっているとは思うが、私はアズトルの第4王子を婿としてもらうことになった」
魔王の声がこの広間に良く通る。実際、そのような術式が展開されているからなのだが、魔法ではないので誰も気が付かない。
「アズトルとは親類になるのだろう。そちらの世界では」
『そちらの世界では』という言葉から頭が少しでも動くものはある事気がつく。
魔王はこちらの世界に関与しようとは思っていない、と。
「互いに不可侵であらねばならぬ」
ほっと胸を撫で下ろす3国の王たち。アズトルの王は眉間に皺が寄る。
「そちらが手を出してくるなら私が相手をしよう。だが、こちらから仕掛けることはない。約束しよう」
先代は気に入らないことが起きると直ぐに国を潰そうとしていたからな、と小声でこぼす。
「私は魔王として、この世界の安寧を維持する歯車のひとつとして動くのみだ」
もともとの魔王の存在意義はそれだけなのだ。
「それ以上の関与は無いと思ってくれて構わない」
あまりにも先代との違いに頭が追い付かない者も多いようだ。
王子の頭を優しく撫でる。
髪が傷んでいるな。最近、質のいい蜜が出せる蜜虫を生育しているのはどこであったか。用意してあげたいものがぽんぽん出てくる。整えれば美しいブロンドに戻るだろうし、長い前髪に隠れてはいるが空色の瞳や整った鼻筋、骨格を見れば将来が楽しみになってくる。
私も彼に捨てられないような努力をせねば。
仮面があって良かったと心から思う。このにやけ顔が誰の目にも留まることがない。魔王としての威厳がなくなってしまう。
何度か頭を撫でているとがちがちに強ばっていた肩の力がするすると抜けていく。
可愛らしい反応だ。
早くここから帰りたい。
2人きりになりたい。
仮面取りたい、仮面重い。
顔合わせとしては十分で、結果としては夫を娶ることもできて、満足のいく成果であった。